熱源 奇蹟の場所
僕は前のめりに倒れたらしく、ソアラちゃんの下敷きになってた。
「大丈夫?」
上からソアラちゃんの声。
「うん」
そう返事をして、もう一人の同行者、僕の幼馴染み、を思い出した。
「クノン!」
「無事よ」
ソアラちゃんの下敷きになったまま首を回すと、隣にクノンがいた。
お尻をさすってたから、たぶんお尻から落ちたんだろう。
ソアラちゃんが退いてくれて、ようやく立ち上がれた僕は、言葉を失った。
自分たちがどこに落ちたのかを理解したんだ。
ほとんど無意識にマスクを取る。
僕たちは、魔熱石ルルシアの上に立っていた。
見渡す限りのルルシア上に。
淡い光が、ドーム状になった岩盤に映って、空間全体が幻想的な光で満たされていた。
ルルシアはまるで凪いだ湖面のようにつややかな平面で続いている。
「なに……ここ」
ソアラちゃんのつぶやきは、僕たち全員が思っていたことだった。
息をするのも忘れて、さっきまで追われていたことも忘れて、僕たち三人はその風景にしばらく魅入っていた。
この地獄のような山に、こんなに美しい場所があるなんて。
ルルシアは海と空の一番綺麗な青を混ぜて固めたみたいな青色で、それ単体でも美しすぎるほどだった。それが、前も後ろも右も左も、ずっとあって、ルルシアから出た光が僕たちを包み込んでいる。
僕が見た中で一番美しい景色だった。
「あっ」
しばらく経って、息をするのを思い出した僕は、自分がマスクをしてないことも思い出した。
急いでマスクをはめたら、二人に笑われた。
まだ、頭が回ってなかったんだ。
「今更でしょ?」
「ラムキスティオは諦めたみたい。縄張りから出たんだと思う」
ソアラちゃんとクノンもマスクを脱ぐ。
めっちゃ暑かったけど、坑道の中よりはマシで、全力疾走してたこともあって、どういうわけか、この時の僕は快適な温度だとすら思ってた。
本来はサウナかと思うくらい暑い場所なのに。
気温と焼け死んでないって状況から察するに、ここは一度溶解したルルシアが溜まって、再び固まったことでできたドーム状の空間らしかった。
僕たちが落ちたのは、そのドームの端っこ。
落下距離にして、二メートルってところ。ちょうど、岩盤が緩くなってて、僕たちが走ったことで踏み抜いちゃったらしい。
「これだけのルルシアがあるなんて、信じられない」
改めて、ソアラちゃんが感嘆の声をあげた。
それがどれだけ信じられない事なのか、この時の僕は正しく理解してなかった(後から理解することになるんだけど)。
ただ、とても幸運だったことは確かだった。
ここは再結晶済みのルルシアが取り放題のボーナスステージみたいなもので、床だけじゃなく、壁にも天井にもルルシアが顔を出していた。
断熱ボックスを投げ捨てちゃってたから、クノンのバックパックに必要な量の入れて、僕の目的は達成できたんだ。
僕がルルシアを採ってる間、ソアラちゃんとクノンはひたすら写真を撮ってた。
「なんか、こんな綺麗な場所から離れるのが勿体ないね」
と、クノン。
「いや、流石にもう帰りたいかな」
僕。
「はぁ、ファムってモテなさそう」
と、ソアラちゃん。
そんなわけで、僕たちはこの奇蹟の場所を後にした。
村に帰り着く頃には夕暮れが迫っていて、茜色に染まるファサガラ山は、思いの外綺麗だった。
「今日は本当にありがとう」
「私こそ、凄い発見になったわ」
「シュレ=エコルでも仲良くしてくれる?」
「もちろん」
連絡先も交換してすっかり仲良しの二人は、別れを惜しむように挨拶をしてる。
その隣で、僕は軽く絶望してた。
「えっとさ、ソアラちゃん」
「なに?」
「どこか、泊まれるところとかない?」
まさか、こんな時間にもう最終電車が出てるなんて、思ってもみなかった。
まぁ、ここからの話はこたつには、あんんまり関係ないから割愛するね。
結局ソアラちゃんの家にお邪魔することになって、村長のヴェルクさんがソアラちゃんのお父さんだったとか、僕はヴェルクさんに捕まって夜中まで晩酌に付き合わされた結果、次の日寝坊して、クノンに置いていかれそうになったとか、そういう他愛もない話。
色々あったけど、取り敢えず、僕は熱源を手に入れることに成功したんだ。
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