熱源 坑道マラソン

 坑道の中は薄暗かったけど、かなり広くて、歩く分には全然快適だった。

 ここだけが、僕の思い描いてた旅行と同じってのは少し皮肉。

 当然、気温は最悪だったけどね。

 でも、雰囲気は少し違ってた。

 僕が考えてた採掘って、壁を少し掘れば簡単にルルシアが出てきて、それを断熱ボックスに入れて終わりって感じだったけど、実際はそんな単純なものじゃなくって、火薬とか炸裂魔法とかで一気に土を掘って、その土をふるいにかけて、目的の鉱石を取り出すらしい。

「綺麗にならされてるところは、もう取り尽くされた後ってこと」

 かつて行われてた採掘の説明をソアラちゃんがしてくれる。

 実際に行われてたのは五十年も前だから、ソアラちゃんも聞いた話って注釈込みで。

「ルルシアは比較的大きな塊で採れるから、少量なら、一番奥まで行けば、人力で掘るだけでも集まるんじゃない?」

 そういうわけで、入り口付近で少し掘って終わりとはならなかったんだ。少なくとも一番奥まで行かないといけないらしい。

 それにしても、マスク越しの会話は、結構大変だった。

 声がこもって聞き取り辛いし、なにより、息苦しいんだ。

 それでも、死ぬよりは随分マシだけどね。

 坑道を歩くツアーは暑さと息苦しささえなければ、きっとそれなりに楽しいものだったと思う。

 クノンとソアラちゃんはすっかり打ち解けてたし、女の子二人が楽しそうに会話するのを後ろから見て歩くのって、そんなに悪くない。

「ファサケルを、昔ルルシア採掘で栄えた頃みたいに戻すのが私の夢なの」

「ルルシアをまた採るの?」

「いいえ、父達はそういう方向で村の再興を目指してたみたいだけど、商品としてのルルシアの需要はもうそこまでないから、難しいわ。私は、観光でファサケルをどうにかできないかって考えてるの?」

「観光って、温泉とか?」

 クノンも調べてたらしい。

 旅行気分だった僕も一応ファサケル村の観光地を調べて、温泉ってスポットを見付けてた。帰りに寄るつもりだったんだ。

「それもあるけど、この坑道を歩くツアーとかいいと思わない?」

 なにをどう考えたら、これがいいと思えるのか謎だ。

「それは、絶対流行らないからやめたほうがいいよ」

「ファムには聞いてないから」

 出会って数時間で、ここまで評価を落とせる僕って凄くない?

「止まって!」

 突然、ソアラちゃんが足を止めた。

「なにか、動いた」

 薄暗い坑道の先で、確かになにかが動いたような気がした。

 でも、こんな焼け死ぬような暑さの中で、なにが動くって言うんだろう?

 その答えを最初に出したのはクノンだった。

「ラムキスティオ」

 マスク越しでもわかるくらい、クノンの目は輝いていた。

「え?」

「ラムキスティオよ」

「火喰い?」

 ソアラちゃんの顔はクノンとは対照的に蒼白だった。。

「そう、別名火喰い。学名はラムキスティオ。火山行動性の特殊生体生物で、その別名には少し語弊があって、火や熱源を直接食べるわけじゃなくて、その付近で生活することで、体内温度を高温に保ってるの。主食は鉱物。体内の熱でそれを溶かして、消化吸収してるって面白い生態でね、」

 僕の幼馴染みは魔物の事になると、止まらなくなる困った性質を持ってるんだ。

「解説はありがたいけど、クノン、そのラムなんちゃらって危ない魔物じゃないんだね?」

「いや、特定危険生物に分類されるくらい危険。だって、体温が二千度くらいあって、近付くだけで並の耐熱装備じゃ溶けちゃうし、性格もかなり獰猛で、縄張りに入った生物には殆ど見境無く襲いかかるし、鉱物を吸収する過程で出た可燃性のガスを体内に蓄えてて、外敵を襲う場合は、それに引火して火を吐くわ。その規模が、また凄くってね」

「それじゃクノン、今は逃げた方がよくない?」

「たぶん」

「走って!」

 ソアラちゃんが叫ぶと同時に、僕たちは入り口に向かって走り出した。

 足音が後ろから聞こえる。

 振り返ると、まるで動く岩みたいな見た目の、四足歩行の生き物が、薄暗い中で跳ねるように追ってきていた。

 幸い、足はそこまで速くないみたいだけど、止まったら直ぐに追いつかれるくらいには猛然とこっちに向かってきてる。

 そんな中、ソアラちゃんが転けた。

 この時の僕は、必死だったんだ。

 いつもなら、こんなこと絶対にしないって言い切れる。

 足を止めて、断熱ボックス(生活費を削って、ルルシア用に買った高級品)を投げ捨てて、ソアラちゃんを担ぎ上げた。

 暑いし、マスクのせいで息は苦しいし、その上、小柄とは言え、人を担いで走る?

 そんなに運動も得意じゃないのに?

 この時、なにを考えてたとか、細かいことはあんまり覚えてないんだ。

 ただ、ソアラちゃんが一番足が遅かったし、ヤバいって感じたことだけ覚えてる。

 そこから先は、最高だった。

 肺は常に酸素を求めて喘いでいるのに、マスクでろくに息が吸えない。足は止まりたいってシグナルを送り続けて、脳はそれを無視して動かし続けてる。体温だけでも調整しようとして、滝のように汗が流れ続けて、それがマスクの中で、さらに息苦しさを増した。末端の感覚がぼやけてきて、視界が目の前しか見れなくなる。隣を走ってるはずの、クノンの存在すら消えて、背中のソアラちゃんの重さも感じなくなった。なんの為に走ってるのかがよくわからなくなって、時間の感覚もよくわからなくなる。

「こっち!」

 クノンの声がした時、僕はいつの間にか坑道の入り口に辿り着いていた。

 やっと、抜けた。

 そんな安堵と、後ろから相変わらず聞こえる足音。

 このシチュエーションをトレーニングに組み込めたら、誰でもきっとトップアスリートになれると思う。

 もうマスクは脱いでよくなってたけど、僕はそんな事に気付く余裕すらなく、走り続けた。

 走って、走って、走って、唐突にこの超スパルタトレーニングは終わりを告げた。

 浮くような感覚、視界が回って、強い衝撃。

 なにが起こったのか、全然理解できなかった。

 どっちが上で、どっちが下か理解するのにすら、少し時間がかかるくらい。

 どうやら僕たちがどこかに落っこちたって事がわかったのは、落下から三十秒くらい経ってからだった。

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