閑話 ある親不孝娘の手紙

親愛なるお母様へ


 ご無沙汰しております。お母様。

 あなたのもとを離れて、どれほど月が満ち欠けを繰り返したでしょうか。

 あの日、少女だった私は、成年を迎え、もう数年が経ってしまいました。


 私は「親不孝娘」です。

 筆を執りながら、今までなんの手紙も書かなかったことを悔いています。

 この手紙が破かれずに、最後まで読まれることを、ただ祈るばかりです。


 アルス・マグナで学位を修めて、現在は王国の大蔵府で働いております。

 王国官僚として働くことを条件に、国が学費を免除してくれたからです。

 サロニカには還れずにおりますが、今はテッサリアのカルディツァ郡に派遣され、新しい領主のもと、忙しい毎日を過ごしています。


 カルディツァ郡の新領主は、とても変わった方です。

 異国出身者でありながら、資格者に任ぜられました。

 竜殺しカロルスといえば、お聞き及びではないかと。

 竜討伐の功績で郡伯に陞爵しょうしゃくし、今上陛下きんじょうへいかに重用されておいでです。

 私はその御仁のもとで、財政健全化、産業の振興、流通の確立、果ては軍事物資の調達から輸送の計画まで。いろんなことをやらせてもらっています。

 夜も眠れないほど、多忙です。

 このような手紙を書くなんて、まったく考えていませんでした。

 その御仁から、不吉な「未来」を聞き及ぶまでは――。


 王国の資格者には、特別な「異能」があります。

 ほんの少し先の「未来をる能力」だそうです。


 聞けば、私がひどく悲しんでいる未来を見た、というのです。

 実家の商会が、油の先物取引に失敗して、計り知れない損失を出した。

 返済しきれない債務を抱えた一族が、行方不明になった――。

 こう、告げられたのです。驚かないわけがありませんでした。


 私は「親不孝娘」です。

 あなたに合わす顔がない。そう思って生きてきました。

 ずっと筆を執ることをためらって、今日に至りました。


 どうか、今すぐに!

 油の先物取引から、手を引いてください!

 油の価格がとんでもないことになります!


追伸:

 少しでも未来を書き換えたくて、この手紙を書き送りました。

 この戦争が終わったら、少しおいとまをいただいて、サロニカまでご挨拶に参りたいと思っています。

 その日までどうか、健やかにお過ごしください。

 私も、明日を生き残れるように、がんばります。


不肖の娘 ユーティミアより

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