《コラム》魔導書について

・魔導書


魔導書とは、そのままずばり魔術の手引書である。

現在のルナティアで魔導書と称される物には大きく三つに大別される。

一つは古代帝国よりさらに過去の時代に記述された書物である。

神話、伝承、説話などをまとめた物から、かつて信仰されていた宗教の聖典などもこれに含まれる。

現在の魔術体系とは異なる解釈や魔術が記されている物も少なくはないが、その様式は我々の扱う魔術の礎としてなくてはならない物である。

しかし、多くは古代帝国よりもさらに過去の言語で記述されているため、現在ではその正確な内容を把握出来る人類は存在していない。

我々が知り得るのは古代帝国時代に僅かに翻訳された一部をかろうじて読むレベルにとどまっている。


一つは古代帝国期に記述された書物である。

現在のルナティアで扱われる魔術の大本であり、我々の扱う魔術の大半はこの時代にまとめられた書を手本としている。

建国まもない古代ルナティアでは魔術の教科書として扱われた。

現在我々が手にする殆どの魔導書は写本であり、その原書の大半が霊廟ミミルにて厳重に保管されている。


最後の一つはルナティア建国以後に記された学術書である。

既存の魔術体系や魔導書を下敷きとし、簡易性、汎用性、利便性を追求した物から、より先鋭的、より革新的な魔術を体系化した書が大半と言えるだろう。


火を熾す、明かりを灯す、果物を切る。水を浄化する、鉄を曲げる、石を砕く。

改めて考えれば、我々は当たり前のように普段から行っているありとあらゆる人間の日常の活動のほぼ全てが魔術によって成立している。

これら常識として行われる数々が、千年以上前の知識と叡智により支えられている事実を改めて認識する必要がある、と言うのが魔術を専門的に学ぶ道を選んだ者の使命でもある。

改めて問う。魔導書とはなんなのか。

日常の些細な物事から、時に天変地異すら人の身で引き起こす技術を我々は魔術として行使している。

それら全ての行いは天然自然と身に付ける物ではなく、すでにある文字としての情報から得た物で成り立っているのである。



・Rの書(古代帝国語版、現代ルナティア語版・偽書)


『鱗の無き火蜥蜴の皮を本書に縫い止めた。それゆえより我が魔術は完成に至った』

冒頭に記述される通り、何らかの動物の皮で装丁された魔導書である。

『R』は古代においてトカゲを意味していたとされる。

内容としては召喚魔術の手引書の体裁をとっており、特にトカゲや鳥などの項目が充実している。

ただし、イメルダ戦役期の前後にルナティア国内に出回った物は現代のルナティア語で翻訳された物で、本来あった項目の多くが改竄、削除されている。

装丁なども原型となった物と大きく異なっている。

しかしそうした偽書であってもドラゴンの召喚を可能としたこともあり、非正規な手段で入手した者も少なくはない。その殆どは戦後焚書処分されたとされる。また、原本となった古代帝国語版は同戦役時に焼失したとされる。


原型となった書物は、これもまた写本であり、一節には人類史以前の文明の文字で記述された物が巡り巡って現在の形で編纂されたのではとされる。

その原本は『山海経』なる地理書であり、劣化複製が重ねられてもなお充分な効力を持つことから、その原典が極めて危険な魔導書であったことは想像に難しくはない。



・イル・モンド・ヌオーヴォ(古代ルナティア語版)


原書は先史文明以前、少なくとも四千年前に記述されたとされる。

古代宗教が崩壊した後の歴史書でもあるが、その真偽に関しては異論も上がる。一説によれば『嵐』と言う名の戯曲ではないかと言う説も存在する。

幾度もの翻訳や版を重ねたことにより本来の形を失っていることもこうした説を裏付ける理由である。

ルナティアに現存するの物は古代帝国末期に出版された物を元にして、ルナティア建国初期に翻訳された物であったが、長年その所在は不明であり、十数年前に行われた王都近郊の発掘調査の折に発見された物である。


世界大戦とも呼ばれるほどの大戦争以後、それ以前の歴史や宗教が消去され、世界が新たな形に統治されて安定期に入った時代の階級制度や技術に関する内容が多く記述されている。

疫病、疾患、争いや諍いなどを乗り越えた理想郷、新たな世界を称えている。

しかし、極めてそれらに関しては言えばあまりにも出来すぎた物であり、裏付ける他の文献や資料なども発見されていない。


そうした背景もあり、内容の正確性に疑問符がつく所ではあるが、魔導書として見た場合は極めて重要な一冊である。

例えば、現在のルナティアの婚姻に関わる儀式なども、この魔導書に記された内容が元となっていることが研究により判明した他、古代帝国最盛期に最も研究された召喚魔術とその源流にあたる天文魔術の秘奥の数々が記されており、この書の再発見により現在のルナティアの召喚術を更新する必要に迫られたほどである。



・ラ・ステラ・ディ・ジガンティ(中世ルナティア語版、現代ルナティア語版)


古代帝国時代に掘られたとされる石版片を再編しまとめた説話集であり、同時に巨人たちの生態や対抗策などが記された魔導書。

現在のバルティカ大陸では根絶した巨人への対抗手段であるため、極めて攻撃的な術式が数多く記されている。

そのため禁書指定されており、原本はルナティア王国女王直轄管理下にある。

内容の一部削除及び編集がなされた写本は、一定の資格を持つ魔術師であれば閲覧が可能である。

説話の一部は寝物語として子どもたちへの読み聞かせで広く知られ、特に現在では機動甲冑に関連した物語だと推測できる内容も含まれており、極めて重要な学術書として再認識されている。






 ◇◆◇◆◇ お礼・お知らせ ◇◆◇◆◇


 「ルナサガ」を読んでいただき、ありがとうございます!

 コミックマーケットに向けての新刊が脱稿しました。

 これをもちまして、縮退運転を終了し、通常の執筆体制に復帰します。

 次の更新は第23話です。どうぞよろしくお願いいたします!

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