熱源 小さな協力者と暑い登山
「私、休みなんだけど!」
役所の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、どう見ても小学生くらいの小さな女の子だった。
まさか、彼女がガイド?
「だからちょうどいいだろ?」
「久し振りの帰省で、なんで働かなくちゃいけないのよ!」
「山に登れて得じゃねぇか」
「あのね!」
「村の為だと思ってさぁ」
「んぐっ」
ヴェルクさんに説得されたのか、無理矢理、言葉と感情を飲み込んだような声を出して彼女は僕の方を見た。
目が、尋常じゃなく怖かった。
「アンタ達がルルシア採りたいって言う、バカな観光客?」
「そう、バカな観光客。私がクノンで、これがファム。ごめんね、折角の休みに」
睨まれて言葉が出なかった僕の代わりにクノンが応えてくれる。
流石、僕の幼馴染み。
「ソアラ」
「よろしく、ソアラちゃん」
「行くわよ!」
ソアラちゃんは役所の扉を再び開けて、外に出た。
僕たちの小さなガイドは、まだ不機嫌みたいだったけど、一応案内してくれるらしい。
改めて、ソアラちゃんの格好を見ると、厚手のパンツに上着も厚手の長袖、バックパックも背負っていて、山登りの準備は万端みたいだった。
長い赤毛を一つに束ねて結んでいて、動きやすそうな印象を受ける。
文句を言いながらも、ちゃんと準備してから来てくれるところを見るに、いい子なのかもしれない。
「それで、こんな頭の悪いデートを思い付いたのはどっち?」
「ファムの方」
「だろうと思った。見るからに、頭悪いこと考えそう」
「でしょう? 久し振りに一緒に出かけようって誘ってきたと思ったら、これ」
「うわぁ、それは同情するわ」
それはそうと、先を歩く女子二人の間は瞬く間に打ち解けたみたいだった。
敵の敵は味方、理論かもしれない。
どうやら、クノンは僕の味方じゃなかったらしい。ちなみに、彼女でもない。
「ソアラちゃん、本当に付き合わせちゃってごめんね」
「いいわよ、久し振りに山に登りたかったし」
「さっき、帰省って言ってたけど、いつもは村にいないの?」
ソアラちゃんの相手はクノンに任せた方が良さそうだと、僕の勘が告げていた。
「シュレ=エコルの経済科一年よ」
そう告げていたはずなのに、僕はよく余計なことを口にする。
「えっ、じゃぁ十六歳? 小学生じゃなかったの?」
「あ゛ぁ?」
その結果、恐ろしい程の眼力で凄まれた。
僕の名誉の為に言うと、ソアラちゃん身長は140センチ(※1)ほどで、どう見ても小学生だった。少なくとも、僕と二歳しか違わない子には見えなかったんだ。
こんな感じの失言がありつつも(めちゃくちゃ謝った)、坑道までの道中は順調に進んだんだ。
「ここが、坑道よ」
ファサガラ山の六合目付近、大きく口を開けた洞窟の前でソアラちゃんは止まった。
振り返ると、登ってきた道や村がとても小さく見えた。
さっき、順調なんて言葉を使ったんだけど、あれは精一杯の強がりで、本当は一刻も早く帰りたかった。
だって、山に近付くだけで、明らかに気温は上がるし、山に入ってからは、その熱気は痛いほどになっていたんだ。痛い暑さってのは初体験だった。
ヴェルクさんが貸してくれた上着と手袋がなかったら、ひどい火傷を負ってたと思う。
厚手で、この暑さの中でこんな格好をするなんて自殺行為だと思ってたけど、どうやらこれには断熱加工と耐熱魔法がかかってるらしかった。
これを着ないで山に登るなんて、どう考えても自殺行為だ。
ちなみに、クノンのつなぎにもソアラちゃんの服にも当然のように耐熱魔法がかけられたものだった。
「注意点は二つ」
坑道を前に、本日四回目の水分補給休憩でソアラちゃんが言う。
「ルルシアには手で触らないこと、断熱手袋でも溶けるから」
魔熱石ルルシア。
ここで改めて、その恐ろしくも有用な石の説明をしたいと思う。
青く淡い光を放つこの鉱石は、その名の通り、熱を持った天然の魔石なんだ。
この鉱石の恐ろしい点は、高い吸魔性を持つこと。
採掘されたばかりのルルシアは周囲の魔力を自動で吸収して、勝手に発熱する。
充分な魔力が周囲にあれば、その温度は三千度に届き、ルルシアは自分の出す熱で溶け始める。
こうして、一度溶けて、再度冷えて固まると、結晶構造の変化から吸魔性は著しく低下して、発熱も落ち着く。
こうなったものが、かつて暖房器具の熱源として用いられていたルルシアなんだ。
ただ、三千度に至るような魔力っていうのは自然界にはほぼ存在しない。
つまり、天然にあるルルシアは常に周囲の魔力を吸収して、非常に高温を保ってる。
ファサケル村が暑いのも、山に入るほど暑くなったのも、ルルシアのせいってわけ。
ここまで調べてたのに、ルルシアを旅行気分で採れるって思ってた人がいるって本当?
「二つ目、これを外さないこと」
ソアラちゃんがバックパックから取り出したのは、ガスマスクに似た、マスクだった。
「服の耐熱魔法だけじゃこの先の空気で肺が焼けるから」
ルルシアが最高級の熱源だった理由の一端を見たような気分だ。
※訳者注釈
※1 作中で用いられた数値と単位は異なるが、慣用単位ではおよそこの程度と思われる。今後も数値の変更は慣用単位を用いて行う。
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