第16話 決着

 さぁ、最後の攻撃だ。『武蔵野ジャイアンツ』はベンチ前で円陣を組んだ。キャプ

テンの三石が声を掛ける。

「武蔵野ジャイアンツ、ファイト!」

全員が応える。

「オォー!。」 


実況:打順は七番から。『武蔵野ジャイアンツ』、前回のベスト4に必死で食らいつ

  :いている。


■ピッチャー 「投球スキル コモン カーブ」

■バッター  「宣言無し」 


実況:バッター打ったぁ。が、ファールだ。ピッチャー、再度投球を行います。


 左京の薄ら笑いが聞こえる。

「おいおい。この大事な試合で『スキルカード』が無くなっちゃた奴までいるのか。

可哀そうに。」

 秀樹たちのような初心者チームはまだ『スキルカード』の枚数が少ない。バッター

は使用できるスキルカードが無くなったようだ。いや、このゲームだって基本はステ

ィック操作とボタンだ。頑張れ、絶対に打てる!。ベンチの秀樹は諦めない。 


■ピッチャー 「投球スキル コモン カーブ」

■バッター  「宣言無し」 


実況:バッター打ったぁ。快音が球場に響く。センター返しだ。ノーアウト・一塁。

  :小学生チームの『武蔵野ジャイアンツ』。まだまだ諦めない。次は八番バッ

  :ターだ。最初からバントのポーズ。『ブラックアイズ』の内野は前進守備。


■ピッチャー 「投球スキル コモン カーブ」

■バッター  「打撃スキル コモン バント」


実況:バント成功。三塁手(サード)がボールを取るが、二塁は間に合わない。ワン

  :アウト・二塁。『武蔵野ジャイアンツ』、同点のランナーをスコアリングポジ

  :ションに進めた。次のバッターは九番の左翼手(レフト)の秀美選手だ。チャ

  :ンスを広げることができるか。


 秀樹は打席に向かって握り拳を見せた。秀美も静かに頷く。


■ピッチャー 「投球スキル レア ナックル」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 強打」


実況:秀美選手、『強打』だ。バッターに揺れる魔球『ナックル』が迫る。打つこと

  :ができるのか。


 秀美は必死の形相でボールに食らいつく。「コン」と音がして、三塁手(サード)

