第9話 アイアン・ハート・ワイズマン(2)
「ちょっと、ちょっと! オクタウィア!?」
いきなりふらついて、崩れ落ちたオクタウィア。
すんでの所で、すぐ脇に控えていた武官が彼女を支え、事なきを得た。
だが、意識の方は少々朦朧としている。声が遠くから聞こえるようだ。
「大丈夫? しっかりなさい!」
「……申し訳ありません。殿下」
視界が徐々に戻ってくる。
血相を変えたソフィアが、顔を覗き込んでいた。
「いったいどうしたの? 顔色が悪いし、意識も曖昧なようだけど」
「大丈夫です。少し足元が
「……どうしましょう。少し、休憩を挟みましょうか?」
「いえ。それには、及びません。もう、大丈夫ですから」
武官がゆっくりと両手を放す。
独力で立ったオクタウィアは、再び機動甲冑に向き直った。
「……そう、なのね。ドラヴァイデン……つまり、あなたはメガイラ卿の頭の中……人の意識、そのものへ。攻撃を仕掛けた、と……」
「いったい、そんなこと。どうやって……」
「わかりません。ですが……それって、つまり……」
書き取りをしていた武官たち。
彼女たちにも、僅かな動揺が見られた。
心を落ち着かせようと、ソフィアが目を閉じる。
伏し目がちにため息をつき、パッと目を開いた。
「――戸惑っていてもしょうがないわね。オクタウィア、確認したいことがまだあります。続けてもらっても構いませんか?」
「……はい。それでは、何をドラヴァイデンに聞けば良いでしょうか?」
「先ほど、強制排除――と言ったかしら? それは誰の意思、命令で行ったものか。具体的に言えば、カリスの意思なのかどうか」
オクタウィアは一言一句漏らさず。
そのまま、鋼の騎兵に問うた。
『――先の強制排除は帝国法に基づく当機の基本処理行動。パイロット、カリス・ラグランシアの認知外の処置』
(……何かしら、この感じ)
「カリス・ラグランシアの認知外、と言いましたね。つまり、カリスの意思、命令に基づく行動ではなかった。帝国法に基づいて、機動甲冑が自律的に判断、行動した。間違いないかしら?」
『――肯定』
「……間違いないそうです」
通訳をするオクタウィア。
字面だけ追えば、無機質な機動甲冑の言葉。
その裏に、どこか感情のようなモノを認識し始めていた。
(……カリスさんを、かばっているみたい)
まるで、搭乗者として選ばれたカリスを擁護するような言い回し。
意図してそれを選んでいるのかと。そのように、思えてならない。
「では、これはどうかしら。事前にカリスが、誰かに機動甲冑を奪われないように、そういう細工を仕掛けていた。としたら?」
「殿下、それは……」
「ええ。意地悪な言い方だと思います。けれど、司法判断になる以上、どんな些細な話でも聞かなければいけないのです」
「……わかりました」
事実を積み重ねる。
その為に、被疑者に対して、酷な質問を投げかける。
『――否定。当機の行動原則は全て帝国法を遵守。本内容の改変処理履歴は該当せず』
王女が投げかけた質問。
それを以っても、帝国法に基づく自発的行動であった。
そのように、ドラヴァイデンは答えてみせた。
「一度、速記を止めてください」
オクタウィアの申し出に、武官が紙から鉛筆を離す。
「ソフィア殿下。たぶんですけれど、やはりカリスさんの判断でメガイラ卿を害したなんて、私には思えません」
「……それは
「ええ。それはわかります」
「貴女は資格者として、機動甲冑というモノがどのように判断し、行動するかを理解しています。ゆえに『彼女』を代弁し、時に弁護することもあるでしょう。それが、貴女に求められた役割だと。わたくしは、理解しているつもりです」
「……」
「それと同じように、わたくしもこの国の王女として、公正な目線で立ち会いをする必要があります。事実を丹念に拾い上げる。ゆえに『彼女』に厳しい問いかけが必要な局面もあるでしょう。それが、わたくしに求められた役割ですから」
ソフィアの言うことは当然である。
たしかに、オクタウィアにとって、私的な部分で言えばよき友人ではある。
だが、ソフィアはこの国の中枢に位置する、
王太子ベアトリクスが病床にある今、国政の一端を担う存在でもあるのだ。
「でもね。冷たい言い方をしている自覚はあるの。ごめんなさいね」
「いいえ。私も、差し出がましいことを申し上げました。申し訳ございません」
