第21話 開戦の詔勅(2)

 蒼穹色そうきゅうしょくの機動甲冑が駆ける。

 鋼のてのひらにシャルルを乗せて。

 馬と比較にならない速さ。にもかかわらず。

 まったく向かい風を感じない、不可思議さ。


(魔術っつーのは、ホントすげーよな)


 この世界には、彼にとって非常識な事柄がありふれている。

 加えて、そんな非常識を、彼自身は起こすことができない。

 それを思い知らされ、無力感にさいなまれることがあった。

 今はない――とは、断言できないが。


(俺は俺で、できることをやるだけさ)


 この時。彼の脳裏にだけ――。

 途方もない作戦計画があった。


 ***


「お早いお帰りでしたね。騎士殿」


 サイフィリオンの掌から降りたシャルル。

 水色の髪の少女が声をかけてきた。


「この油臭い場所で、姿を見るのはひさしぶりだな。小賢者殿」

「女王陛下より勅命を賜りまして」


 資格者特権。

 女王の統帥権とうすいけん下にある資格者は、その他一切の法律、命令を拒絶できる。

 軍務官僚から王族殺しの嫌疑をかけられていた彼女に、機動甲冑専属調律者として職務を全うせよ、と女王みずから命令を下した。

 当初、カリス・ラグランシアに極刑を要求していた官僚たちも、関所の破壊という大事件に直面して、それどころではなくなっている。

 派閥領袖のアントーニア・ペレッツ城伯らが殺害された影響もある。王都の防衛に資する機動甲冑の操者を処断すれば、かえってテッサリアを利するのでは――そんな第二軍務卿ユスティティアの意向もあり、風向きが変わったと耳にした。


「もっと、ゆっくりしてきた方が良かったか?」

「いいえ。何が起こっているのか、あらかた把握はできました」

「なんか、前よりもいっそうえてねぇか?」

「機動甲冑の構造から基本設計に至るまで、今は手に取るように理解できます。オクタウィア様がそうでいらっしゃるように。機動甲冑の資格者とは本来、そういう存在であるようです」

「なぁるほど。おに金棒かなぼうってわけだ」

「お・に? なんですか、それは?」

親父おやじの受け売りだが。ま、いいか」


 細かいことは気にしない。

 それが、彼の性分である。

 機体から降りたオクタウィアが二人のもとに来た。

 それを待って、カリスは端的に現状を述べた。


「本題に入りましょう。単刀直入にいえば、今のエールセルジーを動かすのは危険です」

「……お前、この状況でよくそんなことが――」

「この状況だからです。安全が保証出来ないモノに乗せて、騎士殿の命をいたずらに散らしてよいはずがありません」

「――わかっちゃいるが」


 彼自身、すでに自分ひとりだけの身体ではないことは百も承知している。


「目に見える部分は二、三日いただければ、修復が終わるとは思いますが」

「問題は、俺の目に見えないような部分って意味だろ?」


 頷く彼女。


「先のエールザイレンとの交戦で、魔術的な干渉があったのが大きな原因です。エールセルジー自身がある程度、修復はしたようですが」

「お前、何もしてないのかよ」

「失礼な! ちゃんと『直ったところを確認する』作業はして、こうして報告しているではないですか」


 その激昂。

 いつも通りのカリスが戻ってきた。


「すまん。それで、どれだけかかる?」

「申し上げにくいのですが……」

「言ってもらわなきゃ、戦力計算もできん」


 シャルルの言葉に混じるモノ。

 隠しきれない焦りがにじみ出していた。


「騎士殿の求める回答となるかはわかりませんが。今のこの状態でも、騎士殿が乗れば動かすことは可能でしょう」

「なんだ、その……歯に物が詰まったような話は……」

「カリスさん、機動甲冑は元々操者の意思で動かすモノですから、何も問題はないのでは?」

「話はまだ途中です。動きはするんです。ですが……それはすべて、騎士殿の操作、操縦でなければならない」


 オクタウィアはまだ疑問符を浮かべたまま。

 だが、シャルルは違った。


「ちょっとまて、つまり……」

「エールセルジー自身の判断では、今後は指の一本すら、動かせない状態です」

「「――ッ!?」」

「おふたりとも、これまでも機動甲冑自身に回避や防御。それどころか、移動の際にはある程度判断をおまかせしてこられた。みずからがすべて操縦をしてきたわけではないですよね?」


