第3話 伝承のみなしご(3)

「おほんっ……前置きはここまで、今回の話の本題に入ろうと思います」


 咳払いをして場を取り繕ったカリス。居住まいを正したシャルルとオクタウィアは改めて長椅子に腰かけた。


「エールセルジーの座席が別のもの、つまり他の機動甲冑の座席にすり替わっている――その座席が収められていた本来の機体はリガ・レイアーと呼ばれる機体。そしてその機体の属性は『光』」

「座席に刻まれていた名前はルキウス・アルトリウス・バルティキウス。光の皇子を意味する名『ルキウス』を冠したバルティカの盟主にして最後の皇帝、ですね」

「それと……アルテュール・ド・ブルゴーニュか。これは俺の親父おやじと同じ名前だ」

「お、や……? なんですって?」


 カリスにしては珍しい困惑の表情を見せる。聞き慣れない言葉を耳にした、そんな反応だった。


「『おやじ』と言った。男親を意味するくだけた表現だ……そういえば前にもうちの使用人から古い言葉だと言われたな」

「はい。古い書物などで目にした覚えのある言葉です」

「そうらしいな。俺にはどうにもその感覚がわからんのだが」


 首をかしげるシャルルを尻目にオクタウィアが話を進める。


「それはともかく、この二つの名前が同一の存在を示していることに関してお二人とも異論はないでしょう。アルトリウス皇帝もおそらく千年前のその人と同一であると疑う必要もないかと思われます」

「問題はもう一つの方です。本当に騎士殿の親の名である……と?」

「ええ、私もそこが気になりました。師範とは家名が違うようですが……」

「俺は妾腹めかけばらの子だからな。もともと家督を継ぐ立場でもなかった」

「……」

「……なるほど」


 王侯貴族ともなれば、こうした複雑な事情の一つ二つはある。二人の少女も知識としてはおそらくあっただろうが、現実の話として語られるのはおそらく初めてだったのであろう。押し黙ってしまった。


「まぁそれはいいとして、アルトリウスは千年前の人間なんだろ? だとしたらおかしいじゃないか。俺がそんな千年も生きたジジイ……いや、年寄りに見えるか?」

「それが……生存している男性を見るのは師範が初めてなので、その……」

「私もです。ですので、男という存在は何百年、何千年も生きるものだと言われたらなるほどと信じてしまうかもしれません」

「ないない、それはねぇよ。五十か、長生きしたって六十くらいなもんだ」

「では、そこは女性と大差は無いですね」

「……当ったり前だ。ともかく、どうひっくり返っても千年も昔の人間と俺とが直接関わりあるとは考えられねぇってこった」

「でも、師範は博物館にあった選定の剣をただ一人抜いたからこそ『資格者』となられたんですよね? それは確たる事実じゃないですか」

「そんなこともあったな。例えば男だったら抜ける――そういう魔術的な細工がされていたなら、この国の女たちには抜けなかっただろうし、男であれば俺以外にも剣を抜けたかもしれねぇだろ。まぁ知らんけどな」


 魔術のことは無知同然のシャルルが思いついた至極大雑把な推理だが、それ以上に思索を深めるほどの興味があるわけではなかった。


「選定の剣にしたっておとぎ話みてぇなモンなんだろ。結局そんなモンが千年なんて大昔の人間と結びつくかなんてわかんねぇじゃねぇか」

「……千年……時間……選定の剣……皇位継承権……資格者……」

「カリス?」

「……ちょっと待っていただいてもよろしいですか」


 そう言って席を立った彼女は自らの書棚に一直線で向かい、迷わず一冊の本に手をかける。ペラペラと紙をめくり、視線を走らせ、確信を持って一つのページで指が止まった。


「カリスさん、その本は……」

「『イル・モンド・ヌオーヴォ』――アルス・マグナにて私が管理を任された歴史書にして魔導書です」


 手にした本と一緒にカリスが戻ってきて再び椅子に腰かけた。


「これからお話しするのは一つの仮説です。オクタウィア様にお尋ねしますが天文てんもん魔術まじゅつはご存知ですね?」

「えーと……かなり古い魔術体系で、百年ほど前に再発見されて整備されたものだとは存じています」

「その通りです。起源は古代帝国よりもさらに前の時代ではないかと考える研究者もいらっしゃるほど古典的な、しかし極めて重要な魔術です」

「おいおいおい、古代帝国より前っていったい何年前になるんだ」

「少なく見積もっても二千年以上前になります。『羊飼いの王』と呼ばれたダビデにより見出された物、と考えられています」

(羊飼いの王? ダビデ……ちょっと待てよ、この名前どこかで……)


 首をかしげるシャルルを置き去りにカリスが話を進める。


「結論から言えば、天文魔術の大奥義の一つには『時間旅行』というものがあったのではないかと言われております」

「時間、旅行って……なんだそりゃ」

「言葉通りの意味です。騎士殿はこの魔術を何者かに施され、千年の時を越えたのではないかと」

「仮にそれで時間を越えたとしよう。俺はそもそもこの国に来るまで、それこそ大昔から使われている『バルティカ』の名前すら知らなかったんだぜ。地図を見せられもしたが、どうにもピンと来ちゃいねぇ」


