第19話 鋼の巨人

「――で、ありますから、機動甲冑というのは世界を司る数字である十二機をもって全てといわれ――ちゃんと聞いているのですかッ、騎士殿!」

「……すまねぇ。あの博物館のケンタウロスが動いたらどんな楽しいことが起こるか空想してワクワクしてたところさ」

「人が説明しているのに気もそぞろとは……まったく失礼なお方ですね」

「アンタも謁見の間で初対面で大声を出したり、人のことは言えないと思うのだが」

「……うぐっ!」


 顔をゆがませて黙ってしまった。身嗜みに気を回していないのであろう、伸び放題の髪を整え、服をそれなりの物に着替えればまたどこに出しても恥ずかしくない少女なのであろうが、短気と早口と甲高い声のせいでぜんぶ台無しになっている。

 とはいえそんな者でもこのアルス・マグナで登用されているのはそれなりの理由があるのだろうと察した。


「さあ、着きましたよ。ここが機動甲冑を収める格納庫です」

「博物館の神殿と雰囲気が似ているな」

「いいところに気づきましたねッ。博物館の建物もアルス・マグナの建物も全部古代帝国時代の遺跡をほぼそのまま使用しているんです」


 さっきまでの不機嫌がどこへ行ったのやら、カリスは嬉々として語っている。年齢相応のあどけなさというべきか、表情が良く変わる娘である。


「ここにも博物館のようなケンタウロスが置いてあンのか」

「いえ、ここに保管されているのは『ボーパレイダー』と呼ばれる人型の機動甲冑ですよ。さあ、皆様も中へどうぞ」


 カリスにいざなわれてシャルル、ソフィア、そしてベアトリクスが円柱の廊下から建物に入る。円柱の隙間から西に傾いた日の光が差し込んで、長い影を投射していることに気づいた。


「これこそが機動甲冑『ボーパレイダー』――夜空の月を象った白亜の機体、我らが月の王国レグナ・ルーナを形にした象徴ともいえますッ。どうですか、美しいでしょう、素晴らしいでしょうッ!」

(これがボーパレイダー……像でも、馬でもない……まるで鋼の巨人だ)


 彼が見上げた白い巨像は博物館のケンタウロスとほぼ同じか、少し高いほどだ。


 ドクンッ――!


 心臓が跳ねたその瞬間、彼の意識はいつか見た激流のような白昼夢の中へと放り込まれたのであった。











 どこかの地平で繰り広げられた激しい戦いの跡を思わせる光景を彼は見た――。


 赤々とした荒涼の大地が広がる。地平の彼方まで続く、赤い大地。

 無数の巨大な亡骸の流した血が、この大地を染めているのだと分かった。

 その中原にて、全身を紅に濡らした鋼の巨人が、剣を手に膝を地に着けていた。

 よく見れば、それはあの少女が「美しいでしょう」と讃えた白亜の優雅な機体とよく似た姿をしていたが――

 割れた鉄面皮から一筋の血を流していた。

 巨人の涙か、あるいは敵の血潮か――

 これはいつ、どこで繰り広げられた戦いなのだろう。それを知るすべは彼にない。


 それからどれほどの歳月が流れたのか。

 主人を失った鋼の巨人はどれほどの間、主人を待ち続けたのか。

 戦争を知らぬ世界で今もなお、戦場を求めて主人を待ち続けているのか。


 沈黙している鋼の巨人の中には血の巡りに似た何かが通っていた。

 どこで知りえたか見当もつかないが、彼はなぜかそれを知っていた。


 この機体は今はまだ眠っているに過ぎないのだ。

 新しい主人が目の前に現れる、その日まで――。











 ――騎士殿、聞いているのですか!?