 その説明を受けて、やっとオクタウィアは合点がてんがいった。

 これまでも、戦闘中のとっさの判断の遅れや一部の魔術の制御など。

 かなりの部分を、みずからの相方にゆだねてきていた。


「でも、一体……なんでそんなことを……」

「エールザイレンからの干渉を受けた結果、エールセルジーはみずからの機体制御系に大きな損傷を受けました。幸いにして、大まかな修復は行ったようですが。ふたたび交戦――ともなれば、文字通り全身の自由を奪われかねない」


 じっと傾聴するふたりの目を交互に見たうえで。

 カリスは、みずからが導き出した結果を述べた。


「ここからは推測です。おそらく彼女は――今後そういった状況が起こりうることを想定して、自身で操縦する能力を破棄したとしか考えられません」

「……なんてこった」


 オクタウィアは知っている。

 機動甲冑は、みずからの手綱たづなを握る者たちに対し、どこまでも従順であり、純真である。ときにその判断は冷酷であり、苛烈であり、人間の想像を遥かに超えた行いを平気でする。

 この四足の巨人も、あるじであるシャルルをおもんぱかって、そうした判断を下したのであろう。容易に想像できただけに、狂おしいほど憐憫れんびんの気持ちが込み上げてきた。


「うーん。詰むなあ」


 そうした報告や相談が、何ひとつなかっただけに。

 なおさら、シャルルは頭を抱えて、ずっと唸っていた。


「もっとも、問題はこれだけではないのですが……」


 言いよどんだカリス。

 きっと、山積する問題点を告げれば、彼を追撃するような言葉になる。

 それを承知しているのだろうか。


「でも、エールザイレンと戦えるのは、実質、コイツしかないと思うぞ」

「……」

「お嬢に問題があるとは思わねえ。資格者としては俺よりずっと優秀だろう。でも、サイフィリオンじゃアイツには勝てねえ。火と氷だろ? 相性が悪すぎる」

「魔術の教養が、だいぶ板についていらっしゃるようですね」

「ソイツは皮肉じゃなくて、言葉通りに受け取っていいんだよな」

「ええ。サイフィリオンとエールザイレンの魔術的な有利不利は、私も騎士殿と全く同じ見解ですので」

「あとはドラヴァイデンだが。これも無理だろう。政治的な理由でな」


 沈黙する小賢者。

 自身の身にかかわる問題だ。発言する資格がないと考えているに違いない。


「陛下から勅命を受けたといってもだ。さすがに『王族殺し』の嫌疑が有耶無耶うやむやにはならんだろ? ジェリコの首を落とせと言った俺に対するお嬢や、他の連中の態度を見りゃ、この国の手続きが何かとめんどくさいのはわかりきった話さ。後詰うしろづめとして王都に留める。これが精いっぱいだろう」

「本当に変わりましたね。近頃の騎士殿は」

「曲がりなりにも貴族に名を連ねてるしな」

「話が早くて助かります」

「俺はこんな考えだ。言いづらいだろうけど、お前の意見も聞かせてくれ」


 その後も説明が続いた。

 どれひとつとして、彼の気持ちを軽くするものではなかった。


 ***


 シャルルがカルディツァ郡から戻った知らせを受けて。

 女王から三人の資格者に「茶会」への招待があった。

 カリスが軟禁されていた、王城の大部屋に招かれる。

 三人の王族。三人の資格者。それに加え、一人の閣僚。


「軍務卿閣下もおいででしたか」

「ええ。陛下から個人的な話をしたいと伺いましたので」

(議題は、秘密にしておきたい重要な何か、だろうな)


