第3話 駆けつけた『相棒』(2)

 三六〇余名の私兵たちは、出撃の準備に取り掛かった。

 槍と盾、あるいは弩を手に、念入りに確かめる兵士たち。

 戦いの渦中、万が一の故障は命取りとなってしまうからだ。


 荷車にいくつも積み込まれる鉄瓶。

 見慣れない円筒形をした何かを、不思議に見入るシャルル。

 大きさで言うと、両手のひらにちょうど収まるほどのモノ。

 次々と兵士たちが倉庫から持ち出して、積み上げているのがわかる。


「おい、ありゃなんだ?」


 ちょうど手すきの兵に声をかけて、シャルルはそれを指差した。


「ああ、あれは――」


 薄く伸ばした鉄板で作った鉄鍋に魚や貝、鳥などの肉を入れて煮込み、塩や香草などで味付けしたモノを、さらに鉄の蓋で封入してあるという。

 アルデギアで採れる海産物は、保存が利く小麦と異なり、足が早い。

 魚であれば干物にする方法もあるが、出来上がるまでに時間がかかる。

 貝類や海老、蟹といった魚以外では干物にすらならない。


「ああやって、完全に密閉しておくんです。すると腐らずに一月も二月も長持ちする上に、蓋を開けてしまえばすぐに食べれるわけです」

「……ってことは、行軍中でも煮炊きの必要がねぇってことか」

「ええ。急な出撃でも初動が早い。馬や馬車での移動の合間でも食事が取れるので、なかなかに都合がいいんですよ」

「いいな! さすがにこれなら、アグネアをうならせるんじゃねぇか」


 感心するシャルルが目にしたそれは――即ち『缶詰』と呼ばれるもの。彼が生きた時代から四百年の後に生み出される、極めて画期的な携帯糧食である。

 羊の乳を輸送する器。

 あれを陶器ではなく、鉄で作ったらどうか。

 こう言い放った数ヶ月前のシャルルの提案。

 それは、巡り巡ることわずか数ヶ月で数世紀もの時代を飛び越えて、ルナティアの大地で結実していた。

 もっとも、四百年後の未来を知らないシャルルはおろか、ルナティアの誰もが、この驚異的な発明の意義など、微塵みじんも理解していない。

 持ち運び可能な糧食を作れ――。

 の馬車をアグネアに酷評されて発した大号令の下、わずかなひらめきと人間の技術、試行錯誤がこれを生み出したに過ぎなかった。


 夜明けから一時間が過ぎた。

 私兵の出撃準備が終盤を迎えた頃。

 パラマスからの早馬がアルデギアに到着した。

 アルデギアの漁師町の外れには、宿営地に隣接して宿駅が作られている。

 馬に乗ってきた伝令が、宿駅で別の馬に乗った別の伝令に書簡を手渡す。

 中継された書簡は、次の宿駅まで滞りなく届けられる仕組みだった。


「おい、今パラマスはどんな状況だ」


 書簡を手渡し終えた伝令に、たまたま居合わせたシャルルが訊ねた。


「それが、サロニカの軍艦が港湾を封鎖しています。おかげで外洋船が一隻も出られない状況です。一刻も早く王都に知らせよ、と命令を受けました」


 これはシャルルも初耳だ。当然である。


(テッサリア軍だけじゃねぇ。サロニカも動いてるのか……コイツは厄介だ)


 正午まで四時間、午前八時。

 夜中に叩き起こされてから三時間半後に、三個中隊がアルデギアを発った。

 パラマス湊までの二五マイル四〇キロメートルを一日半で走破する行軍である。

 それを先導するエールセルジーに乗る、シャルルの表情は厳しい。ずっと嫌な予感が拭えないのだ。


(これでも、十分早いとは思うが。さっきからなんなんだ。この胸騒ぎは)


 日没が近づく中、最後の宿駅に着いた。

 パラマスまではあと十マイル十六キロメートル

 予定通りの行軍だ。しかし、シャルルは決断した。


「俺はエールセルジーに乗って、一足早くパラマスに向かう。部隊は予定通り、明朝パラマスに着くように頼む」


 大隊長に指揮を委ねたシャルル。

 エールセルジーに乗って、街道を疾走した。

 石畳の街道ならば一〇分もかからない距離。

 湊町まで一マイルを切って、異変に気付く。


「北門に障害物、外側に兵隊……そういうことかよ!」


 テッサリア軍が街を包囲している。

 状況を理解した彼は、閉ざされた城門を飛び越えると決めた。

 主人の意思を即座に理解した相棒。

 街道を封鎖した障害物ごと、城門を華麗に飛び越えてみせた。

 最近見慣れた湊町を俯瞰する、見慣れない視野。

 その片隅に映る、相次いで上がる黒煙と火の手。

 彼は見逃さなかった。


「東門だ! 急いでくれ」

『了解』


 市街を貫く街道を疾走するエールセルジー。

 角を曲がり、東門へまっすぐつながった大通りの先。

 本来、門のあるべき場所だ。異様な存在に気づいた。


(あそこに、でけぇのがいる!?)

