第18話 二振りの剣

 謁見の間での話が終わりアルス・マグナの学者たちは足早に持ち場へ戻っていく。その場に残った王太子ベアトリクスはソフィアとシャルルにこう提案した。


「シャルル・アントワーヌ殿、貴殿にお見せしたいものがあります。ついては我らの研究機関、アルス・マグナまでご同行願いたいのです。ソフィアもついてきなさい」

「わかりました、お姉様。さあ行きましょう、シャルル」


 今まで王城には一回しか滞在したことがないシャルルは謁見の間とその控室以外に行ったことがなかった。

 先導するベアトリクスが王城から比較的近い場所へ彼を案内した。博物館の神殿に似た様式の建造物が数多く立ち並んでいる。そのうち一つに通されたシャルルとソフィアに向かって、王太子ベアトリクスはこう言った。


「ようこそ、我らの魔術殿堂『アルス・マグナ』へ。いにしえから伝わる『選定の剣』を抜かれた騎士殿の来訪をわたくしベアトリクス・ディアナ・アルトリアが総裁として歓迎いたしましょう」


 王城に引けを取らないほどの格式を持った建物は、アルス・マグナと呼ばれるこの組織が国内において極めて重要な意味を持つであろうことを物語っている。

 少なくともシャルルにはそのように思われてならなかった。


「早速ですが、貴殿にお見せしたいものがございます。まずはこちらから」


 ベアトリクスがそのように口にすると、建物の中で待っていた学者らしい身なりの女性が二人がかりで大きめの箱を持ってきた。錠前で封をされたその箱にもう一人の女性が鍵を差し込んで解錠する。


「この剣です。見覚えはありませんか」

「コイツは……」


 絶句したシャルル。さらにベアトリクスが言う。


「これによく似たものをお持ちであるはずです」


 その刃渡り一フィート半近く四〇センチメートルの短剣にあしらわれた宝石の種類は異なるが、彼が父から受け継いだ短剣と非常に酷似していた。いつの間にかその様を呆然と見守るしかなかったソフィアを尻目に、シャルルは腰に差した短剣を鞘ごと引き抜いた。


「前にコイツを王太子殿下にお見せしましたね」

「ええ」

「王太子殿下はいったい何をご存じなんですか」


 沈黙するベアトリクスに形見の短剣を差し出したシャルルはさらに問うた。


「この短剣が何であるか、王太子殿下はご存じなんですか」


 選定の剣を抜いた時に見た幻覚の中で若き日の父親が腰に差していた短剣。それとまったく同じ意匠をしたモノを見せられたシャルルは胸騒ぎを覚えていた。


「貴殿が、あるいは貴殿に授けた御仁がそれをどこで手に入れたのか、わたくしにはわかりません。ですがそれが何であるか、すでに察しはついています」


 息を呑み、シャルルは次の言葉を待つ。


「この短剣は『鍵』なのです。機動甲冑を動かすために欠かすことができないものと考えられています。今、貴殿にお見せしたのはアルス・マグナに保管されている機動甲冑の鍵です」

(鍵だって? コイツが)


 鍵と聞いてシャルルが思い浮かべたものは、先ほど剣の入った大きな箱を解錠するのに用いたようなものだ。鍵穴に差して回すことで錠前を外すことができる。それと似ても似つかない剣を『鍵』と言われても彼には今ひとつ現実味がない。


「この剣が博物館に展示されていたような巨像を動かす鍵であると――王太子殿下はそうおっしゃるのですか」

「その通りです。並べて見比べてみたいと思いますので、お貸しいただけますか」


 シャルルは逡巡しゅんじゅんしていた。王国の研究のために協力すると女王に返答した手前、ここに至って拒絶はしにくい。だが気がかりなことがあった。

 この王太子はこの珍しい短剣に興味を示し、彼に近づいてきた。珍しい刀剣があると聞いて興味が湧いたと口にしていたが、本当はこの剣そのものが目的だったのだ。真の目的を隠して近づいてきた王太子に対する警戒感が芽生え始めていた。