の頭上をボールが弱々しく越える。三塁手(サード)はジャンプするが届かない。ラ

ンナーもスタートしている。セーフだ。秀美の執念が実った。ワンアウト・一塁・三

塁だ。


実況:さぁ、いよいよこの試合の最大の見せ場だ。次のバッターは一番・右翼手(ラ

  :イト)の真子選手。先ほどの『白い流星弾』のダメージは大丈夫か。


 真子も緊張してガチガチだ。ネクストバッターサークルの球児も顔がこわばってい

る。秀樹は真子と球児に駆け寄った。

「真子、大丈夫か。」

「もう、緊張で死んじゃいそう。」

「球児の方は。」

「真子ちゃんと全く同じ。」

 三人は顔を見合わせて笑った。

「とりあえず二人とも肩の力を抜いて。深呼吸だ。真子はボールをよく見て。スクイ

ズを警戒してウエストする可能性もある。コースが外れていれば見送るんだ。」

「そうだね。気が付かなかったよ。危ない、危ない。」

真子は冷静さを取り戻したようだ。

「球児はさっきと同じさ。思いっきり振り切るんだ。結果なんてどうでもいい。」

「あぁ、悔いが残らないように全力で振る。ありがとう。後の始末は秀樹で頼む

な。」

「あぁ、任せておけ」

秀樹は二人から静かに離れた。


■ピッチャー 「投球スキル アンコモン スライダー」

■バッター  「打撃スキル アンコモン 強打・・・」


 真子は『強打』を宣言したが、バットを振らない。ボールは外に外れていった。


実況:ピッチャー、外に外した。ボール、フォアボールでバッターは一塁へ。ワンア

  :ウト・満塁。ヒットが出れば同点、長打なら逆転サヨナラ、ダブルプレイなら

  :『ブラックアイズ』の勝利だ。バッターは先ほど同点打を放った二番の球児選

  :手だ。


 球児はバッターボックスに向かう。もう自分にも『スキルカード』は残っていな

い。後は全力でバットを振るだけだ。


■ピッチャー 「投球スキル レア 火の玉ストレート」

■バッター  「宣言無し」


実況:ボールが燃えている。先ほど秀樹選手が使用した『火の玉ストレート』だ。球

  :児選手に向かっていく。バッター、全力で振り切った。またもバットがへし折

  :れた。すごいボールだ。三振。これでツーアウト・満塁。


〇マザー   「火の玉ストレート ブロークン」


 球児は全力を出したのだろう。笑顔で秀樹に近づいてきた。

「全力で勝負したけど、負けちゃったよ。」

「あぁ。見届けたよ。後は俺に任せろ。」

二人は再び拳を合わせた。


 この『ヴァーチャル・ナイン』では他のチームの試合をヴァーチャルキャラで観戦

することができる。この試合にもたくさんの観客が集まっている。

 白い学生服の男子高校生が座っている。観客席を歩いていた女子高校生が彼を見つ

けて隣に座った。二人に気が付いた他の観客がひそひそ話をしている。

「おい、前回の準優勝チームの『新宿アマゾネス』の時緒リサと、前回優勝チームの

『シルバーゴッズ』の神谷一郎だぞ。」

「うわぁ。初めてみたよ。やっぱり『ヴィクトリー・ナイン』トーナメントでの対戦

相手の視察かな。」


 リサは神谷に語り掛けた。

「へぇ、一回線から見物なの?。珍しい。」

 神谷は少し笑みを浮かべて返事をした。

「お互い様だろう。やっぱり気になるからな。」

リサも頷く。

「まぁね。マザーが初心者の小学生チームをトーナメントに選ぶなんて今までなかっ

たことだもの。どう、なにか特徴はあったの?。」

「たしかに根性はありそうだけど、期待したような特別な存在ではなさそうだね。普

通の初心者チームだ。『ブラックカード』ぐらいでわめいているようじゃ、まだまだ

だね。」

「上級レアカードは?。」

「 スーパーレア フェニックス 

  スーパーレア メルトダウン

  ウルトラレア 白い流星弾

  ウルトラレア ダブルフェニックス てとこだね。」


 リサの目が輝く。

「『ウルトラレア』の情報があったんだね。『ウルトラレア』と『スーパーレア』の

種類や持ち主は開発者とマザーしか知らないからね。こうして地道に情報収集するし

かないわ。」

「『ウルトラレア』の1枚で戦法が変わるからね。リサの方もなにか情報があったか

な?。」

「分かってるのは貴方の『ウルトラレア』の『ゴールデンナックル』と例のウルトラ

三兄弟ぐらいよ。」

神谷は顔をしかめる。

「僕のは隠しようがないからね。」

「投げる球が全部ナックルになるなんて反則よ。」

「ブロークンしちゃったら、おしまいだけどね。たまには君の切り札も教えてくれな

いかな?。」

リサはおどけていった。

「冗談でしょ。一番のライバルになんて教えられる訳ないでしょ。」

神谷はしょぼくれて答えた。

「この情報差だけでもハンデなんだけどなぁ。」

「ところで『ウルトラレア』の『ダブルフェニックス』は、『破壊(ブロークン)』

しちゃったんだっけ?」

「ああ。これで小学生チームが勝つと、『ダブルフェニックス』が賞品になる可能性

が極めて高いな。」

「『スーパーレア』と『ウルトラレア』の『フェニックス』カードを2枚持ちになる

のか。さすがにどこのチームもスタミナ勝負はしなくなるわね。」

「逆に自分たちがスタミナ勝負に持ち込むべきだけどね。ただ、黒田にプレイが汚

いって甘ちゃんなこと言ってたから自己矛盾しちゃうよね。初心者の壁を果たして乗

り越えられるかな。」

「このゲームでの汚い行為ってのは、電源落としたり、実際に殴っちゃったりするこ

となんで、『ブラックカード』を使うのは全然マナーに沿ってるんだけどね。」

「まぁ、小学生チームが勝てばの話さ。俺たちはお互いに優勝が目標さ。」

「お互いがんばりましょう」


実況:さぁ、試合も大詰めだ。勝利の女神はどちらのチームに微笑むのか。スコアは

  :6対5。ツーアウト・満塁。バッターは三番・投手(ピッチャー)の秀樹選手

  :だ。


 秀樹はこの試合のスタートからを思い出していた。『小学生チーム』と罵られても

、なんとかここまできた。苦しかった。ここで打たなきゃな。俺が勝利をもぎ取って

やる。


■ピッチャー 「投球スキル スーパーレア 魔球S.F.F」

■バッター  「打撃スキル レア 一本足打法」


実況:ピッチャー、ここでとっておきの『スーパーレア』の『魔球S.F.F』だ。

  :ボールはバッターの手前で鋭く落ちる。秀樹選手、打てるのかぁ・・・。勝負

  :の行方はこの一球で決まる!。


 秀樹は一本足打法で全力でバットを振る。ボールが手元でわずかに下に変化するの

がわかる。歯を食いしばってバットの軌道を修正する。

「ぐをぉぉぉ。」

「カキーン」とするどい打撃音が響いた。当たったぁ。ボールよ、飛んでいけ。秀樹

は必死に願う。レフト線にボールが飛ぶ。『フェア』だ。左京がボールを取りに必至

で走る。サードランナーはホームを走り抜ける。6対6の同点だ。セカンドランナー

の秀美も三塁を蹴った。左京は捕球してバックホームだ。

 左京の前で『スキルカード』が回転するが、すぐに消えてしまった。左京の顔が歪

む。『レーザービーム』じゃない。ノーマルな返球。もう『レーザービーム』が底を

ついたのだろう。


■ランナー  「マルチスキル レア 神速」

■キャッチャー「守備スキル アンコモン 根性」


 秀美は右京のブロックを右にかわす。砂煙が舞う。右京は秀美の背中にタッチした

が、秀美のホームベースへのタッチの方が早かったように見えた。判定はどうだ。


〇マザー   「判定 ホーム セーフ」


実況:秀美選手、セーフだ。ホームイン。6対7、『武蔵野ジャイアンツ』、ついに

  :逆転。サヨナラ!。『武蔵野ジャイアンツ』、全員小学生のチームが前回ベス

  :ト4の『ブラックアイズ』を破ったぁ。大金星だ!。


 あぁ。勝った。勝ったぞ。俺たちの勝利だ。秀樹たちはチーム全員でバンザイをし

て抱き合った。まるでプロ野球の優勝の瞬間のようだ。秀美や真子は喜びで泣いちゃ

っている。あはは、たまらない瞬間だ。

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