 

 象くらいの大きさをした何か。

 しかも、今にも街に突撃せんとするところだった。

 脳裏に閃く騎槍。その名は『突撃槍アイグロス』。

 その槍を以って、巨大な獣を貫く。

 こう思い描いた通り、相棒は巨大な騎槍を構え、疾走する。


「フラァァァァァァッ!」


 ただ一点を睨みつけ。

 シャルルは鬨の声を叫ぶ。

 四つ脚の車輪を石畳に噛み合わせ、加速する鋼の騎士。

 巨獣の前に立ちふさがる友軍兵士の背中を飛び越した。


「いっけェェェッ! アイグロォォォ――スッ!!」


 光を帯びた紫銀しぎんの刃。

 鋼すら通さない、鎧の如く堅固な皮膚を容易たやすく貫いて。

 そのまま敵兵を巻き添えに、城門の外へと弾き出した。


(切れ味抜群だぜ、コイツは……)


 シャルルは相棒に訊ねる。


「おい、エールセルジー。このアイグロスだったら、もしかしたらあの時のドラゴンにもラクに通用したんじゃないか?」

『肯定。当兵装であれば、該当対象に極めて効果大』

「……あっさり肯定しやがって。もっと早く欲しかったぜ」


 そう言い捨てると、騎槍を構えなおす。

 眼下には彼を見上げて、恐れをなした者たちが居並ぶ。


「カロルス・アントニウス、推参した。お前らはイメルダの手下どもか?」

『御屋形様の名を呼び捨てにするとは、無礼千万。殺せッ!』


 大隊長の号令に、弓兵が一斉に火矢を撃ち掛ける。

 幾たび浴びたか知れない竜の吐息に比べれば、蚊ほどにもならない攻撃だ。


「なるほど、アイツが総大将ってわけだな」


 エールセルジーの視覚を以ってすれば、この場の敵はすべて見渡せる。

 ゆえに、この攻撃は大事な意味を持っていた。

 それは、誰がこの場の指揮権を有しているか、彼に教えたことである。


「総大将を討つぞッ。突撃ッ!」


 掛け声とほぼ同時。

 静止していたエールセルジーは、その巨体を秒で加速。

 紫銀の騎槍が再び光る。

 残像が虚空に螺旋を描いた瞬間、地面に大穴が開いた。

 大隊長ならびにその取り巻きが数名。

 肉片すら残さず、立っていた地面ごと空へ吹き飛んだ。


「死体すら残ンねぇのか。コイツはいけねぇな……誰を討ったかわかンねぇ」


 竜をも斬れるらしい業物わざもの

 それを人に向けるべきではないのかもしれない。

 そんな感慨に浸る彼を見上げたテッサリア兵ら。

 彼女らに向けて、こう言い放つ。


「捕虜になりたくば武器を捨てな! それとも、今しがた消えちまった上官と運命を共にしたいか?」


 一様に蒼白な顔で、次々と武器を手放していった。

 戦死者が二〇〇名余。二七〇名ほどが捕虜となる。

 捕虜の内、二〇名ほどが火災から逃げた住民数十名を惨殺したことが判明。民間人を殺害したとがにより捕虜の扱いから外された。住民らに引き渡されて、様々な恥辱を受けた後、海水を浴びせられたまま裸で夜通し放置され、凍死している。