 意識をつかまれてはっとした彼を、背丈の低い少女が見上げていた。少女の目元が引きつっている。


「……わりぃ……ちょっと意識が遠くなってた」

「人が説明している間に立ったまま居眠りなんて……常識はずれと言うべきか、むしろ器用と言うべきか」

「この機体はどんな時代を経てきたんだろう……なんてことを考えていたらいつの間にか白昼夢を見ていた」

「白昼夢と言いましたか。どんな内容だったかお聞きしても?」


 カリスに代わってベアトリクスが訊ねる。


「遠い昔コイツが巨人の死体の山を積み上げていた……そんな光景だったかもしれません」


 彼が澱みなく凄惨な内容を語ったので、それを耳にしたカリスとソフィアはぎょっとした表情であきれ返っていた。ベアトリクスだけが深刻に受け止めている。


「昔はコイツを動かす主がいたようですが、主を失って以来ずっとここで誰かを待っているように感じます」

「先日、妹と図書館に行かれたと聞き及びましたが……この機体について何か文献をお読みになりましたか」

「いいえ。アルトリウスに関する記述に覚えがあっても、この機体に関しては名前も特徴も全く記憶になくて……でしたね、ソフィア様」

「ええ、シャルルに読ませた本の中にはなかったと思います」


 二人が事実をそのまま伝えると、ベアトリクスは首を傾げつつ低くうなった。


「機動甲冑は千年前の亜人戦争で巨人や亜人たちと戦ったとされています。特にこの機体は王都の正面にて敵を討ち果たし、そのまま放棄されていたのです。並み居る敵を薙ぎ倒してその骸で山を築くほどであったという言い伝えもあります」

(初めて聞いた話だが、なんで俺はそれに近い景色を夢で見たんだ。気のせいか……いや、それにしては目に浮かんだ景色が鮮明すぎねぇか)


 不可思議な経験ではあったものの、シャルルがこの場でそれ以上思索を深めることはなかった。


「騎士殿、もっと近くで見てみたくはありませんか」

「ん、近くって」

「あの欄干らんかんがある場所に上がればもっと近くで見られますよっ」


 カリスが指さしたのは格納庫の床よりも上の階層にあった通路のような何か。

 この建造物は床と天井の間に何層かの床があり、機動甲冑を格納する場所はそれが吹き抜けになっているようであった。


「シャルル、見に行きましょう」

「はい、ソフィア様」

「それでは王女殿下、騎士殿。こちらの階段へどうぞっ」


 カリスが先頭、ソフィアがその次、一番後ろにシャルルが続いて壁伝いの階段を上っていった。先導する少女の青白い髪のてっぺんに逆立った毛が一本ぴこぴこと踊っている。どうしてこんな少女が『アルス・マグナ』という王国の権威ある最高学府とやらに在籍しているのだろうと彼は改めて不思議に思っていた。


「何か天井からぶら下がっていますわね。何かしら」

「あれはボーパレイダーの腕部です」


 階段を歩きながらソフィアが指さしたものを見て、カリスが答えた。


「腕部……像から腕が取り外せるのですか、何のために」

「整備のため各部を取り外すことは常識です。両腕、両脚だけではありません。装甲や各部部材の殆どが分解可能な構造をもっているのです」

「これが本当に動くのですね……信じられませんわ」

「はい、私も信じられませんでした。ついさっきまでは」


 次々ソフィアからぶつけられた質問に物怖じすることなくカリスは答えていた。


「王太子殿下のお計らいでアルス・マグナに招かれ、ずっと機動甲冑の研究をさせていただきましたが……この機体に実際に火が入るなんて信じておりませんでした」

「『火』が入るってどういう意味だ」


 シャルルが問う。カリスが澱みなく答えた。


「ああ、お二人に分かるようにお伝えするなら、そうですね……稼働状態に入った、と言うべきでしょうか」

「もしかしたら、シャルルが選定の剣を抜いたことと何か関係が」

「さぁ。私にも詳しいことは言えません。しかし騎士殿が剣を抜いたという時間帯とこのアルス・マグナで騒ぎが起こった時間帯が近いのです」

「そういえばそんな話もありましたね。一体何があったのですか」

「このボーパレイダーだけでなくアルス・マグナにて保有する全ての機動甲冑が稼働状態に入ったのです。これまで何をしても動くことがなかった全ての機体がです」


 シャルルとソフィアが目を見開いて顔を見合わせるが、カリスは続ける。


「はっきりとした根拠はまだありませんが、選定の剣と機動甲冑。二つにはなんらかの因果関係があると言えます」


 口調は子供さながら、話す内容は大人顔負けの高度なものであった。神童というにふさわしい知性の持ち主である。


「さあ、ここからであれば下から見上げるよりも見やすくなったと思いますっ」


 カリスの両脇にシャルルとソフィアが立って白亜の機体を見上げた。分厚い鎧で守られた胴体とその上に兜を被ったような形をした頭部が見える。額のところには金色に輝く角のような突起がある。さながら明けの明星とともに東天に細く輝いた月のように弓形となっていた。


