収集番号 不明 - 不毛の地にて

 私は希薄になっている。


 衛星の個数がわからない。恒星の個数がわからない。それらの周期を読み解けない。

 大規模標準時計により、参考までに記録する。私は三千年余り、希薄になっている。


 不毛の荒野にいる。

 調査するべきものは何もない。採集するべきものは何もない。記録するべきものは何もない。色がない。音がない。私は希薄になっており、関心がない。

 この世界には「知性」の概念がない。この世界は知性がない世界と定義されており、知的生命体がいない。生命体がいない。体がいない。私は希薄になっており、いない。

 今の状態が、おそらくぎりぎりの一線だろう。世界の定義系と私の定義系の妥協するポイント。私には知性がある。この世界では知性は存在できない。この世界には知性がない。私は存在できない。私は希薄になっており、ほとんど存在しない。

 まもなく希薄になっていても存在できなくなるだろう。

 私の習性が知性を招いた。この記録は知性とみなされ、私同様希薄になっている。

 記録するべきものは何もない。だが、記録するべきものは何もないということそのもの自体だけが、記録するべきものであった。面白い記録にならず残念だ。

 何もないところに来てはいけない。

 本当の何もなさを想像できないならば。

 私は希薄になっている。

 このまま



 



 たった四千万年しか経っていない。誤差だったじゃないか。その程度のズレのせいで私はあんなに希薄になっていたのか。あんまりだ。

 当然もう希薄ではない。Mqμ-2Cは約五百万光年先の星に何らかの生命体が発生したことを告げている。世界の定義系の範疇で知性が自然発生する分には許容範囲らしい。ずるい。

 こうしてこの世界は特異性を失った。知性なき世界は知性を得た。

 いや、この表現は表面的すぎるかな。知性ある世界への一歩を踏み出したのだ。その結果私も無事存在を認可され、不毛の荒野に一人たたずむ。

 この世界はこれから発展していく。ごくありふれた発展をしていく。

 いいことなんじゃないだろうか。私ももう希薄にならなくてもいい。

 とはいえ、相変わらず調査するべきものは何もない。さっさとさよならして、より知性ある知性と触れ合おう。そうしよう。

 結局、約四千万三千年の間、私は希薄になっていた。なるべくならばもう、希薄になどなりたくない。飽きた。希薄でいてもいいことなど何もない。

 何もないというだけで満足できるほど、私も老いてはいないということだ。

 離脱する。記録終了。



 不毛の地にて

 Lauren



 追記:

 Mqμ-2Cの追跡記録コスティラムが、五百万光年プラス異世界間の途方もない距離を旅して私のもとにデータを送り付けてきた。

 かの星にて産まれし生命体は、少しずつ希薄になっていっているらしい。

 まあ、そういう世界があってもいいんじゃないだろうか、ひとつくらいは。

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