それが個人的な感情や私情に基づいて、あれが正しい、これが間違っているなどと口にすれば、権力の濫用にあたる。
十分に承知しなくてはいけない。そういう話なのだ。
改めて痛感する。自分の未熟さを。
その後、速記を再開して、幾つかの質問を投げかけた。
心を冷徹に装って、ソフィアに言われるがまま、聞いた質問の数々。
刃物のごとき質問を
「――質問はこれで全部です。皆、ご苦労様でした」
「ありがとう、ドラヴァイデン。お話はここまでよ」
片づけを終えた
最後に、オクタウィアがその場を離れようと、
『――オクタウィア・クラウディア。当機より貴官への伝言が存在』
まさか、呼び止められるとは。
思ってもいない反応に、オクタウィアは驚きを隠さなかった。
『マスター・カリス・ラグランシアは、遠隔より当機の操縦が可能』
(――乗っていなくても、動かせる。そういうことね)
背を向けたオクタウィアは、あえてその言葉を代弁はしない。
エールセルジーがカルディツァに駆けつけた。その事実を知った今、決して不思議ではなかった。
『当機は待機状態を維持。緊急時はサイフィリオンを通じ連絡及び会話が可能』
(――緊急時って、まさか)
もし、万が一。
カリスが処断されると決まったら。
その時は知らせろ――と。
目の前の鋼の巨人は言っているのだ。
「オクタウィア、どうしたのです」
「……いえ。なんでもありません」
オクタウィアは認識を改めていた。
機動甲冑たちに対し、一つ大いなる勘違いをしていたのではないか、と。
(これは、もう――人間の考えることじゃないの)
一見、無機質な、可愛げのない受け答え。
人間からほど遠い存在。そんな先入観に囚われていたのではないか、と。
***
その後、オクタウィアたちはアルス・マグナから立ち去った。
すぐに、女王に報告に向かったが、閣議の最中であり、面会は叶わなかった。
これから、ソフィアと武官たちが速記をもとに、調書を取りまとめるという。
「オクタウィア。本当にご苦労様でした。今日はもうお帰りなさい」
そう、ソフィア王女から声を掛けられた。
隠しきれないほど、疲労がにじみ出ていたのだろう。
思えば、早朝にカルディツァを
「この上、貴女の身に何かあっては困ります。調書の下書きが終わったら、もう一度確認してもらいますけれど、どんなに早くても明日以降になるでしょうから。今は、しっかり休息を取って」
「承知いたしました、殿下。お気遣い痛み入ります」
王城を出たオクタウィア。
太陽はだいぶ傾いている。
王城から近い、貴族街の一角。
クラウディア家本邸に帰った。
「只今戻りました」
玄関で清潔な身なりをした老婆が待っていた。
クラウディア家の家政婦長。名をタティアナという。
家長ユスティティアが不在の間、留守を守ってくれていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おひさしぶりね。ばあや」
「今朝方、カルディツァよりお戻りと伺っておりました。お疲れでございましょう。どうぞご入浴になってください」
「……あら、いやだ。そんなに臭うかしら?」
油臭い格納庫に数時間もいたせいか。
軍服にも臭いが付いてしまっているようだ。
自分の嗅覚では慣れていたが、使用人たちの鼻には気になるほどらしい。
家に帰ったのも束の間、家政婦長に浴場へと連れてゆかれた。
「替えの服もございますから、こちらは洗濯してしまいましょう! ささ、皆の者。お嬢様の服を脱がして差し上げなさい」
「だ、大丈夫、自分で脱げるから」
家政婦長のタティアナは六〇歳を過ぎている。
オクタウィアの三倍以上も年上だ。譜代の臣としてずっとクラウディア家に仕えてきた老婆から見れば、オクタウィアは可愛い孫のような存在である。
老婆が伴ってきた二人の使用人によって、軍服を脱がされ、下着まで取り払われた裸身。それを見て、老婆がため息を漏らした。
「近頃、変わられましたね。お嬢様は」
「えっ!? もしかして、太ったかしら」
カルディツァに移ってから、飯が美味しい。
そのせいか、食欲が増した。食べる量が増えた。
そんな自覚があったからだ。
「太ったというより、筋肉がついて
「そ、それなら……よいのだけど」
サイフィリオンの正規操者に指名され、士官候補生からアルス・マグナ付きの士官へと引き上げられた。その為、短期間で士官教育を修める必要があったのだ。