 確信をもって言い切ったシャルルの横顔を凝視したままオクタウィアが青ざめる。


「師範、それって……」

「……おそらくなんだが、そもそも俺はこの国……いや、このバルティカ大陸にすらまったく縁がなかったんじゃないかと」

「――まさしく、私が次に告げようと思っていたことです」

「そんなこと……!?」

「まずはカリスの見解から聞きてぇが、構わねぇよな」

「そうですね。『時間旅行』の話には続きがあります。時間を越える魔術は研究が続けられ、その技術の一端から派生した一つがダビデの子である『魔法王』ソロモンにより『召喚しょうかん魔術まじゅつ』として体系化されたのです」

(ダビデの子、ソロモンだと……おいおい、コイツはいよいよもってわけわかんなくなってきたぜ)

「召喚魔術と言えば、カリスさんの専門ですね」

「専門といえるほど自在に操れるわけではないのですが、人並み程度には扱えます」

「あれを人並みっていうのか? あのアグネアが舌を巻いていたくらいだぞ」

「叔母様がですか!? やはり凄い方じゃないですか!」


 思わぬ所からの賛辞で、カリスは僅かに赤面する。


「わ、私のことは今は良いではないですかっ! そ、それで、ですね……」


 柄にもなく慌てふためく様を見てオクタウィアがくすくすと笑い、追い打ちをかけられたカリスの顔はさらに紅潮していった。


「んっ! よいですかっ、本題にもどりますよっ……ごっほん、召喚魔術は古代帝国時代には特に盛んに研究がなされています。動物、無機物問わず召喚の対象が可能な対象となりました。しかし、研究が進むにしたがってその魔術には限界があることも徐々に理解されていったのです」

「それが複合属性、そして『真の名』ですね」


 カリスとオクタウィアが口にする『複合属性』、『真の名』――先に耳にした単語だが、その意味が彼には今ひとつわかっていなかった。


「さっき話に出てきたと思うが、そいつがどんなに重要なのか、やっぱり俺は完全に理解出来てない。少し詳しく説明してもらっても構わねぇか?」

「では、『真の名』ですが……अग्नि」


 シャルルには聞き取れない何事かをカリスが呟き、ぱちんと指を鳴らす。その指先に小さな火が灯っていた。オクタウィアにはが何か理解できたらしい。


「『真の名』で『炎』を意味する言葉ですね」

「存在を意味する言葉とは聞いたが、たった一言で呼び出せるのか」


 指先に息を吹きかけて火を消し、カリスは続ける。


「無機物なら一言呼びかけるだけですが、生き物となるとさらに術式の強度と難易度は上がります。それでも対象の『真の名』を知っているというだけで強権的に呼び出し、操ることは可能です」

「まさかとは思うが、人間も操れるとか言わないよな?」

「おそらくですが……」


 どこか自信がなさそうなオクタウィアを肯定せんと、大きくカリスは頷いた。


「可能です。理論上は、ですが」

「なんだか引っかかる物言いだな……」

「労力に見合わない、ということですか?」


 オクタウィアの問いにカリスが再び首肯する。


「先の氷嵐竜を召喚した者たちが、三人がかりで召喚したものの魔力が枯渇し、死に至った話は以前にもしましたが、人間の持つ『真の名』はドラゴンよりも遥かに複雑なのです。さらにもう一つの理由として複合属性を持っていること」

「そんなに難しいのか?」

「魔術属性の基盤となる属性は『六門』であると言いましたが、古来には東西南北、そして天と地にそれぞれ巨大な門があり、そこから魔力の源が流れ出てこの世界を形作ったと考えられていました。現在ではこの考えは否定されていますが、魔術の理論としては今もそれらが前提で組み立てられているのです」

「私たちが魔術を行使する時、この六門に呼びかけることでその術を使っていることは共通しています。けれど、複合属性の場合は同時に二門に呼びかける必要があるのです」

「そんだけ複雑ってわけだ」

「単純明快ながらその通りです。その上で相手の秘匿された『真の名』を知る必要があるだけではなく、相手の意思や魂による抵抗も絶大な物なのです」

「今聞いた話を整理するぞ。要するに扉に二つ鍵がかかってるし、これを同時にこじ開けなきゃなんねぇ。さらに扉を開ける合言葉が別途要る。ここまで達成しても開くとは限らねぇ。内側から抵抗されるから扉を開け放つにはものすごい膂力りょりょくが必要だし、相手によっちゃ自分が力負けして命を取られるかもしれねぇ。こういうことか」