 御前会議よりも人数を絞りたい。

 ここに集った者に共通するのは、機動甲冑がなんたるかをる者たち。


「皆、忙しいところ集まってくれて、礼を言います。あくまでも『茶会』です。ユスティティアも忌憚きたんなく、皆と語り合ってもらえれば」

おそります」

「ひとつだけ、決まりごとがあります。ここで見聞きしたことは他言せぬように」

「はい、心得ました」


 茶会というのは表向きの話。

 実態は、作戦会議であった。

 領主、カルディツァ郡伯カロルスことシャルル。

 軍務卿、クラウディウス伯ユスティティア。

 このふたりが話を主導していった。


「わが領内に駐留する王国軍は四個中隊と四個小隊。おおむね六四〇名。これにわが私兵三個中隊を加えて、おおむね一〇〇〇名」

「対するテッサリア軍は四個大隊二〇〇〇でカンボスを包囲。間諜の報告によれば、アンフィラキアに二個大隊一〇〇〇、ラリサに三個大隊一五〇〇が控えております。以上、四五〇〇が即応可能と考えられます」

「ラエティティア殿にお願いして、無血開城と引き換えにカンボスの一個中隊をパラマスへ退却させる旨、テッサリア軍に申し入れました。カルディツァでも郡都機能をミトロポリへ移す準備を進めています」

「……カルディツァを放棄なさるのですか。アントニウス卿」

「苦渋の決断です。王国軍の増援が見込めない以上、やむを得ないかと」


 ここで突然、彼が手をひと叩き。


「――というのは、表向きの話です」


 この先の展開は、彼の頭の中だけにあった。

 それを明らかにするときが来た。


「ユーティミア・デュカキスらに試算させました。イメルダの動員兵力は即応可能な四五〇〇から一〇〇〇〇までの間。今から開戦した場合、穀物備蓄量から推定して、兵糧ひょうろうがもつのは二カ月から四カ月。小麦の収穫までに兵糧が底をつきます」

「四カ月耐えられれば、勝てると?」


 シャルルは首を横に振った。


「イメルダとしては、この時期の開戦は避けたいのではないか。むしろ小麦の収穫が終われば、満を持して王都に戦争を挑める。よって、仮初かりそめの和睦わぼくに王都が応じるのを期待して、強気に出ているのではないか。そういう意図で申し上げました」

「シャルルの言葉を聞くと、和睦を蹴るべき。そう聞こえるのですが」

「お決めになるのは、陛下のご一存であらせられます。俺は事実を述べただけです。その上で開戦をお決めになっても困らないよう、準備しているに過ぎません」


 その女王が彼に問う。


「アントニウス卿。カルディツァ郡とキエリオン郡は何カ月戦えますか?」

「わが領内の民草が戦争に耐えられるのは、長く見積もっても三カ月。それで決着がつかなければ、息切れ。こちらの負けです」

けいの尽力のおかげで、直轄領には向こう半年分の備蓄があります。ですが、三カ月を超える戦いは、国家に深い爪痕つめあとを残す。余もそのように考えています」

「負けない戦いを四カ月続けることを、陛下もお望みではない。であれば、一ヶ月、二カ月で決着をつける。その流れに持っていくしかございません」

「何か、策はあるのですか?」

「ございます。他人任せになりますが」

「それを語ってもらえますか」


 カルディツァの屋敷で述べたこと、それに次のような見解を付け加えた。


「王国軍には、テッサリア軍より優れた点があります。少数にして精鋭であること。個々に優れた魔術の才があること。そして、陛下に絶対の忠誠を誓っていること――これは、寡兵かへいをもって大軍を翻弄ほんろうする能力たりえます」


 テッサリアの大軍を領内に誘引したうえ。

 小規模な兵力を運用、遊撃戦ゆうげきせんを展開する。

 それが、シャルルが思い浮かべたことだ。


「カルディツァ郡には豊富な海の幸、キエリオン郡には山の幸がございます。それを活用し、以前より新しい保存食を作らせておりました。携帯に適した糧食りょうしょくを作ることに、すでに成功しております」