学科は突貫作業でなんとか期間内に修めた。しかし、叔母のラエティティア曰く、武術の鍛錬がおろそかになっていた。
カルディツァに行ってから、
それから浴場に入り、使用人に身体を洗ってもらった。
最近、屋敷に戻ることが少なくなっていた。こうして、屋敷の使用人に髪を洗ってもらったりするのは久しぶりだ。
王都には温泉が湧く。クラウディア家の本邸にも、源泉かけ流しの温泉が配湯管を通じて送り込まれている。
ゆっくりと浴槽の縁に腰かけ、湯の中に両脚だけ差し入れた。
「少し熱いかしら……でも、気持ちいい」
湯の熱さには、すぐに慣れた。
それから半身を浸したら、思わずため息がこぼれる。
天然の温泉が湧き出さない、カルディツァの屋敷では味わえない
「あぁ……身体の隅々まで、あったまりそう……」
自分以外、誰もいない。
広い浴槽の中で、思いっきり手足を伸ばした。
(いいわよね。どうせ、お母様も……今は、いないのだから……)
人前ならば行儀の悪い。
そう
***
その後、風呂から上がったオクタウィア。
使用人が用意した軽装のドレスを着せられて間もなく、軽く
(もう日が暮れてしまった。今日は一日が早く感じる)
クラウディア家の領地で栽培された、新鮮な野菜。
それを時間をかけ、香草で煮込んだスープである。
王都で野菜は貴重品。領地に馬産地と並んで農場を持つ、クラウディア家ならではの
香ばしい匂い。食欲がそそられ、スプーンで口に運ぶ。
(やっぱり……味が薄く感じるわね)
塩田での海塩の増産と、海産物の水揚げが旺盛なアルデギア地方。
リンゴを発酵させて、リンゴ酒やリンゴ酢を作る、レンディナ村。
塩を使った『チーズ』なる加工食品の生産が進む、メネライダ村。
それら産物の数々が集まるカルディツァの料理。多くの調味料が使われ、王都に比べると味が濃いのが特徴だ。
(あの『チーズ』って食べ物。もしかしたら、馬の乳からも、作れるのかしら?)
当家の馬産地。
そこで何か、新たな特産品ができたら、産業になるかもしれない。
スープを口にしながら、オクタウィアはそんなことを考えていた。
「ありがとう、ばあや。ごちそうさまでした」
「今日は、お代わりをお召しにならないのですね」
生まれた時からずっとそばにいた老婆である。
黙っていても、心配をかけるだけだ。
「……今日はいろいろなことがあって、疲れ果ててしまって」
「そうでございましたか」
「きっと、しばらくはこんな日が続くと思うの。だから、今日は早く休みます。一人で着られる部屋着だけ、用意してもらえるかしら」
「かしこまりました。すぐに用意させます」
それから自分の部屋にこもった。
使用人が部屋着を持って訪れたが、すぐに部屋から去っていく。
一人にしてほしい。言外に込めた願いを聞いてくれたのだろう。
「はぁ……」
誰もいない部屋でひとり。
最低限の部屋着だけ身につけて、寝台の上に横たわる。
(貴族令嬢だから、皆が綺麗に着飾ろうとしてくれるのはわかるし。こんな恰好して横になっているのも、お行儀が悪いとは思うのだけど)
いつになく、疲労が溜まっていた。
精神的にも、肉体的にも。
「……聞きそびれちゃったな、女王陛下のおっしゃったこと」
状況が状況だった。
ソフィア王女や近衛府の武官だけならまだしも。
顔も知らない、
「あの場で、ドラヴァイデンの意思を直接、
資格者として。
なにより、この国の抱える様々な事情を
「私には、できなかった……」
軍務府の監視の目が、思っていたよりも厳しい。
それすらもはねつける権限が、自分にあることを知っている。
しかし、力を持つからこそ、
禁呪の封印を解いた痛みを思い知って、自分に言い聞かせてきたつもりだ。
でも――。
「殿下や周囲の武官に言われるがまま、求められた役割に終始してしまった。それでよかったのかしら。本当に……」
両脚を抱え込むように、丸まって小さくなった少女。
そこへ――。
『――マスター』
「――ッ!?」
不意に脳裏に響いた、聞き馴染んだ
寝転がっていたオクタウィアは、慌てて飛び起きて窓の外を見た。
◇◆◇◆◇ お礼・お願い ◇◆◇◆◇
新着、自主企画等から初見の皆様方。
また、更新通知からお越しの皆様方。
お読みいただき、ありがとうございました!
疲労困憊のオクタウィア。そこにまさかの――!?
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