第10話 なぶり殺し

 秀樹はため息をつく。あぁ。やっと俺たちの攻撃だ。結局、真子が3球で処理して

くれた。俺は何をやっていたんだ。負けたくないあまりにムキになって冷静を欠いて

いた。反省しなくちゃな。真子、ナイスピッチングだ。ベンチに戻る真子に拍手をし

た。

 秀美もベンチに戻ってきた。ダメージは大丈夫か。秀樹は心配そうに秀美を見つめ

る。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。少し休んだら元に戻ったよ。心配ご無用。」

虚勢を張っているのは見え見えだが、この『バーチャル・ナイン』では控え選手の概

念はない。最初のメンバーで最後までプレイするしかない。

「無理はするなよ。」

秀樹は一言を伝えるのが精いっぱいだった。


実況:さぁ、今度は『武蔵野ジャイアンツ』の攻撃。一番バッターは絶妙なピッチン

  :グを披露した真子選手だ。果たしてバッティングの方はどうか。期待したいと

  :ころです。


■ピッチャー 「投球スキル コモン シュート」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 強打」


実況:バッター空振り。残念。ワンアウトだ。ピッチングのようにはいかなかったよ

  :うだ。二番バッターは二塁手(セカンド)の球児選手。『ブラックアイズ』の

  :守備陣形をじっくり見ている。何か策があるのか。


■ピッチャー 「投球スキル コモン ストレート」

■バッター  「打撃スキル アンコモン ライン際のバント」


 投げられた『ストレート』にバントの姿勢で挑む球児。相手の投手(ピッチャー)

は投球と同時に前にダッシュ。球児はそれをかわして打球をサード前にライン上に転

がした。三塁手(サード)も全力で打球に突っ込んでくる。一塁に向かう球児の横で

『スキルカード』が回転する。


■バッター  「マルチスキル レア 神速」


実況:おおっと、絶妙なセーフティバントだ。球児選手、走る、走る。さらに『スキ

  :ルカード』の『神速』を宣言した。微妙なタイミングだが。この判定はどうで

  :るのか。 


〇マザー   「ファースト セーフ」


実況:セーフ、セーフだ。これでワンアウト・一塁。次のバッターは三番の秀樹選手

  :だ。『武蔵野ジャイアンツ』のクリーンアップに期待しましょう。


 秀樹の打順が回ってきた。球児が必死にランナーに出た。ここで長打が出れば1点

を返せるかもしれない。さっきの汚名をそそぐチャンスだ。気合が入る。


■ピッチャー 「投球スキル レア フォークボール」

■バッター  「打撃スキル レア 一本足打法」


〇マザー   「一本足打法 ブロークン」


 うわ、俺の数少ない貴重な『レアカード』が・・。ええい、『一本足打法』はまだ

ストックがある。とにかく打たなければ話にならない。ボールがどんどん近づいてく

る。球種は・・。落ちた。フォークだ。ホームベースの手前で本足打法からフルスイ

ング。当たったぁ。


実況:秀樹選手、打ったぁ。が、レフトフライ。左翼手(レフト)の左京君がゆっく

  :りと捕球する。これでツーアウト・一塁だ。


 肩を落とす秀樹。気持ちだけが空回り。そう上手くはいかないなぁ。次のバッター

の三石に声を掛ける。

「三石、頼むぞぉ。」

 三石も気合が入っている。秀樹に大きな声で返事をする。

「おう、任せておけ。」


実況:さぁ、『武蔵野ジャイアンツ』の4番バーター、サードのキャプテンの三石選

  :手。バッターボックスに入ります。ツーアウト・一塁。このチャンスを生かす

  :ことができるか。


■ピッチャー 「投球スキル アンコモン カミソリシュート」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 大根切り」


