第8話 アイアン・ハート・ワイズマン(1)
女王との対面を終えた、資格者オクタウィア。
女王直属の近衛兵二名を貸与され、アルス・マグナへと戻った。
その彼女の隣にはもう一人、金髪碧眼の少女。
蝶をあしらった、青いブローチを首元にかけ、堂々と胸を張る。
「――ソフィア王女殿下。申し訳ございません。只今、こちらへの立ち入りは、証拠保全の目的で、制限されております」
アルス・マグナの入口で立ちふさがった軍務府の衛兵。
「あら。オクタウィア。お願いします」
「はい、殿下」
答えたオクタウィアが掲げた、一枚の羊皮紙。
女王直筆の署名が入った、捜査令状であった。
「資格者オクタウィア・クラウディア。女王陛下の勅命に基づき、これより機動甲冑『ドラヴァイデン』に対する聞き取り調査を行います」
「わたくし第二王女ソフィア・ディアナ・アルトリア、ならびに
「以上四名、アルス・マグナ整備区画へ立ち入ります。異論ございませんね」
女王直筆の公文書を目の前に。
軍務府の精鋭と言えど、拒絶はできなかった。
中に入る。アルス・マグナの理事が最敬礼で迎えてくれた。
「殿下、皆様。ご足労ありがとうございます」
「ごきげんよう、理事。あまり時間がありません。急いでもらえますか」
「はい、殿下。すぐご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
ソフィアを迎えた理事は、挨拶もそこそこに。
王女と資格者一行を先導して、アルス・マグナの格納庫のど真ん中、
「……うぇっ」
思わず、手で口と鼻を覆ったソフィア。
ほぼ開店休業状態の格納庫。慌ただしく動いていた研究員のいなくなった一帯は、明かり取りの窓の多くが閉じられている。
風の流れが無くなった倉庫には、鉄と油の臭いが充満していた。
「殿下、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……これくらいの臭いなら」
左手で顔を覆いつつ、右手の指を宙で踊らせる。
おそらくは、なんらかの術式で臭いを防いだのだろう。
「もう平気です。それより……」
アルス・マグナでもっとも広大な施設である格納庫。
「この巨像たちも、博物館にあったモノと同じ機動甲冑なのかしら」
「そうです。まだ整備や調査の終わっていない機体たちです」
足元しか見えない暗がりの先。
たった一つだけ、天から光が降り注ぐところがあった。
「あれが、オクタウィアのものかしら」
明かり取りの窓から、幾筋も差し込む陽光に。
そんな機動甲冑を指差した姫君に、隣にいたオクタウィアは頷いた。
「なぜ、あそこにだけ人がいるのかしら」
「私がお願いして、整備をしてもらっているからです。殿下」
「確かに。またいつ出撃していくか、わからないものね」
現在、アルス・マグナは行動に制約を課せられている。
軍の規制により一切の整備や点検、修繕や調査などが行えないのだ。
「アルス・マグナを代表し、軍に厳重抗議しました。
悔しさをにじませる理事。
しかしながら、現在稼働中である唯一の機動甲冑、サイフィリオンだけは待機要員に身分証を貸与し、格納庫への出入りを認めるように――。
このような勅命が下され、軍も受け入れざるを得なかったそうだ。
今は資格者であるオクタウィアの口添えもあって、サイフィリオンの周囲にだけはアルス・マグナの職員が集まり、作業を続けている。
「普段であれば。ここに戻ってきた時は、もっと多くの人が機動甲冑の手入れをしてくれています。ですが、今は……」
「……ええ。状況は理解しているつもりです。さあ、急ぎましょう」
物見遊山でここを訪れた。当然、そんなわけではない。
状況はむしろ急かされている。一刻も早く、現状を打開せよ、と。
そう言ってもいいのだから。
「ドラヴァイデンは、さらに奥にあります」
案内役の理事の先導で、再び暗がりに向かった。
ほどなく、一行は問題の騎兵の前へと辿り着く。
「窓を開けよ!」
理事が指示を下す。
待機していた職員が、一斉に窓の覆いを外した。
目が慣れてきた彼女たちが見上げるは、深い青と黒で仕上げられた鋼の巨像。
機動甲冑『ドラヴァイデン』。
「これが……」
そんな資格者の少女に、張り詰めた声で王女が言った。
「オクタウィア。ここから先は、一言一言に気をつけて」
「……自覚しているつもりです」
オクタウィアがこの場にいる理由。
それはただ一つ。女王の名の下、機動甲冑の『
彼女の言葉は一字一句すべて、余すことなく、『調書』に記録される。
要するに、
「
「はい、殿下。いつでもかまいません」
近衛府の武官が答える。
意識せずとも、神経が研ぎ澄まされる。
「では、速記を開始してください。オクタウィア、お願いします」
王女の号令。オクタウィアは巨像を見上げ、言葉を発した。
「――ドラヴァイデン、私のことが分かりますか?」
その呼びかけに、わずかの間があり、機動甲冑が反応する。
『――確認。サイフィリオン、専属パイロット、オクタウィア・クラウディア』
その内容を口述し、通訳する。
横で素早く書き取っていた武官が頷いた。
「大丈夫そうです」
オクタウィアは内心、胸を撫で下ろした。
まずは第一歩。意を決して、より近くへ。
