第31話 ゲームセット
観客席のリサは両手で顔を覆った。
「もうダメ。とても見てられないよ。」
神谷はリサを励ました。
「ダメだよ。『ヴィクトリー・ナイン』トーナメントの歴史に残る大勝負だ。頑張っ
て見届けて上げるべきだよ。そしていよいよ決着の時だ。」
実況:『札幌テクノバスターズ』、ツーアウトランナー無し。打順は七番だ。1点差
:を追う。守る『武蔵野ジャイアンツ』、もうライト方面は内野も外野もがら空
:きだ。残りの守備の人数は半分以下の4人だ。しかも全員のスタミナが尽きる
:一歩手前だ。ゲームの続行すら怪しい。さぁ、七番バッターがバッターボック
:スに入った。
もうひとつ。もうひとつのアウトが取れれば俺たちの勝ちだ。最後の力を振り絞る
んだ。秀樹は自分に言い聞かせた。
■ピッチャー 「投球スキル アンコモン 渾身のストレート」
■バッター 「打撃スキル アンコモン ライン際のコントロール」
実況:バッター、打ったぁ。ライト線ギリギリだ。無人のライトにボールが転がる。
■ピッチャー 「守備スキル レア 神速」
やられた。秀樹は『神速』でライトに向かう。ボールはライトを転がっている。
バッターはファーストを蹴った。真子はセカンドに、中尾はサードで俺の返球を待っ
ている。急がなくては。
秀樹はやっとボールに追いついた。バッターはセカンドも蹴りサードに向かった。
■ピッチャー 「守備スキル レア レーザービーム・・・・」
ダメだ。スタミナが足りない。『レーザービーム』の宣言ができない。秀樹はその
まま中継の真子にボールを投げる。バッターはサードも蹴ってホームを狙う。だが、
これは際どい。白木は叫んだ。
「バカ、欲張るな。止まれ。三塁に戻れ。」
だが、球場の歓声で白木の言葉は届かない。中継の真子から捕手(キャッチャー)
の大輔にダイレクトで返球が返ってきた。ランニングホームランを止める事ができる
のか。ホームに向かうバッターの前で『スキルカード』が回転する。
■バッター 「走塁スキル アンコモン ヘッドスライディング」
大輔は突入に身構える。もうホームを守るための『スキルカード』は無い。このま
ま基本操作で受け止めるしかない。大輔も相手を睨み返す。
実況:バッター、三塁を蹴ってホームに突入。ランニングホームランか。小さな捕手
:(キャッチャ)の大輔選手にボールが返ってきたぞ。大輔選手の『スキルカー
:ド』の宣言は無し。『スキルカード』が底をついたか。逆にバッターは『ヘッ
:ドスライディング』を宣言。両者がホームベース上で激突だぁ。
秀樹は自らの頭上に代用(トークン)のカウントダウンが発生したことに気づく。
俺のスタミナもゼロだ。終わったな。これで『武蔵野ジャイアンツ』のゲームの続行
は不可能だ。でも全力は尽くした。後はマザーの判定を待つだけだ。球場が静まり返
っている。
□マザー 「判定:ホーム アウト」
実況:あぁぁ、飛び込んだバッターの手がわずかにホームベースに届いていない。ア
:ウトだ。試合終了。『武蔵野ジャイアンツ』、逃げ切り勝ちだ。スコアは3対
:4。死闘が終了した。このゲームは『ヴィクトリー・ナイン』トーナメントの
:記録に残る名勝負となるでしょう。両チーム、よく頑張った。お疲れ様でし
:た。『武蔵野ジャイアンツ』、ベスト8進出だぁ。
秀樹は涙がこぼれてきた。前とは違う、嬉し涙だ。マウンドへ走る。
「やったー、勝ったぞぉ。」
代用(トークン)化したメンバーも元に戻った。マウンドで全員で抱き合った。プ
ロ野球の優勝シーンのようだ。
白木は肩を落とした。あそこで欲張らなきゃなぁ。悔しい。が、仕方ない。マウン
ドで大騒ぎしている『武蔵野ジャイアンツ』に拍手を送った。その拍手が球場全体に
広がっていく。
観客席のリサも、もらい泣きしている。神谷が指摘する。
「あれ、球場で泣いちゃいけないんじゃなかったかな?。」
リサは左肘で神谷を突く。
「野暮なことを言っちゃダメだよ。うん。少年、頑張ったね。」
「なんとも凄い試合だったな。良くも悪くも滅多に見られる試合じゃない。」
リサも頷く。
「私たちベテランになると、計算し過ぎてしまってこんな展開は避けちゃうもんね。
でも、ひたむきに勝利を目指すって初心者の時の心を思い出しちゃったよ。」
「うん、手ごわいライバルが育ってきたってところかな。なにしろ小学生チームだ。
伸びしろは図り知れない。」
「このまま勝ち進めば、準決勝は私たち『新宿アマゾネス』と、決勝は神谷の『シル
バーゴッズ』が対戦ってことね。」
「あぁ、そうなるな。楽しみだ。『フェニックス』を準備した方がよさそうだね。」
「あら、アテでもあるの。もしかしてもう持ってるいるとか?。」
二人は顔を見合わせて笑った。腹の探り合いだ。顔は少し引きつっている。ここで
も闘いが始まったようだ。
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