第四幕:残火燃ゆ
第21話 再会する母娘
郡都カルディツァを訪れた精鋭数十。
女王の勅命を受けた第二軍務卿一行。
街の城門の前で迎える一人の
「お待ち申し上げておりました、軍務卿閣下」
「アントニウス卿。壮健そうで何よりです」
馬を下りた軍務卿。
一歩後ろで控えた少女に注がれる視線。
互いに交わす眼差しと言葉が柔らかい。
「元気そうで良かったわ、オクタウィア」
「お母様……ッ!」
紅顔に涙が伝う娘を抱きかかえる母親。
鍛え抜かれた凛々しき精鋭たちの微笑。
その光景はさながら一幅の絵巻物の様。
精鋭たちは
娘オクタウィアに重要な儀式を執り行いたい――。
軍務卿の意向を受け取った数日前から、この日のために準備を整えてあった。
***
郡伯カロルスが住まう屋敷の応接室。
椅子に腰かけて向かい合う
その傍らに立つのは家政婦長ヘレナ。
少し離れてカロルスことシャルル、アグネアことラエティティア、軍務卿の秘書官が見守る。
母娘を隔てる小さな机。
机に置かれた娘の両手に傷はない。
傍目に見えない鎖がいまだ彼女を縛っていた。
「始めましょう。ヘレナ殿」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
クラウディウス伯爵家に代々伝わる魔術書。
母親が手にしたそれは、相克する風と土の属性、この同時使用を制限する術式。
氏族が代々受け継いできた禁呪を、幼少だった娘に使えなくした制約そのもの。
(ソイツをこれから解くってことか)
シャルルが見守る中、母親の詠唱が始まる。
「我が祖に風と土。相対す二門の扉よ、開かれん――」
苦痛に歪む、娘の紅顔。
幾何学模様が幾重も重なり合って身を刻む。
「汝は螺旋。汝は消滅。汝は昇華。
「……く、あっ……」
「セット――ゲット・レディ――セデーション」
ヘレナが呪文を唱えた刹那。
たちどころに苦悶の表情が和らいでいった。
全身を弛緩させた少女が、背もたれに沈む。
「あン時と同じ魔術……もしかして、エレーヌは痛みを和らげてるのか?」
頷く。そして、こう答えるアグネア。
「魔術回路は神経系につながっている。あの戦いで風の禁呪を使うため、無理に
「どういうことだ、それ?」
「手首を縛る針金を力ずくで引き裂いてみろ。どうなる?」
絶句。続きを口にする彼女。
「無理やり切った針金が腕に食い込む。破片が骨に刺さるかもな。当然痛い。だが、機動甲冑には自動的に回復する、そんな術式があるそうだ」
「つまり、それって」
「異物が残ったまま、自動回復がかかる。癒着してしまう。例えるならそんな感じだ。異物が埋まったままじゃ、何かと不自由だろう?」
「そりゃ、痛いはずだぜ」
「だから意識を神経系から切り離す。そして、できた
カリスに
脳を
青ざめた彼を一瞥し、渋い顔が再び語りだした。
「普通なら術者の姉上と合わせて、痛み止めと破片の除去がいる。合計三人がかりの術式だ」
「要するに、エレーヌが二人分の仕事をやってるわけか」
「そうだ。魔術に精通した侍女殿がいて、正直助かっているよ」
「なるほどな!」
まどろんでいるオクタウィア、続けて術式を施す二人。
三人から距離を取って見守る中、儀式は滞りなく進んでいく。
「汝、
魔術の術式は露もわからないが――。
それが大詰めを迎えているとわかり、思わず息を呑む。
「
魔術書を閉じて詠唱を終えた母親がため息を漏らす。
ヘレナがオクタウィアの肩を揺らして覚醒を促した。
「終わりましたよ、オクタウィア。何かおかしいところはありませんか?」
「……いいえ、何も問題はありません。ありがとうございます、お母様」
「私の時はちょっと耳飾りの穴を空ける、その程度の痛みくらいの軽さだったのに。無理に解除なんてしたから、余計に苦しむ結果になったのですよ」
「……ご心配おかけいたしました。申し訳ありません」
「わかればよいのです。賢い子なのだから、あなたは」
少し叱った顔を和らげ、微笑を浮かべる母親。
その様を見て、すべてが終わったのだと彼は悟った。