「殿下。皆様。上へと参りましょう」
「わかりました。ここにはたしか、階段がありましたよね」
「ええ、こちらです」
先導するオクタウィア。
その言葉を承知して、後を追ったソフィアと付添の武官たち。
機体へ乗り込むため、用意された上階の
そこに注がれる、冷ややかな視線。
ドラヴァイデンの監視に立つ、軍の兵士たちの眼差しは
(――本当に、空気が悪い)
機動甲冑の『聲』は資格者にのみ聞こえる。それはすでにアルス・マグナの誰もが承知している『常識』だった。
しかし、メガイラ
故に、カリス・ラグランシアを厳しく処断せよ。こう詰め寄っている。
今回の事件の調査を行うにしても。
互いの主張が平行線を描き、交わらない以上。
公平中立な立場の人間の判断が必要だった。
資格者という立場は、アルス・マグナに近い。軍には、そう思われている。
代々受け継がれた『氷』の命脈、クラウディア家の血筋。そして、母の第二軍務卿ユスティティアに対する信用を以って、辛うじて信頼されているに過ぎない。
これがもし、カロルス・アントニウスであったなら、この場に立つことすら、軍の同意を
(――
ゆえに、容疑者の発言の代弁をせねばならない、オクタウィアの
白む息を吐いて、
「ドラヴァイデン。まず最初に確認しなければなりません。あなたの正規操者は誰ですか?」
『当機の正規パイロットはカリス・ラグランシア』
まず、この回答で最大の焦点であった問題が解決した。
そう言って差し支えない。
カリス・ラグランシアは、機動甲冑の正式な操者である。
その確認が取れただけで、適応される法があり、立場も大きく変わるからだ。
(まだ、最初の二歩に過ぎないのだから。ここで安心してはダメ)
冷静さをここで失ってはいけない。
そう自分に言い聞かせた。
拳をわずかに握り、オクタウィアは続ける。
「そうですか。現在、あなたとカリスさんにはある
『――否定。当機は
「帝国法? オクタウィア、どういうことかしら?」
「推測できることはありますが、この場ではやめておきましょう。続けます」
オクタウィアの一言を逃さず綴る。
そんな武官たちも、疑問符を浮かべた表情。
もっと、具体的な供述を引き出す必要がありそうだ。
「では、言い方を変えます。カリスさんは現在、ある人物を殺傷した容疑により拘束されています。覚えはございますか?」
『――該当事象サーチ――――確認。パイロット、カリス・ラグランシア搭乗直前、不明――を検知。強制排除を執行』
聞き慣れない単語。それを言えずにいると、ソフィアが首を傾げる。
「不明……って、なに? ねえ、何と言ったの。オクタウィア?」
「ちょっと聞き取れない単語です。もしかしたら、我々の言語では言い表せない言葉なのかもしれません。
「語彙、とは?」
近衛府の武官が困惑した顔で彼女を見た。
オクタウィアが何を言っているのか、理解できないのだろう。
「機動甲冑は、私たちの何気ない会話から
「つまり、現代語訳できない何か、ということでしょうか?」
「おそらくは。私たちの時代に存在しない何かを、私たちの言葉で表現できないかもしれない。そんな気がします。つい忘れてしまいがちなんですけど、この機体は千年前からずっと、存在し続けているモノですから」
腕組みしたまま、目をつぶり、王女が
「うーん。ただ、状況から判断するに、その『不明なんとか』が
『犯人』の証言は不明瞭だ。
しかし、状況証拠としては合致している。
「わかりました。そう仮定して、確認してみます。ドラヴァイデン、その不明
『――当機を含め、機動甲冑は
「どういうこと?」
『当機は対象へ三度の警告を発令。最終警告の拒絶を確認の上、強制排除を執行』
このドラヴァイデンの操縦席の中で、第一軍務卿メガイラは口から泡を吹いていた状態で発見された。
すぐに操縦席から救出され、蘇生処置がなされた。しかし、いまだ意識が戻らないままである。
なぜこうなったのか、原因はわかっていない。
ドラヴァイデンの言う『不明なんとか』が、そのメガイラの状況と一致した。今、わかっていることはそれだけだ。
「やっと読めたわ! メガイラ卿はこの機動甲冑が出ていけ、って言ったのを何度も拒絶したから、怒って何かしたのね!」
「――ドラヴァイデン、強制排除とは具体的に何をしたの?」
『強制排除に関しての詳細は正規搭乗者の基本条項、およびエラー・ナンバー〇〇三を参照』
「基本条項……?」
オクタウィアが首を傾げる。
それと同時。
頭の中にあった、これまで一度も開けていない戸棚。
それを初めて開けた――そんな感覚が頭を駆け巡る。
(なに、これ……)
機動甲冑に搭乗している時のそれと近い、何か。
辞書の索引で調べた、目的の単語を探し当てるように。
自分の戸惑いをよそに、頭脳が勝手に答えを叩きだす。
(――え、これって)
「どうしたの、オクタウィア?」
すっと血の気が引いていく。
「――認知及び承認無き搭乗……を検知した場合、機動甲冑が執行する対象への処置は……脳神経、への……直接、攻、撃……」
それだけ呟いて。
オクタウィアは足元から崩れ落ちた。
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