「月の王国を象徴する機体か、なるほどな……夜明けに仰ぐ下弦の月のようだ」

「騎士殿にもこの美しさがわかってきましたかっ」


 誇らしく目を輝かせているカリスと対照的にシャルルはこの「美しい」といわれる機体が決して本来の姿ではないのではと考えていた。白昼夢で見た荒々しい姿の印象が強すぎたのである。


「この機体を動かすために必要な鍵は今は無いといったな」

「はい、ありません」

「あの赤碧玉ジャスパーが入った剣は使えねぇのか」

「はい、使えません。なぜなら鍵は一人の持ち主にしか扱えないのですっ」

「どういうことなんだ、説明してくれ」

「この剣は初めて使用する際に持ち主の血液を吸わせる必要があるらしいことがわかっています。血を吸わせることで剣の持ち主として認められる、そのような術式が組み込まれているようです。ただしこれができるのは最初の一人だけで、その後は別の者がいくら血を吸わせても持ち主となることはできないようです」

「なるほど……これだけの物を簡単に動かせてしまったら、それこそ敵の手に渡った時に恐ろしい結果になる。そうさせないための工夫かもしれないな」


 あのジャスパーをはめ込んだ短剣の本来の持ち主は機動甲冑に乗っていたという。同じような剣の持ち主は他にもいて、おそらく他の機動甲冑に乗っていたのだろう。


 ここで疑問の原点に戻ろう。

 あの短剣と同じ意匠をしたこの形見の短剣をなぜ父が持っていたのか。

 一つの仮説が立つ――父もまた他の機動甲冑に乗っていたのではないかと。


 博物館で『選定の剣』を抜いた時にも彼は白昼夢のようなものを目にした。

 そこで見たのは若い頃の父の姿であった。シャルルが生まれるよりも前の父の姿を見たことなど、彼にはあろうはずがない。だが、このボーパレイダーの前で再び目にした白昼夢は王太子によれば言い伝えとも符合する内容であるらしい。


(知り得ないはずの光景を俺は見たってことになる……不可思議だがあの親父の姿も現実にあり得た光景かもしれねぇ)


 最初に見た白昼夢の中で若き父が持っていた剣はおそらくこの剣なのだろう。

 そしてカリスによればこの剣はきっと父の血を吸っているのだ。


(親父もまたこんな機動甲冑に乗っていた。おそらくこの短剣を『鍵』として)


 であるならば、この形見の短剣を使えばその機動甲冑を動かすことができるのではないか――彼の心にその一縷の望みが芽生えた瞬間であった。


「王太子殿下、お願いしたいことがあります」


 階下で待っていたベアトリクスに上から戻ってきたシャルルはこう申し出た。その左手には腰から引き抜いた形見の剣が握られている。


「この短剣をお預かりいただきたい。この剣を調べていただきたいのです」


 シャルルの心変わりが意外だったのか、ベアトリクスの真っ青な瞳が細くなった。


「これは父から譲り受けた形見、すべてを失った俺には唯一過去とつながった証――父が私にこの剣を預けた理由が俺にはわかりません。ですがアルス・マグナでいろいろ見聞きして思うに、何か理由があるのではないかと」

「もしかして、白昼夢の内容で何かお気づきになったことが」


 シャルルは頷き、選定の剣を抜いた時に目にした父によく似た男性の姿を語った。


「そいつが持っていたのがこの短剣でした。夢か幻を見ただけかと思いましたが何か意味があるのかもわかりません。アルス・マグナでこれを調べてもらい、それを知るきっかけになればと」

「そこまでおっしゃるならば……わかりました。大切にお預かりいたします」


 ベアトリクスは丁寧に頭を下げて、その短剣を両手で押し戴くように受け取った。

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