とある姉妹の話。

晴也

短編 とある姉妹の話。

 私には3歳上の姉がいるらしい。

 らしいというのは、私が生まれた時にはもう姉は神殿へ行っていて会ったことがないからだ。幼いころからの疑問だった。なぜ会えないのか父さんに聞いた事がある。


「滅多な事言うんじゃない。神殿へ召抱えられなければ、それか金を積まなければ会えない。他所で姉がいるなんて絶対に言うんじゃないぞ」


 普段温厚な父が険しい顔になって釘を刺してきた。

 その言の中に何か秘められたものがあると確信し、それからの私の目標は神殿に仕える事となった。










 私の村では選ばれた12歳から16歳の女の子を毎年1人神殿へ送る風習がある。

 選ばれるのは器量が良く、この国の民である象徴の赤髪緑目の少女だ。彼女達は20になるまで神殿で勤め上げ、この村へ帰ってくる。礼儀と神への祈りを覚えた彼女達は村では重宝されていた。

 

 私は16歳になっていた。

 どれだけ家事をこなしても、髪を整えても、これまで選ばれる事はなかった。選ばれるのは競い合っていた友人ばかり。だけど私の方が上だと思っていた子たちでもあった。

 キャシーは覚えが早いが鈍臭さいし、イザベルは虫が苦手で臆病だった。それにソフィは綺麗な顔立ちだったけど髪の鮮やかさは私が勝っていた。

 何で私じゃないの。私は家事が得意でなんでもこなすし虫も怖くない。髪も赤くて目の緑も深い色をしている。

 悔しかった。だけど、そんな夜は紙とペンを用意して、想像上の姉さんに手紙を書いた。

 

 姉さん、姉さん、会いたいよ。

 明日は最後のチャンスなの。お願い。神殿へ行きたい。行って貴女を一目見たいの。


 最後にそう綴って封をした。


 不思議なことに手紙を書くと明日には手紙は無くなっている。なんだか姉さんに届いている気がして、謎はそのままにしている。

 明日は最後の選抜日。姉さんに会えるかどうかが決まる最終日。

 ……選ばれるといいな。

 期待を胸に毛布へ潜り込んだ。











「それでは今年の神殿へ向かう乙女を発表する。今年は……オフィリア。君だ。翌日には神殿から迎えが来る。本日中に別れを済まして準備せよ」


 赤くて立派そうな神官服の男が私の名前を読み上げた。

 うそ、嬉しい…! 父さん母さんへ伝えなきゃ!

 神官へお辞儀をするとすぐさまに家へ駆け出した。この数年間の努力が報われたんだ!ワンピースの裾が翻って少しはしたなかったが、こんな嬉しいのだからみんな許してくれるだろう。

 息を切らして家へ着いた。


「父さん!母さん!私選ばれたよ!」

 ドアを勢いよく開ける。

 しかし、そこには嬉しそうな両親はどこにもいなかった。

 二人は向き合ってテーブルで頭を抱え込んでいた。悲壮めいた表情と深いため息。

「二人とも…?」

「娘を両方連れていかれてしまう……私たち夫婦は何をしたというんだ……」

「ちょっと、どうしたの?父さん母さん」

「あぁ、いや。いいんだ。気にしないでくれ。それよりも、選抜おめでとう。明日には行ってしまうんだろ?村のみんなに挨拶を済ませてこい」

「……? はーい」


 あの父さんと母さんの表情はなんだったんだろう。そう思いながら、ご近所さんへの挨拶回りを始めた。


 翌日。

 両親は昨日の悲しそうな表情は何処かへ行き、誇らしげに私を送り出した。その様子に安心して馬車へ乗り込んだ。











 街をいくつか通り過ぎて神殿へたどり着くと、目隠しをされて中へと連れて行かれた。

 奥へ奥へと目が見えないまま進んでいく。質問しても案内人は一言も喋らない。何をさせられるのか、目隠しの意味は。だんだんと恐怖がこみ上げてくる。

 長い階段を降りた後、反響音のする開けた場所へ出た。椅子に座るよう促され、そのまま座る。

 目隠しを外される。そして案内人が部屋から出て行った。

 土の床に綺麗な絨毯が敷かれ、無数の蝋燭の明かりが空間を照らしていた。目の前には低めの柔らかそうな椅子が置いてあり、誰かが来るであろうことを予想させていた。


 ふと背後に気配を感じた。

 振り替えるとそこには異形が立っていた。年上の女性のような姿で、私たちと同じような赤髪緑目だったが、黒い大きな角とドラゴンのような長い尾がついていた。手足も鱗に覆われた鋭い爪も生えている。

 そして驚くべき事は、彼女が自分と同じ顔立ちをしていた事だった。

 ヒッと喉から小さな悲鳴が出る。こんな生き物は見た事がない。

 ばけものは一歩一歩近づいてくる。しかし恐怖で足が動かない。いけない、このままでは……!


「怯えないで」


 ばけものは優しい声でそう告げた。


「怯えないで。ようこそ竜の神殿へ、歓迎するわ。オフィリア。ここへくるのによく頑張ったわね。お姉ちゃん、嬉しいわ」


 ゴツゴツの手で頭を撫でられ、抱きしめられた。力が強くて少し苦しい。


「お姉ちゃん……? 貴女は私の姉さんなの?」

「そうよ」


 姉さん。憧れていた、ひと目会いたかった姉さん。それがこんなばけものだなんて。


「いやっ、貴女が姉さんなんて信じない! 父さんも母さんも私だって人間よ! 貴女みたいなばけものじゃないわ!」

「そうね……信じられないわよね。聞きたい事もたくさんあるでしょう。でもね、私が貴女の姉さんなのは事実。顔はこんなにも似てるんだもの」

「……」

「父さんが私宛ての手紙をたくさん送ってくれてたわ。貴女にはたくさんの友だちがいたのね。キャシー、イザベル、ソフィ。彼女達はここにいるわ。とっても素敵なお世話がかりよ」


 手紙がなくなっていたのはそういう事だったのね。父さんとの繋がりもあったようで驚いた。信じたくはないけど、顔と父さんとのつながりはれっきとした証拠だ。


「……貴女はなんでこんなところにいるの?」

「私が竜の巫女に選ばれたからよ。前の巫女が完全な竜になったから。神殿は新しく意思疎通のできる半人半竜を欲しがった。前の巫女の最後のお告げで私が選ばれ、赤ん坊だった私を弄んだ」

「そんなっ……それでこんな醜い姿にされて……」

「同情してくれるの? ありがとう。オフィリアは優しいのね」

「同情じゃ…」

「いいのよ。かわいい妹に会えたんだもの。それだけで私は嬉しかった。この会話も私がわがままを言って設けた場なの……せっかくだから少し語らいましょう?」

 









 ゆったりと抱かれながら、再開した姉妹は語り出す。16年間の時間を取り戻すように。

 オフィリアは知らない。これから多くの困難へ巻き込まれる事を。

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