 残った三〇名余は消息不明。カンボス方面に逃亡したと考えられる。


 テッサリア軍一個大隊五〇〇名は、パラマス湊の攻略に失敗した。

 機動甲冑『エールセルジー』の加勢が戦況を一変させた結果である。


 ***


 援軍の私兵が、翌朝にパラマスへ着いた頃。

 パラマスの攻防戦は、すでに決着がついていた。

 街に残された爪痕が、戦いに間に合わなかった彼女たちの目に映る。


 テッサリア軍が召喚した火蜥蜴サラマンドラ

 それに数十棟の家屋が焼かれたと聞いた。

 召喚師飼い主が死んでも、蜥蜴たちが消えるわけではない。

 むしろ、制御を喪った結果、躾のできていない野犬の如く暴れまわった。

 東門近くの路地に入り込み、火を吐きまくる蜥蜴トカゲを撃退しようと武装した町民十数人が、不甲斐ふがいなく焼き殺されてしまったそうだ。

 王国軍の駐留部隊は、一個分隊十名で火蜥蜴一体を追い詰める体制を整えた。

 日没後一時間以内で三体すべて殺したが、五名が重度の火傷を負ったという。

 こんな激しい戦いに間に合わなかった歯がゆさが募った。


「戦いに遅れて申し訳ありません、閣下」

「いや、お前たちは最大限急いで駆けつけてくれた。礼を言う」


 私兵の大隊長にねぎらいの言葉を掛けたシャルル。

 王国軍駐留小隊長が湊町の苦しい実情を漏らした。


「正直、人が足りません。猫の手も欲しい状況で、増援があるのは大変心強いです。感謝いたします」

「街の復旧に加えて、捕虜の監視だろ? 今は何かと人手がいるよな」

「ええ。しかもこの状況で、我々王国軍には被害が出ている。大やけどを負ったのが何人もおり、しばらく動けません。これだけでもかなりの痛手です」

「わかりました。人員配置を検討し、態勢を整えましょう。一旦部隊に戻ります」


 大隊長が席を立ったところに、港湾ギルドのパラマス支部長がやってきた。


「領主様! サロニカの軍艦に退去してもらえるよう、手はずを整えましたよ」

「おお、マジか!」

「ええ! 積み込んでいる水や食糧には限りがありますから。港湾ギルドを通じて、テッサリアの他の港で軍艦が補給を受けられるようにします」


 港湾ギルドの支部長が書簡を差し出す。

 そこには、軍艦側への申し入れ内容が書かれていた。


 ――――――――――――――――


 港湾ギルドを代表し、貴艦隊の速やかな退去を要望する。

 テッサリア軍が敗北した今、貴艦隊が本港に留まる意味はない。

 退去に応じる場合、本港以外での補給の便宜を図る用意がある。

 本港を退去した後、アギア港、メリヴィア港へと向かわれたし。


 ――――――――――――――――


「このアギア、メリヴィアってのは?」


 居合わせた駐留小隊長が、彼の問いに答えた。


「パラマスから南へ二五マイル四〇キロメートル行った先にある港湾都市です。どちらもパラマスより大きな港で、メリヴィアにはテッサリアの軍港もあります」

「なるほどな」

「港湾ギルドの考えはこうです。先の戦闘で被害を受けた市民に向けて、倉庫の物資を放出したい。そこで、軍艦への補給は他港でお願いしたいと」

「よし、わかった。それで頼む!」


 その後、港湾ギルドの支部長が小舟に乗って、軍艦に向かった。

 うち一隻は要望を受け入れて、抜錨ばつびょう。速やかに南下していった。

 だが、もう一隻は要望を受け入れず、あろうことか袖の下を要求した。

 積み荷の持つ戦略的重要性ゆえに、不当な取引を持ち掛けられたのだ。


賄賂ワイロを寄こせだなんて、こっちの足元を見やがってッ」


 戻ってきた港湾ギルド支部長。

 苦々しい表情を隠さなかったが、相手は海上ならば敵なしの海軍。

 港湾ギルドが大組織とはいえ、彼女たちには手の出しようがない。


「このままでは、王都が買い付けた穀物を運び出せない。どうすれば……」


 呟いた駐留小隊長の横で、領主がある思い付きを口にした。


「あのさ。あの軍艦を沈めたらどうなるんだ」

「「……えッ!?」」


 揃って凍り付く、駐留小隊長と港湾ギルド支部長。


「とんでもない! 軍艦を沈める武器なんてなんもありませんよッ」

「手を出したら、仕返しに港と倉庫街ぶっ壊されちまいますって」

「じゃあさ。軍艦に代わるモノがあって、すぐにケリ付けりゃいいのか?」


 不敵に笑みを浮かべるシャルル。


「エールセルジーを使えば、一隻くらい見せしめに沈められると思うぞ」

「あの軍艦一隻と物資と船員合わせて、領主様がイメルダ・マルキウスに譲った黄金くらいの価値はありますからッ。沈めるのはあまりにもったいない! ねッ、隊長もなんか言ってくださいよッ」


 冷や汗を垂らす港湾ギルド支部長。

 彼女に促され、駐留小隊長が意見を述べる。


「『竜殺し』ですから、沈めるのは造作もないでしょう。後々のことを考えますと、脅迫からの拿捕、徴発。このあたりが穏当ではないでしょうか」


 軍艦を沈めるよりも、物資をもぎ取ったほうがいい。

 シャルルと港湾ギルド長は、小隊長の提案に乗った。






 ◇◆◇◆◇ お礼・お願い ◇◆◇◆◇


 新着、自主企画等から初見の皆様方。

 また、更新通知からお越しの皆様方。

 お読みいただき、ありがとうございました!


 機動甲冑活躍の裏で、起き始めた時代の変化。今後の展開やいかに。

 次回は交渉がメインです。湊町、そして郡都での交渉で得るものとは何か。

 カルディツァ三官僚(財務、軍務、農務)の出番もあるよ!


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