 すると横でずっとやり取りを見守っていたソフィアがこう言い放った。


「その剣はシャルルが亡き親御様から授かった大切なものですの。傷一つつけず彼にお返しいただけると確約をいただかない限り、応じるわけにはまいりませんわ」


 シャルルは唖然とするほかなかった。もう少しやんわりと断ることだってできた。彼が言葉を選ぼうとした矢先、もっと強い言葉でソフィアが意思を示してしまった。シャルルはそれに追従するほかない状況になってしまったのだ。


「わかりました。わたくしたちはその剣に一切手を触れません。鞘から刀身を抜いて横に並べていただくだけで構いません。それでいかがでしょうか」

「……それであれば」


 シャルルは短剣を鞘からゆっくりと引き抜いた。すでに机の上に置かれたもう一本の剣の隣にそれを並べればよく分かる。まったく出所が異なる二振りの剣が同じ意匠をしていた。強いて違いを挙げるならば、装飾の中心として使われている宝石の種類が異なっている。


「俺の剣にはガーネットが入っているようですが……こちらの剣にはずいぶん地味な石が入っていますね」

「はい、こちらは赤碧玉ジャスパーが使われています」


 宝石の値打ちを考えれば、彼の剣のほうがより貴重なガーネットを用いている分、価値が高いように見受けられる。並べられたもう一方の剣に用いられたジャスパーは地味な石であり、ガーネットほど貴重なものには思われなかった。


「こちらの剣はあまり価値のあるモノには思えませんね。王太子殿下もそう思われたのでは」

「おっしゃる意図がわからないのですが」

「シャルル。あなた、何を言っているの」


 彼の言葉を耳にした者たちは皆一堂に意味がわからないと言いたげな顔だった。


「殿下が見せてくださった剣よりも俺の剣のほうが高価な宝石をあしらっているので関心を持たれたのではございませんか。初めに申し上げておきますがこの剣を誰にも譲る気はありませんので」


 ここまで言わないとわからないか――そう思った彼であったがようやく気付いた。彼とそれ以外の者たちの話が全くかみ合っていない。


「はぁ……シャルルは何か大変な勘違いをしているように思われるのですが……」


 頭を抱えたソフィアはしばし思案して、こう言った。


「このガーネットとジャスパーには装飾品として価値に違いがあり、シャルルの短剣の方がこのジャスパーの剣よりも価値が高い……そして、わたくしたちがシャルルの短剣を欲している、と。あなたはそう考えているのですか」

「そうではないのか、と疑っていたということです」

「まったく違いますわ!」


 そう叫んだ王女様はこめかみを押さえ、深くため息をついた。


「あなたはわたくしたちが知らない異国から来たのでしたね。失念していましたわ。ルナティアではガーネットもジャスパーも著しく価値が異なるものではありません。いずれも魔術で合成、再現が出来ますから。少なくとも同程度の純度のものであればそこまで大きく価値の違いはありませんわ」

(なんだと……)


 宝石を魔術で合成できると聞いてシャルルは言葉を失った。それが事実だとすれば、少なくとも宝石に対する価値基準は彼の常識とは大きく異なるのだろう。

 

「これら鉱物は魔術の触媒として扱われることもままありますの。組成、純度、年月――鉱物の価値はそれらで決まります。しかし我が国において天然自然でそれらの石を手に入れることは難しい。そこで今ある物を手本にして魔術によって人工的に精製するのが一般的です」

「こちらの剣に使われているガーネットとジャスパーは共に長い年月を経て生まれた自然石が用いられていると考えられます。その点においてこの二つの剣の価値に差はありません。何より、これらの剣の作り方をわたくしたちは何一つ知らないのです。刀身、刃、柄、鞘に至るまで。ゆえにこの二つの刀剣の価値はともに極めて高く甲乙つけられるものではない。そう言わざるを得ません」


