熱源 いざ、ファサケル村へ

 三連休の中日を利用した日帰り旅行は(この時はまだ、本当に旅行気分だったんだ)、快晴で、これ以上無い採掘日和に思えた。

 電車(※1)を乗り継いで約三時間、僕たちはファサケル村に到着した。

 かなり広い駅のホームに降り立ったのは僕ら二人だけ。

「それで、どっちに行けばいいの?」

 僕の隣に立って、暑そうに(実際、とても暑かった)手団扇を仰ぐのは、幼馴染みのクノン(手団扇なんかじゃ、彼女の柔らかそうな金色のショートボブの髪すら揺れてないので、たぶんほぼ効果ない)。

 彼女はブルハッホ(※2)からの転生で、魔法とかに関しては少なくとも僕より理解があるし、生物学部で特殊生体生物(早い話が魔物)学を専攻してるから頼りになる。

 なにより、一人で往復六時間の電車は耐えられそうになかったから、誘ったんだ。 

「こっちだと思うよ」

 ファサケル村の駅は、その規模に対して驚くべきことに無人駅だった。

 昔はルルシア採掘で栄えてたらしいけど、今はその面影が残るのみ。

 駅の正面には見上げるほどの山が聳えていて、これが村の名前の由来にもなったファサガラ山。

 取り敢えず、駅で突っ立ってても汗をかくだけだから、僕たちはデバイス(※3)の地図を頼りに村の中心に向かった。

「それにしても暑いわね。ラムキスティオが隣で息を吐いてるみたい」

 よくわからない例えをする、この日のクノンの格好は赤色のつなぎ。

 上着に当たる部分を腰に巻いてて、下に着てる黒のタンクトップが実質の上着、つなぎの素材が厚手で、見るからに暑そうだった。

 まぁ、クノンの格好が問題なんじゃなくて、実際にとても暑かったんだ。

 田舎に行けば涼しいんじゃないかって、淡い期待があったんだけど、ファサケル村に着いてから、むしろ気温は上がったように思えた。


 村の中心部に着く頃には、僕もクノンも汗だくになってた。

「よくきたなぁ、君が電話の?」

 役場で僕たちを迎えたのは初老の男性だった(あらかじめ、アポを取るくらいの機転は利くんだ)。

 それにしても、どうしてこの役場は空調を入れてないんだろう?

「ファムです。こっちは、クノン。今日はよろしくお願いします」

「俺はヴェルク、一応村長だけど、まぁほら、人が居ない村だからさ、平となんも変わんないから気楽にしてよ」

 半袖から見える腕は見事に日焼けしてて、いかにも夏の中にいるって感じの人だった。

「にしても、わざわざこんな辺鄙なとこまで、ご苦労だなぁ」

「えっと、まぁ」

「んで、ルルシア採りたいって?」

「はい。プロジェクトに必要でして」

 プロジェクトって言葉を使えば、僕の思い付きも多少は格好がつくかなぁって思ったんだ。

「まぁ、ちっとならいいよ。これ読んで、サインして」

 彼が取り出した紙は誓約書で、要約すると、山に入るのも、そこで怪我をしたりするのも全て自己責任ですよ、って事だった。

「えっと、もしかして、危険だったりしますか?」

「そりゃ、山だからねぇ、ルルシアあるし」

「そう……ですよね」

 正直な話、僕は危険性とか全く考えていなかった。

 だって、昔は毎日のようにここで採掘してる人たちがいたわけだし。イメージとしては少しの山登りの後、整備された坑道を進んで、ルルシアを少し掘って、観光して、帰る、って感じだと思ってた。

 僕が誓約書を熟読してる横で、クノンとヴェルクさんが会話をはじめる。 

「今日はまだ涼しくていいけど、山の方は暑いから水分補給はしっかりな」

「これで涼しいんですか?」

「夏にしては涼しい方だなぁ、こんなんでへばってたら、山の方じゃ焼け死んじまうぞ」

「ルルシアがあるからですか」

「それもあるけどなぁ、あれ活火山だから」

「噴火の可能性が?」

「最近はまぁ落ち着いてるっちゃそうだけど、まぁ、そん時は諦めろ」

 かなり不穏な言葉が混じる会話。

 この時点で、僕は自分の短絡的なアイデアを少しだけ後悔してた。

 白々しく聞こえるかもしれないけど、僕は割と保守的な人間なんだ。

 少なくとも、いつもの僕なら片道三時間の遠出の上に、命を危険晒す、なんて積極的にしたりはしない。

 これも全てこたつと進級試験の為。

 そう思って、誓約書にサインしたんだ。

「んじゃ、きぃつけてな」

 僕たちの誓約書を受け取ると、ヴェルクさんは笑顔で僕たちを送り出す。

 ちょっと待って?

「あの、ガイドとかは」

「ん、いるか?」

「できれば!」

 もしかすると、ヴェルクさんは僕の電話から、僕たちがある程度こういった事(鉱山に入って、鉱物を採ること)に慣れている学生と思ったのかも知れない。

 情報って言うのは正しく伝わらない。

「あー、ちょっと待てよ」

 ほんの少しだけ悩んだ後、ヴェルクさんはデバイスを取り出して、どこかに連絡を入れた。

「俺はさぁこの後用事あるから行けねぇんだよ」

 完全に案内してもらうつもりだった僕としては、想定外の事態だった。

「今、代わり呼んだから、ちょっと待てよ」

「すみません」

「いやぁ、俺も気が付かなかったわ。もしかして、その格好で登るつもりだったか?」

 渋い顔のヴェルクさんは僕たちを見る。

「そっちの彼女はいいけどなぁ」

 クノンの方はいいらしいかった。あんな見るからに暑そうな格好の方がいいってのは意外だった(まぁその意味は直ぐにわかることになるんだけど)。

「はい」

 そんな僕のこの日の格好は、普通にパンツと半袖だった。背中にはルルシアを入れるための断熱ボックスを背負ってる。

「下は、まぁ、それでもギリいいけど、上はちゃんとしたの着た方がいいなぁ。確か昔使ってたのがあったはずだから、ちょっと待てよ」 

 そう言ったヴェルクさんが持ってきたのは、かなり厚手の上着だった。セットで厚手の手袋も付いてた。

「まぁ、これ着れば、死にはしないんじゃないかなぁ」

「ありがとうございます」

 埃の匂いがする上着を羽織ると、やっぱり暑かった。

 

※訳者注釈

※1

 正確には電車ではなく、魔電併式客車であるが、用途などはほぼ変わらないので、電車の表記を用いる。

※2

 転生元世界の一つ。

 魔法技術の発展が進んだ世界の模様。 

※3

 地球で言うところのスマホ。機能面もほぼ遜色ないと思われる。

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