実況:ピッチャー投げた。バッターの内側に鋭く切り込んだ。『カミソリシュート』

  :だ。三石選手、後ろに下がりながらもバットを大きく上段に振り上げてボール

  :地面に叩きつけた。

  :バッター打った。ショートの前に打ちつけるが・・雨のために地面がぬかるん

  :でいる。大根切りだがボールは跳ねない。遊撃手(ショート)が取って一塁手

  :(ファースト)に投げる。アウト。スリーアウト。チェンジだ。


 そうか。『スキルカード』の『大根切り』も天候の影響を受けるんだ。スタミナも

普段と違って回が変わってもほとんど回復しない。さっき『白い流星弾』をもろに食

らった秀美のスタミナが心配だ。

 試合はこの後は投手戦となった。


実況:真子選手、上手に打たせて取る投球。三者凡退。『ブラックアイズ』も追加点

  :が取れません。


 あぁ。真子はうまいなぁ。秀樹は感心する。上手にコースをついて長打を抑えてい

る。俺は『スキルカード』に頼って玉砕。冷静になれば、前回のベスト4だって特別

に恐れる必要はなかったんだ。普段の投球でよかったんだ。参考にさせてもらうぞ。

真子に声を掛ける。

「真子、ナイスピッチング。」

「えへへ。」

 真子は恥ずかしそうに笑った。激しい展開だった初回を除いて、この後はしばらく

静かに試合は進んでいった。


実況:さぁ、三回の裏。ここまで4対0。そろそろ『武蔵野ジャイアンツ』も一点が

  :欲しいところ。ワンアウト・ランナー無し。バッターは九番左翼手(レフト)

  :の秀美選手だ。


■ピッチャー 「投球スキル レア デッドボール」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 強打」


実況:あぁ、ブラックカードの『デッドボール』だ。秀美選手、逃げられない。左わ

  :き腹にボールが当たって転倒・・。秀美選手、痛みに悲鳴を上げる。スタミナ

  :がさらに減少。これはキツイ。だが『武蔵野ジャイアンツ』にとっては、待望

  :のランナーだ。ワンアウト・一塁。


 秀樹は拳を握りしめた。悔しさに言葉が震える。

「くそう。秀美を狙ってやがる。どこまで汚いんだ。」

 秀美のスタミナはさらに消耗して『スタミナバー』は半分近くになった。


実況:次のバッターは一番・投手(ピッチャー)の真子選手だ。ここでチャンスを広

  :げることができるか。静かにバッターボックスに入ります。


■ピッチャー 「投球スキル コモン ストレート」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 強打」


実況:あぁ、真子選手は当たり損ねのサードゴロ・・。あぁ、三塁手(サード)が、

  :まさかのトンネル。ボールはレフト前にへ転がっていく。それを見た秀美選手

  :が痛みをこらえて二塁に走る。左翼手(レフト)の左京選手がボールを捕りに

  :いく。あぁ、今度は左京選手が泥に足を取られて転倒。三塁ゴロが、とうとう

  :長打コースになってしまった。秀美選手は三塁も蹴った。走る。走る。走る。

  :『武蔵野ジャイアンツ』、待望の1点かぁ。打った真子選手は二塁に止まって

  :いる。


 秀美が本塁に向けて精一杯走っている。頑張れ、秀美。『デットボール』と無理な

走塁で秀美のスタミナがボロボロになっていく。あぁ、見ていられない。でも、この

タイミングならセーフのはずだ。左京の返球は間に合わない。やっと1点が取れる。

貴重な1点が。


実況:左翼手(レフト)左京君、やっとボールに追いついた。だが、これはもう間に

  :合わない。いや、ここで左京選手の前で『スキルカード』が回っている。


■レフト  「守備スキル レア レーザービーム」


 スコアボードに効果が表示される。


『レーザービーム』

  ・外野の守備時のみに使用可

  ・一試合に1枚ごとに3回使用可

  ・70%の確率で内野に返球時のボールのスピードが2倍になる


実況:あぁ、『レアカード』の『レーザービーム』だ。物凄いスピードでボールが捕

  :手(キャッチャー)の右京選手に戻ってくる。なんと捕手(キャッチャー)に

  :ダイレクトに届いたぁ。まさかの、まさかの好返球。


 秀美はホームベース前で立ちすくす。もう前にも後ろにも進めない。捕手(キャッ

チャー)の右京が笑いながら、秀美をキャッチャーミットで殴るように激しいタッチ

をする。

「ふふ。残念だったな。ご苦労様。」

 秀美は勢いで後ろに倒れる。

「秀美!。」

 二塁の真子は二塁ベースを思わず離れた。右京はそれを見逃さない。二塁手(セカ

ンド)にすごい勢いでボールを返球。


■キャッチャー「守備スキル アンコモン 鉄砲肩」


 二塁ランナーの真子も刺されてアウトだ。

 秀樹は悔しさに帽子を床に叩きつけた。なんなんだ、こいつら。完全に俺たちをか

らかっている。こんな奴らに、こん奴らに負けたくない。しかし俺たちにはホームベ

ースはあまりにも遠い。


 これ以降は再び投手戦となった。秀樹たちはヒットどまりで二塁にはなかなかたど

り着けない。『ブラックアイズ』も真子の丁寧な投球に凡打を繰り返し三塁を踏めな

い。『白い流星弾』は残り2発残っているはずだが、左京は初回以降は使用してこな

い。自分のスタミナを計算しているのだろう。その前に1点でも返さなければ。

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