 ソフィアに続けてベアトリクスがそのように解説した。ここに至って、シャルルはようやく自分が大きな誤解をしていたことに思い至った。


「大きな思い違いをしていました。申し訳ございません」

「いえ、わたくしが事前に説明を怠ったのは事実です。それがあらぬ疑いを抱かせてしまったなら遺憾に思います。端的に言えば、これと同じものを再現したい、その為に剣の作りを知りたい――わたくしが貴殿の剣に関心を抱いた理由は剣そのものではなく、剣の作りにあったのです」

「宝石を魔術で作れるように、剣もまた魔術で作れないんですか」

「この形だけをそのまま同じように作ることはそこまで難しくありません。それこそ同じガーネットさえ手に入るのならば、貴殿の短剣の精巧な贋作を作ってすり替えるくらい、きっと造作もないでしょうね」


 ベアトリクスの言葉が彼の言葉に対する意趣返しに思われて、シャルルは二の句が継げないでいた。そんな彼を差し置いて彼女は話を続ける。


「これらの剣はただ物を切るだけではなく、『鍵』としての機能を持っています。おそらくは古代帝国時代の叡智により生み出された魔術です。しかし、そのほとんどがこれまで解析出来ずにいました。一本の剣だけではわからないのです。ですが……」

「同じような剣を持つ私が現れた、と」

「ご明察です。二本の剣に施された術式の違いを比較することで解析できる物も増えるでしょう。場合によっては現代で再現することも可能になるかもしれません」

「もし、新しい剣を作ることができたらどうなるのですか」

「機動甲冑を動かせるようになる……かもしれません」

「あの博物館にあったケンタウロスをですか」

「ケンタウロス……とは」


 聞き返した彼に対して、初めて耳にしたような反応をベアトリクスが示した。それを目にしたソフィアが合いの手を入れる。


「ああ、エールセルジーのことですね。シャルルの国ではあれに近いものをそう呼ぶのでしょうか」

「なるほど……はい、その通りです。あれの他にもこのアルス・マグナで保管されている別の機体もまた動かせるようになる可能性があります」

(あんなモンがほかにもあるってのか……)


 シャルルがそんなことを思っていたところ、謁見の間でも目にした特徴的な小柄の女性が足早にやってきた。


「殿下ー! 殿下ー! ボーパレイダーの調査の方終わりましたっ。いやー、一時はほんとうにどうなることかと思いましたが……っ!? その方は先ほどの……」

「シャルル・アントワーヌ殿ですよ、カリス。ご挨拶をなさい」


 その小動物のような女性の目がほんの少し吊り上がったのがわかった。よく見ればソフィアよりも幼い顔立ちをしている。


「先ほどご無礼をいたしました。カリス・ラグランシアと申します。アルス・マグナで『機動甲冑』の調査を行っている者ですっ」

「シャルル・アントワーヌだ。よろしくなッ」


 どこか表情が硬いのは見なかったことにしてやろう――そのように心で呟きながらシャルルは笑みを浮かべた。


「さて、もうひとつお見せしたいものがあります。カリス、ソフィアと騎士殿をあの機体まで案内して差し上げなさい」

「かしこまりました。では、どうぞこちらへ」


 別の場所へ向かう道すがら、カリスという少女からアルス・マグナについて説明を受けた。魔術研究が他国よりも進んだこの国は魔術的素養の高い者たちを国内外から招いているという。王室が後援者となって王国の財政と別に資金援助を行い、様々な分野に魔術を応用する研究を推し進めているそうだ。


(軍事力はねぇが魔術に関しては他国を上回っている……博物館のケンタウロスなど意のままに動かすことができれば足りない軍事力を補えるかもしれねぇな)


 いつの間にか熱を帯びていったカリスの説明を時折相槌を打って聞き流しながら、シャルルはこの国が置かれた状況を思索していた。

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