第36話

「茜、あのね」


私が決心し話そうと思ったとき、誰かが扉をコンコンとノックする音が聞こえた。喉元まで出かかっていた言葉をのみこむ。だ、誰? こんなタイミングで訪ねてくるのは。


「もう! 湊月の大事な話してる最中なのに! 」


茜は、むぅと頬を膨らませた。それが小動物のように可愛くて心が休まる。茜はつかつかと扉の前に立ちゆっくりとドアノブをひねった。


「ごめんなさい!」


誰かが謝っている。突然のことで誰だか一瞬戸惑った。しかし、無理に大人びた幼さの残る声で私に謝るであろう人物は1人しかいない。


「白雨、様? 」


茜が、どうする? と視線を送ってくる。きっと私の心の負担を考え、聞いてくれているのだろう。気遣いはとても有難いけれど、白雨様に対してトラウマをもったわけではなかった。それを茜に伝えるも心配そうに見つめてくる。


「茜と一緒だから大丈夫」


そういうと照れたように微笑み、任せてと言ってくれた。


「お茶でもどうぞ」


部屋に入ってもなお、扉の近くで縮こまっていた白雨様を呼び寄せる。私が気を使うのも変な話だが、身分的にはこれで正しいはずだ。


白雨様は、私に怒られるとでも思っているのだろうか。身体がぶるぶると震えている。きっとこの子にも、色々あったんだ。会って少ししかたっていなくてもそれくらいは想像できた。


「あ、あの、お姉さん……」


白雨様が何かを話しかけようとしたその時、私は白雨様めがけ爆睡中のクルムをパスしていた。いや、決して白雨様の言葉を妨げるつもりじゃ……。


「白雨様、そちらとても落ち着きますよ」


押し切るように早口でいうと、白雨様は少し驚いた顔をしてクルムを触る。頼むからクルム起きないで、あなたまで話に加わったらややこしい事になるから。そんな思いは杞憂だったようでクルムは気持ちよさそうに寝ていた。


「お姉さん、ごめんなさい」


白雨様の言葉は五歳らしいシンプルな謝罪だ。私にとっては言い訳じみた話を長々話されるよりもこちらの方が良い。そもそも手に負えないほどの子供と聞いていたのに、謙虚でいい子だ。


「湊月は、これでいいの? 」


茜は、やはり私を心配してくれている。それだけでどんなことでも乗り越えていける気がした。


「白雨様、頭をあげてください」

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