「クロエ、リンゴ酒をここへ」
「承知いたしました」
部屋の入り口で控えた侍女。
配膳代車にはリンゴ酒と杯が人数分。
杯に注ぐとまたクロエは下がっていく。
甘い酒を口にする一同。
二人分の仕事を果たした家政婦長も、思わず張り詰めた肩を下ろす。
「エレーヌ、ご苦労様」
「ありがとうございます。シャルル様」
彼女をねぎらう彼の反対側、母娘が言葉を交わしていた。
「風の禁呪を無理やり使った、そう聞いた時は信じられなかったの。いったいどんな思いをしたのかと……とても痛かったでしょうに」
「はい……でも、竜と戦った師範の痛みに比べれば、どうということは」
「強くなりましたね、オクタウィア。どう思いますか、ラエティティア」
「実戦を経験したのはよかったかと。とはいえ、組織的行動を軽んじた点をペレッツ卿から咎められています。軍との連携が課題です」
その後、母は娘に尋ねた。
敵の機動甲冑はどんな外見か。
魔術属性、攻撃手段、武器は――。
秘書官の速記の傍ら、事細かな問いが続く。
そして、死闘を繰り広げて、何を感じたか――。
娘の口から語られた戦闘。象とのそれとは比べ物にならない、熾烈を極める。
機動甲冑の恐ろしさは想像以上かもしれない。
軍務卿の険しい横顔。常識を逸脱する理解を、一層改めている様にも見えた。
「敵の搭乗者が何者か、それはわからなかったのですね」
「はい、私を『王都の者』と呼んだだけで、身分や立場を名乗ることはありませんでした。でも、機動甲冑の名前はサイフィリオンが知っていました」
「それは?」
「たしか、帝国所属機動甲冑『エールザイレン』と呼んでいました」
「帝国所属……機動甲冑、エールザイレン……どうもありがとう」
対象の名前。
それは魔術的に重要な意味を持つ要素。
今なら察する。
意図はわからないが、きっと何か深い意味がある――と。
「ご令嬢に会われる、それだけではないのですよね。閣下がお越しになった理由は」
「……?」
「テッサリアの情勢がどうもキナ臭い。そう、アグネアから耳にしたので」
「――察しがよいのですね、アントニウス卿は」
傍らに控えた秘書官を呼ぶ軍務卿。
秘書官が鞄から取り出した紙の束。
それは紐で綴じられた書類だった。
「拝見いたします」
一礼し、差し出された書類を開く。
紙ごとに異なる書体。それらがずらりと並ぶ。
紙をめくり、中身に目を通す彼に、軍務卿はこう語った。
「テッサリア東部で大規模な叛乱が起きている――間諜からの報告です」
「イメルダの領地で?」
「いいえ、トリカラ領です。疫病が広がり、一揆が起こりました。そこにイメルダの旗本が介入しています。まるで狙いすましたかのように」
膨大な書類を読み切る忍耐力。
それを手放し、書類を返す彼。軍務卿はこう語る。
「これを読み切るのが私たちです。王都ではこれが届くまで時間がかかりますので、しばらくの間、都督府に留まります」
「つまり、情報分析が主目的だと?」
「ええ、これは陛下の勅命ですから」
テッサリア北部に位置する街、カルディツァ。
この郡都が領内だけでなく、王国の重要な拠点になりつつある。
彼はそれを、ひしひしと感じていた。
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「ルナサガ」を読んでいただき、ありがとうございます!
過去最高に読んでいただき、フォローも増えている手応えを感じています。
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今年末のコミックマーケットに申し込みをしたところ、当選と相成りました。
仕事も年末進行で忙しい中、一次創作と二次創作の二足わらじとなります。
縮退運転として一カ月ほど本編の執筆を休載し、短いコラムを続ける予定です。
どうぞよろしくお願いいたします!
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