「まさか……ラエティティアに言われ、研究していたというのは?」

「ご明察です、軍務卿閣下。それを王国軍の精鋭に携帯させれば、煮炊きすら不要。煙を立てず、隠密行動が可能となるでしょう。テッサリア軍の後方こうほう攪乱かくらんも不可能ではないと思われます」

「カルディツァを放棄なさる真意は……そこにある、と?」

「おっしゃる通りです。郡都を釣り針とし、敵を引き込む。兵站を寸断、テッサリア軍の疲弊を待つ。敵が増援を送り込んだら、戦線をさらに後退させ、深入りを誘う。これが一つ目の策」

「それが、他人任せ、ということですね」


 ええ――と頷き、彼は続ける。


「とはいえ。敵には強力な兵器、エールザイレンがあります。王国軍が精鋭であっても、機動甲冑には『蟻んこ』のようにすりつぶされる。事実、二個中隊を失っておりますから、言うまでもないでしょう」


 ペレッツが選んだ精鋭一個中隊。

 関所護衛についていた一個中隊。

 いずれも、エールザイレンにより喪われた戦力だった。


「そこで、イメルダ領内にエールセルジーによる強行偵察を敢行します」

「お待ちください、騎士殿」

「危険はわかってる、カリス。まともに戦って勝てる状況でないこともな。あくまで王国軍から引き離す、陽動が目的だ。これが二つ目の策」

「あの……私が、サイフィリオンで。師範と一緒に戦えば。あるいは――」

「光栄な提案だが。オクタウィアには、別にやってもらいたいことがある」


 彼は地図の一点に駒を置いた。


「サイフィリオンで、ラリサを奇襲する。これが三つ目の策だ」

「ラリサを破壊する――ということですか?」

「敵の本拠地をぶっ叩く。これ以外に、王国側に勝ち筋はない」


 郡都に敵の主力をつり出し、エールザイレンをも牽制し。

 防備を削いだ、テッサリアの主都ラリサを奇襲攻撃する。

 彼の脳裏だけにあった、作戦の骨子だった。

 初めて告げられたオクタウィアは青ざめた。


「ラリサの民草、五万三千もろとも……そんなこと、私にはッ」

「じゃあ、どうすりゃいい? 農繁期を過ぎりゃ、イメルダは何のためらいもなく、直轄領をごろしにできるんだ。それで何万。何十万。どれだけの民草が犠牲になると思う?」


 異教徒の「征服者ファーティフ」の精鋭と戦った彼。

 シャルル・アントワーヌの認識は極めて悲観的だ。

 ローマ帝国を名乗り続けてきた小国の成れの果て。

 それを目の当たりにした彼が想った、王国の未来。

 今や、「風前の灯火」としか思えないゆえの非情。


「要するに、イメルダ・マルキウスを討ち取ればよいのですよね。シャルル」


 息苦しい沈黙を破ったのは、ただ一人。

 彼の無二の主人となった、金髪碧眼の姫君がこう切り出す。


「あなたの作戦。その第三の策に、修正を申し入れます」

「それは、どのような?」

「わたくしが正規軍の最精鋭『抜刀隊ばっとうたい』一個大隊を率い、ラリサを奇襲する。それにサイフィリオンを帯同させるのです」

「……本気ですか!?」

「このようなこと、戯れで口にするとでも?」


 目元にするどい眼光。

 口元に穏やかな笑み。

 彼が愛した許嫁いいなずけと、うりふたつの容姿を持つ少女。

 しかし、その胆力の強さはまったくの別人というしかない。


「城門の破壊など、サイフィリオンの使用を必要最低限に留めればよいのでしょう。それなら、いたずらに犠牲を出さずに済むのではなくて?」

「危険すぎます、ソフィア様」

「シャルルが囮になって、エールザイレンを引きつけてくれるのでしょう。それに、オクタウィアがついていますもの。何も恐くありませんわ」


 覚悟を理解したのだろう。

 軍務卿ユスティティアは、異を唱えなかった。

 代わりに、作戦の課題をこのように指摘する。


「サイフィリオンをソフィア王女殿下、ならびに抜刀隊の援護に用いる。たしかに、理に適った作戦かと。しかし、この作戦の遂行には、陽動となる本隊とからとなる別動隊。この高度な連携が必要です。荒天が続いた場合、召喚獣を用いた書簡のやり取りは困難を極めるでしょう」


