第37話

それでも白雨様は顔を上げなかった。深々と謝っているというよりもこれは、泣いている……? よく見ると白雨様の目から涙がこぼれ落ちていた。


「だ、大丈夫ですか? 」


さっきまで、ショックで倒れていたというのに、今は誰かの心配をしている。我ながら忙しいやつだと苦笑した。


「見ちゃっ……たの。お姉さんの思い出。ぼくも、同じようなことがあって、それで」


白雨様の涙は、まるで夕立のように勢いを増していく。私は、背中をポンポンと優しく叩いた。小さな頃おばあちゃんにしてもらっていたときのように。


「私の思い出のどの部分? 」


できるだけ、つっけんどんにならないように優しく聞いてみる。これを聞けば、白雨様の涙の理由に近づける気がした。


「あの、えっと、お母さんとお父さんとおばあちゃんの……」


「か、ぞくのやつ?」


白雨様はこくりとうなづいた。その目にも涙が溜まっている。私が、一番思い出したくなかった思い出。ほんの数秒前は、自分のことを棚に上げ白雨様の心配ができたのに。


「そっか」


目の下あたりがひやっとしてきた。冷たい何かは頬をなぞって落ちてくる。茜は、心配そうに私と白雨様を交互に見つめていた。何度も心配かけてごめん、そう言えればいいのに出るのは涙ばかりだ。


「あの」


「白雨様」


「いらっしゃいますか? 」


コンコンと鳴ったノックの後三人の従者の声が聞こえてきた。茜はそーっと立ち上がると従者の方たちの方へと向かう。


「白雨様、お迎えが……」


「お姉さん、ごめんなさい。でも、また来て。お話しよ」


一見普通の会話だが、私たちが話すであろう内容は、と比べ、なかなかに重い話だろう。茜が、白雨様を呼んでいる。私と白雨様は揃って涙をぬぐった。拭っても拭っても白雨様の瞳は揺れ、滲んでいた。


「また、話そう。絶対」


「約束だよ」


白雨様は名残惜しそうにそう言うと、再度涙を拭って席を立った。私は白雨様のいなくなった椅子をぼけーっと眺めている。気がつくと、白雨様は帰ったようで茜が私にお茶を淹れてくれていた。茜らしい温かいピーチティーが胸にしみる。


「茜、私こんどまた白雨様のところに行ってみる」


「うん、行ってらっしゃい。私は特にない何も出来ないから」


「そんなことないよ! 」


茜の寂しそうな言葉に慌てて訂正を入れる。茜がいなかったら私の精神は完全に崩壊してしまっていただろう。きっと白雨様にもそういう話を聞いてくれる人が必要なんだ。


「次は私の番だから」


茜は、不思議そうに首を傾げるも、すぐに応援してるよと言ってくれた


次は、私が白雨様に寄り添うんだ。

茜が私にしてくれたように

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