第22話 荒城の残火(1)
テッサリアの主都、ラリサ。
豊富な穀物を産み出す、テッサリア平原最大の都市。
王国最南東の商都、サロニカに並ぶ賑わいを見せる。
その中心に
そこに隣接する太守の居館で、化粧で
娘たちが
「
「……ファビアかい、入りな」
肥えた体形に合わせた、寒色系のロングドレス。
指には白銀の指輪。天然自然の宝石をはめ込んだものだ。
これから祝勝の晩餐会に臨むイメルダに、最敬礼するファビア・ウァルス。
召使たちが揃って部屋を去り、戸を閉め、皺を
「軍務卿クラウディウス伯がカルディツァに入り、現在も滞在しております。最初、資格者でもある娘に会うためと考えましたが、どうもそうではない様子」
「テッサリアに探りを入れる魂胆かい。はぁ、陛下もご執心でいらっしゃる」
先日、
それは資格者への「召喚状」。女王直筆の署名がインクで記された書は、外交文書並みの体裁が整った
このような格式の文書、イメルダが
しかし、その「召喚状」に資格者の名前はもちろん、機動甲冑の名称も記載されていなかった。
当然であろう。
そんな情報、一切漏らさないよう、
結局、イメルダは知らぬ、存ぜぬと最後までしらばっくれた。
『人探しのご依頼でしたらば、テッサリアの太守たるわたくしイメルダも忠節を示すべく、全力を尽くしたい所存。しかしながら、ここには探す人間の人相はおろか、名前すら書かれてございませぬ。これで何を探せとおっしゃる。わたくしめに
勅書を持って現れた、王都の使者を煙に巻いて、体よく追い返してしまった。
王都の使者がすごすごと引き下がった後、正直ホッと胸を撫で下ろしたものだ。
(トリカラを潰すまで、『アレ』を先方に引き渡すもんかい)
だが、あまり悠長に構えてはいられない。
王都に比べると、カルディツァはラリサに近すぎる。
テッサリアの河川水運の根幹、ペネウス河にも近い。トリカラへ通じる大動脈でもある大河は、テッサリア側の作戦行動に欠かせない。
この場所に、軍務府の事務方を束ねる存在が留まっている。実に邪魔くさい、目の上のたん瘤だ。
「カルディツァのアントニウスはどんな様子だい?」
「近頃は王都に戻らず、せわしなく領地を飛び回っております」
「なんてこった。王都に居てくれた方が好都合だったろうに」
「
すでに相当な数の間者が、カロルス・アントニウスの領地に入り込んでいる。
民心を握るために、草の根の活動が欠かせない。流言飛語もその手段の一つ。
「わかった。そっちは引き続きファビアに任せる」
テッサリアの支配者として、威風堂々たる体躯を豪勢なドレスで着飾って、褐色のスキュティア人など、不調法な田舎者と
百戦錬磨の彼女は、悠々と「出陣」していく。社交界という「戦場」へ。
先に来賓を歓待していた娘たち、そしてテッサリア各地から集まった来賓たち。
彼女らの明るい眼差しに、自信に満ち溢れた笑みで応えて、ともに杯を仰いだ。
テッサリア中部、マレシナ郡をトリカラから奪還せり――。
この知らせは、東方のスキュティア人に怯える諸豪族たちに軒並み「朗報」として受け止められていた。
戦勝祝いの晩餐会でイメルダに忠誠を誓う者、次の出兵に我も兵を出したいと志願する者、そんな諸豪族たちに囲まれて、美酒を楽しんでいた――
マレシナ郡の郡都から、早馬が駆けてきたと一報。よい報告を期待し、席を立ったイメルダが耳にした、衝撃的な報告。
「なんだって……キルデール・コッターが死んだァッ!?」
期待を裏切られ、思わず目を見開く。
戦勝の殊勲者、コッターに守らせていた砦が
「いったいどうしたんだい。そうだ、『アレ』は無事なんだろうねッ!?」
「それが、消息が……」
「何グズグズやってるんだ、手を尽くして探しなッ! 先方に見つかる前にッ!」
「かしこまりましたッ! 直ちに伝えますッ!」
額を床に擦り付けるほど、平伏し、肩を震わせた伝令兵の姿。
ハッと我に返った。こう付け加える。
「少し言い過ぎたようだ。アンタが悪いわけじゃない。ご苦労だった!」
「……はっ!」
「気合いを入れて捜索する余り、目立ち過ぎてはいけないよ。いいね?」
「承知いたしました!」
イメルダの前から伝令兵が発ってゆく。
彼女が残した、前線からの報告書。それを読み、唇を噛んだ。
(大した被害じゃないか、コイツは……)
城壁を破壊され、炎上する砦。
夜通し燃えた戦火は、八マイルほど離れた郡都からも観測された。
今もなお、山火事として、周辺の森を焼き続けているという。
翌日、向かった郡都の斥候が見つけた、
両軍の軍旗が踏み荒らされ、
敵味方区別なく、一方的に
(こんな真似ができるのは、ドラゴンか……あるいは)
機動甲冑。それは
竜をも殺す、古代から現代への置き土産。
イメルダも理解する。自分の理解を遙かに越えた何かだと。
(何が起きた。
頭を
王都の機動甲冑が追跡を続けているのではないか。
両者の機動甲冑が再び交戦――そうでもなければ、敵味方入り乱れての虐殺など、あろうはずがない。