 ひとり挙手をして、水色の髪の賢者が発言権を得た。


「機動甲冑には遠隔地の味方同士、相互にやり取りを行う仕組みが備わっています。それこそ、召喚獣とは比較にならない速さ――雷鳴より速く伝播する何かによって。王都のドラヴァイデン。アントニウス卿のエールセルジー。そして隠密行動中のサイフィリオン。この三者で示し合わせた行動が可能です」

「――そのような『魔法』のような、『かみ御業みわざ』のごとき行いが!? あの機械人形と資格者たちには可能なのですか、アントニウス卿?」

「まったくもって事実です、陛下」


 シャルルはごく自然に受け入れていたが、「雷鳴」と言われて気づいた。

 エールセルジーとサイフィリオンは半マイルの距離で交信を行った。もし、雷鳴と同じく「音」で伝わったなら、二、三秒は遅れていたはずだ。

 だが、オクタウィアとの会話は、あたかも目の前に彼女がいるようだった。稲光と雷鳴のような時間差を、まったく感じていなかった。


「そして、機動甲冑と資格者は、距離を隔ててもつながっております。王都で修復中のエールセルジーが、カルディツァにいた俺のもとに馳せ参じた。この事実が何よりの証拠ではないかと」


 カリスとオクタウィアを除いて、皆、絶句していた。

 無理もない。シャルル自身も信じられないくらいだ。


「――距離を隔てた、時間差無しでの交信。事実だとすれば、本隊と別動隊は連携できる。それだけではありません。王都におわす陛下、閣下もカリスを通じて、戦況を俯瞰ふかんできるかと存じます」

「どうですか、ユスティティア」


 女王に促され、軍務卿はこう述べた。


「この時期のテッサリア北部は雪が積もります。原野も、小麦畑も、雪で覆われる。そりがあれば、街道を使わずとも陸路を進めるでしょう。もちろん、吹雪にまぎれて行軍という、極めて厳しい条件をともないますが」

「雪洞の作り方なら、オクタウィアとラエティティアに教えています。領内の仮設の住居として用いるつもりでした。王国軍の隠密行動にも役立つはずです」


 オクタウィアが王城の屋根の雪をもぎ取って、小さな模型を作ってみせた。

 頑丈な雪洞イグルー。携帯可能な糧食。女王のため困難をいとわない、精強な抜刀隊。

 何より、第二王女ソフィアがみずから指揮を執るという。

 その援護まもりをつかさどるのは、「資格者」たる軍務卿の娘。

 厳しい前提条件を克服する材料は、すべてここに揃った。


「武官への推挙の折、大軍を率いたことがあると虚言そらごとを口にした旨、報告を受けておりました。その報告には、大きな誤りがあったようです」

「証明する手段と機会。今まで、それに恵まれなかっただけの話ですよ」


 カルタゴの英雄、ハンニバル・バルカのアルプス越えに匹敵する。

 そんな乾坤一擲けんこんいってきの奇策に、ついに軍務卿ユスティティアは頷いた。


「ユスティティア。茶会はそろそろお開きでよろしくて?」

「はい、雲がすべて晴れ渡りました。急ぎ態勢を整えます」

「ベアトリクス。前にお願いしていた件は?」

「すべて準備が整ったと報告を受けています」


 アルス・マグナの研究者たちも制約を解かれ、本来の業務に戻っていた。


「六日後に詔勅を認めます。今は時間を稼ぎましょう。撤退に向けた準備や関所への兵力集めと称して、そりなどを準備してちょうだい。抜刀隊はあなたの実妹、ラエティティアに率いてもらいます。辞令を用意しておくように」

「――はっ! 承知仕しょうちつかまつりました」

「それでよいですね、アントニウス卿」

「はい。ラエティティアであれば、わが意を汲んでくれるかと存じます」


 茶会が終わった。

 軍務卿ユスティティアは深々と頭を下げ、部屋を辞した。

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