「かなり卑近な喩えですが、概ね合っています」

「わかったよ、とても割に合わねぇってことが」

「ですが、それが一国の君主や無双の戦士であれば?」

「おい、まさか……その『真の名』ってのが相手に知られてないだけでも、カリスが俺にやったみたいなひどい目に遭うんだぞ」

「そのまさかです。王族の方々は常に政敵や夷狄いてき、外国からの害意に晒されているということです」

「……笑えねぇな」

「故に女王陛下はもちろんですが、王太子殿下、第二王女殿下は魔術師として日々、研鑽を積んでおられます」


 高山のいただきに美木なし。

 女王とその二人の王女がいかに過酷な地位に立っているか――。

 それがようやくシャルルには理解できた。


「なるほどな、よくわかった……脱線に随分時間がかかっているが、大丈夫か?」

「むしろ、騎士殿にとっては必要な知識でしょうからね。そろそろ本筋に戻ります」

「ありがとな」

「このように非常に強力であり、万能の術と思われていた召喚魔術には限界が見えてきた、という所まで話しましたが、この限界と考えられていた壁を乗り越えることを諦めなかった人々がいたのです」

「バカだろ、ソイツら……」

「はい、私もそう思います。ですがその大馬鹿者のおかげで機動甲冑が誕生したのも事実です」

「そういえばさっき、機動甲冑も人間と同じで複合属性だって言ってたな」

「その通りです。魔術的に強固な存在である機動甲冑を成立させるため、人間の召喚を研究して生まれた技術が使われているのです」

「あのさ……多分、それだけじゃないんだろ?」

「はい。古代帝国は遂に天文魔術と召喚魔術の融合、窮極きゅうきょくの術式として一つの魔術――より正確に言えば『限定魔法』と呼ばれる神の魔術の領域に達したと、この魔導書には記されています」


 さらに魔導書をめくる手が止まった。

 魔術の深奥。その領域を開示されるのであろうか。

 彼だけでなく、傍らのオクタウィアも息を呑む中、少女が口を開く。


窮極きゅうきょく召喚しょうかん魔術まじゅつ『マグメル』――異界の扉を開く術法」

「異界の……扉って!?」

(ちょっと待てよ……そいつは、まさか……)


 言葉を失い、思索を巡らすシャルルが何か思い至ったと同時。


「かの超帝国はこの術式にて異界の地より類稀たぐいまれなる戦士を招来しょうらいしたのです」


 手で口を覆ったオクタウィア。

 震える声が裏返る。それをぐっと懸命に抑えていた。


「そんな……そんな非常識なこと、できるはずがッ」

「果たしてそうでしょうか?」


 くるりと顔を傾けた少女の青い目が今度は栗色の髪の男性を捉える。


「――騎士殿は薄々ご理解していらっしゃるのでは?」

「何をバカなことを……さっきまで、魔術の基礎の基礎まで分からねぇつってた俺にそんなモンがわかるとでも――」

「では、はっきりと申し上げましょう。騎士殿は、この世界の方ではありませんね」

「――――!?」


 絶句した彼に代わって色違いの瞳オッドアイを見開いたオクタウィアが問うた。


「カリスさん、どうしてそんな千年前の古代帝国時代の魔術と師範に関わりが」

「これまでおぼろげであった一つ一つの問題や疑問、謎。それら全てが『異界からやってきた』と言うことだけで説明がつくのですよ」

「でも……だとしても、千年なんて莫大な時間は……」

「本当にそうでしょうか。そもそもが『異界よりの来訪』という常識はずれも甚だしいモノを是とするのならば、時の刻みや横たわる莫大な時間など無いも同然と考えるべきです」

「そんな……ウソだと言って下さい、師範ッ!」

「――確証は俺にもなかった。だがまぁ、しかし……言われてみれば、確かにそれですべて説明がつく」


 女だけの国、魔術、通じない言葉、知らない歴史。

 機動甲冑、知っている言葉、古代帝国、そして父の名。

 それぞれ別に存在し、シャルルの中で混沌として渦巻いていた何もかもが無窮むきゅうの天空に煌めいた星々のように線を結んでいく。

 薄々とそうなのではないか――そう思っていた疑念は果たして確信に変わった。

 ソフィア王女とヘレナだけが知るはずだった秘密の鍵はついにこじ開けられた。


「この国の『資格者』になってカロルス・アントニウスという名を賜ったが、俺の国の言葉、フランス語フランセでは『シャルル・アントワーヌ』という。アントワーヌってのはおふくろの名に由来するんだが、本当はまだ続きがある」


 自分が何者であるか。

 それを知られれば、存在を消されてしまうかもしれない。

 そのおそれからずっと秘していた、彼の出生を示す真実を今明かす。


「本当の名前は『シャルル・アントワーヌ・ド・ブルゴーニュ』。ブルゴーニュ公とアントワネットの息子シャルルって意味だ。さっきも言ったが父の名前が『アルテュール・ド・ブルゴーニュ』。これはブルゴーニュ公アルテュールという意味になる」

「家名が、同じ……あの、庶子だとおっしゃっていたのは?」

「それは本当だ。家督かとくを継ぐ立場ではないことも事実だ。現に家督を継いだ腹違いの兄に邪険にされた。戦争から生き延びて故郷に帰ったら……刺客が待ってたんだ」


 彼の口から明かされた秘密に、二人の少女はしばし言葉を失った。

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