身が震えた。だが、もう一人の自分が否定する。
(いや、違う。そうじゃない……秘密裏に『アレ』を辺境に送ったじゃないか。偽装は完璧だったはず)
ラリサから前線に送り出した軍船。
その中に漆黒の機動甲冑を隠してあった。
機動甲冑は分解、組み立てが容易な構造になっている。ゆえに最前線へ送る物資に混ぜて、ラリサから存在を消し去った。
(ここに『アレ』があると
冷静さを取り戻し、イメルダは平然と祝勝会に戻っていった。
***
マレシナ郡の東の砦が「消滅」した。
ペネウス河を見下ろす地点にある要衝で起きた惨劇。
急報は間諜を通じ、カルディツァ都督府の第二軍務卿にも届いた。
「これは……機動甲冑の仕業なのですか、本当に?」
それにしては不可解なことが多すぎた。
娘のオクタウィアが交戦した、機動甲冑『エールザイレン』はテッサリアの手中にある。ずっとそう考えていた。
にもかかわらず、テッサリアの最前線にある要害が、機動甲冑としか考えられない規模の攻撃を受けて、燃え落ちてしまったのだ。
その被害は、あまりに甚大。砦を取り囲んでいた森林に燃え移った山火事は、郡都から応援に向かったテッサリア軍が一進一退、何とか延焼を食い止めているらしい。
砦を守っていたテッサリア軍、砦を攻めていたトリカラ軍、その両軍が壊滅状態となっている事実を見るに、ともに機動甲冑の攻撃に晒された様子。その操縦者の意図がわからない。
敵であるトリカラ軍を殲滅する。それだけならまだしも、味方まで滅ぼしてしまう道理があるだろうか。
「まさか……アルス・マグナ以外の機動甲冑は、一機だけでない?」
伝承によれば、機動甲冑は十二機あった。
アルス・マグナのカリス・ラグランシアから、そのように説明を受けた。
その他の機動甲冑が見つかる、その可能性は十分にあり得る。
「いったい、何がどうなっているのか」
わからない。それが、ため息となって零れ落ちる。
「この頃、根を詰め過ぎなのではないですか。姉上は」
妹のラエティティアが茶を持ってきてくれた。
声を掛けられるまで、それに気づかない。それほど集中していたと我に返る。
「フリッカが見つけた、『トリフォリウム』という植物のお茶です。蜂蜜を垂らすと美味しいというので、試しに作ってみました」
「まぁ! ありがとう。いただくわ」
カルディツァ郡の西部で見つかった新種の植物。
隣接するキエリオン郡で栽培され、その一部は株分けされ、痩せ切った休耕地にも植えられている。不思議なことに、荒れた土地にも根付きがよいらしい。
試しに軍馬に食わせてみたところ、好んで食したという。不足しがちな
「いろんなものがあるのね。アントニウス卿の領地には」
農業、水産業、畜産業の奨励。
それらの産物を、生産地から領内に広く行き渡らせる、物流の整備。
軍馬に荷馬車を引かせ、海沿いからは漁獲物や養殖した貝など、内陸からは農作物や固形物に加工した乳製品などを運んでいる。
それだけではない。食べられる部分を取って、要らなくなった貝殻や骨を焼いて、砕き、灰にしてから、内陸の農地に運ぶ。それを土に撒くのだという。
直轄領のどこを探しても、他にそんなことをやっている場所はない。
この輸送に従事するのは、彼が創設して間もない
軍事の専門家であるユスティティアには、貴重な軍馬をそのような目的に用いる、その理由が理解できない。ただ、彼が何か特別な意図を持っている。そう理解できるところがあった。
「最近、カロルスは新しい研究を始めたようです。獲れた魚を干物にせず、内陸まで持ってくる方法だとか」
「
「あれが使えるのは道がしっかりしたカルディツァか、せいぜい頑張ってキエリオンまでじゃないでしょうか。もっと小さくしないと、
石畳のバルティカ街道が整備されたカルディツァ郡。それに比べ、隣のキエリオン郡は未舗装の悪路が大部分を占める。
先日、アグネアが訪ねた辺境、ラリサ郡とキエリオン郡の境界付近は、農道をただ広くしただけに過ぎず、物流の効率が悪いままだ。
水運という代替策はあるが、河沿いに限られることに加え、途中でラリサ郡を抜けなくてはならない。
仮に、ラリサのイメルダと再び緊張状態に陥った場合、キエリオン郡の南半分には物資が届きにくくなる。これがアグネアの予想だった。
そして、その予想は思わぬ形で現実となる。
◇◆◇◆◇ お礼・お知らせ ◇◆◇◆◇
「ルナサガ」を読んでいただき、ありがとうございます!
コミケの作業ができない間に書いていたエピソードで、更新です。
あと、作品のサブタイトルとあらすじをちょっといじりました。
続きにご期待の方は、
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仕事も忙しい中、一次創作と二次創作の二足わらじがもう少し続きます。
どうぞよろしくお願いいたします!
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