《コラム》ルナティア王国の文化
・建国八〇〇年の間に失われた表現
ルナティア王国がこのバルティカの大地に生まれて、八〇〇余年の時間が過ぎた。
しかし、建国後の
結果として何が起こったのか。
我々はいくつかの言葉を失った。正確に言えば、それらは失われたのではなく、使われなくなったと言うべきではあるが、男性や男女の性差などから生じたであろう単語や語彙、言い回しなどが徐々に会話や公文書の中から失われていったことが過去の資料と比較して明らかとなっている。
文化や風俗とは、比較することで見えてくる。
男性がこの世界から消えた影響は
たった一割と言えば大したことではないが、我々が日常を過ごす中で使う言葉はおよそ二五〇〇から四〇〇〇語とされる。そのうちの一割が消えたとしたら? つまり三〇〇の言葉が消えると言うことだ。
我々は知るべきだ。何か一つが失われると言うだけで、ヒトは簡単に霊長を証明する道具が扱えなくなる。
我々は考えるべきだ。この八〇〇年の間に我々が失った言葉で、どれほどヒトとしての機能を失ったのかを。
・バルティカ大陸の食文化
地方での食事に対し、王都では時折こんな言葉を聞く。
『田舎のバカ舌者』
バルティカ大陸では農作物に恵まれないことは周知であるが、漁業に関して言えば盛んであることは知られていない。
大陸西側では沿岸漁業が盛んであり、季節ごとに異なった魚を通年で得られる。
春はニシン、夏はサンマやスズキ、秋はアジやブリ、冬はボラ。これら代表的な魚に留まらず数多くの魚が水揚げされる。
これら多様な魚を利用した料理は実はそこまで広まっていない。
内陸に運ぶまでの間に多くが腐敗するため、魚町で水揚げされた多くの魚は干物か
そのため魚は沿岸地域と王都周辺を除き、好んで食べられるものではなく、保存食であったり、飢えを
一方で、肉食は全域で盛んである。もっとも、主たる物は羊肉である。
羊の畜産はルナティアにおける主要産業の一つと言える。羊肉は栄養が豊富であり、その毛は服飾にも利用される。
なにより、生後一年で雌雄問わず繁殖が可能となる点も見逃せない。これにより生産数を人間の側である程度操作出来る。
好みは分かれる物だが、養育期の雌羊の出す乳も見逃せない。仔羊を育てるためのものではあるが、人間が飲んでも好ましい栄養が多く含まれており、時には乳幼児に与えることもあるほどだ。では、羊の畜肉だけが主要な食肉かと言われるとそうではない。
王都近辺では見られないが、関を一つ超えれば複数種の
家禽は肉に留まらず、卵も重要な畜産資源であり、王国全土で食されている。
しかし、上流階級の人間で好まれるのはやはり野生の獣肉であることに疑いはない。
上流階級とは言ったが、それは王都に限った話であり、地方に目を向ければ領主や村長、農民まで頻度の違いこそあれ普通に口にすることが出来る。
羊肉以上に珍重される物もあり、このためだけに召喚魔術の道に進んだと言う者すらいるほどであるが、わざわざこのために地方派遣を望んで受け入れる官僚もいる。
これら多くの恵みがありながら、王都と地方とでは提供される皿に明確な味の差が生まれる。
それは塩だ。
私見も含めた言葉ではあるが、一度西側の沿岸地方の料理を味わうと王都の店で口にする料理では舌が満足しない。
ルナティアでは、塩は海から得られる物に頼っている。乾燥した気候から安定した生産は望めるが、国民全員が潤沢に使えるほどの価格と量が行き渡っているとは言い難い。
しかし、沿岸部であれば安価で手に入れることも難しくはない。小規模な自家塩田を個人で持つ者すらいる。
また、魚介も新鮮な状態で口に出来ることもあるだろう。
冒頭に記した時事の流行り言葉は、地方の良質な食事を伝聞で知りながらも、王都での出世欲を優先したモグラの自己正当化の文言が源泉だ、ということも付け加えておこう。
・バルティカの地下資源
古代帝国時代やそれ以前、この大陸は非常に豊富な資源に恵まれていた、ということは多くの記録から知ることが出来る。
地面から染み出す漆黒の油を燃料とし、多種多様な天然鉱石をふんだんに使った魔術の研究・行使があった。
残念ながら、現在の我々が地面を掘って得られる物はそこまで多くはない。
数は少ないながら、量は潤沢なことは幸いである。
第一に温泉である。
地下のマグマや地熱で温められた熱水は王都周辺で枯れることなく湧き出ており、入浴による公衆衛生を保つ最大の要因となっている。
第二に石炭。
はるか太古に死滅した植物が変異した物と考えられており、極めて効率の良い燃料として広く活用されている。
第三に鉄。
これは古代帝国期の亜人戦争の折に殺戮された亜人たちの死体から生み出された砂鉄や、これらの扱っていた武具から得られることもあるが、大半はそれ以前よりも地中に存在している。
食器に建物、その他多数の生活用品、さらには戦士たちの刀剣や防具に広く使われる鉄は、入手も安価でかつ単純な加工が容易なこともあり我々の生きる上で欠かせない物質と言える。
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