第5話 挑発
そこへ店長がある提案をしてきた。
「さっそくだけど、もうすぐ一年に一度開催されるのフル(9人)モードでの大会が
あるんだ。『ビクトリー・ナイン』トーナメントっていうんだけど。秀樹君たちも登
録しておくかい。参加チームはマザーが抽選で決定する。32チームのトーナメント
戦だ。優勝賞金はなんと百万円。登録自体は無料だよ。」
秀樹は優勝賞金に驚いた。
「え。百万円。そんなにすごい金額なの?。」
店長はなぜか自慢げだ。
「『ヴァーチャル・ナイン』では一番大きな大会だからね。ゲーム業界やスポーツ関
係のいろんなスポンサーがついているらしい。ただ、抽選に受かるかどうかはマザー
次第だけどね。」
秀樹は興味を感じた。おもしろそうだ。だが、さすがに不安だ。素直に気持ちを店
長に伝えた。
「う~ん。俺たちは今日始めたばっかりだしなぁ。正直な話、ベテランのチームと対
戦なんて無理じゃないかなぁ。」
ゲームコーナーに中学生らしき二人が入店してきた。今のやり取りが聞こえてきた
のだろう。秀樹たちにいきなり話しかけてきた。
「あはは、やめとけよ。小学生が参加するような大会じゃないぞ。」
初対面の秀樹たちをいきなり見下したような言い方だ。店長が二人に声を掛ける。
「そっか。黒田君たちも登録しているんだったよね。」
「当然だろう。別の店での登録だけどな。今年こそ優勝してやるんだ。」
話を聞く限り、相当なレベルのチームなんだろうな。もっともマナーの悪さも相当
だけど。早くどこかへ消えてくれないかなぁ。そんな秀樹の願いは伝わらず、彼らは
喋り続ける。
「1店舗に最大でも1チームしか選ばれない。『コンソール』が足りないからな。こ
んなしょうもないチームが増えると本気でやっている他のチームが抽選に漏れて迷惑
するだろう。」
なんなんだ、こいつ。誰、この人?。おまけに同じ顔が二人。秀樹はこっそり店長
に聞いてみた。
「店長。誰なの、この人たち?。」
「昨年の『ヴィクトリー・ナイン』トーナメントでベスト4まで残ったチームの黒田
左京君と右京君だ。双子だから顔はそっくり。僕もどちらか混乱する。口は悪いけど
許してやってね。」
なだめようとする店長の気も知らず、黒田たちは更に秀樹たちを挑発する。
「俺たちは本気で優勝を狙っているんだ。あんまりチャラチャラした奴らが入ってく
ると気分が悪いんだよ。こんな素人のチームが参加希望なんて、このゲームを馬鹿に
してるんじゃないのか。」
なんだよ、その言い方は。秀樹は興奮する。年上でも腹が立った。
「俺たちは別にそんないいかげんな気持ちでプレイしてないぞ。」
「あぁぁ、これだからお子ちゃまは。まぁ、万が一に選ばれることがあれば一回戦で
対決だ。近くの店舗からぶつかることになるからな。その時はたっぷり可愛がってや
るよ。あははははっ。」
笑いながら二人は店を出て行った。
せっかくチームで楽しんでいたのにな。雰囲気が台無しだ。二塁手(セカンド)の
球児が秀樹に言った。
「秀樹。なんだよ、あいつら。あんな奴らに絶対に負けたくないよな。」
もちろん秀樹も同感だ。キャプテンの三石も頷いている。秀樹は熱くなって店長に申
し込んだ。
「店長。うちの『武蔵野ジャイアンツ』も出場希望を登録するよ。」
店長は申し訳なさそうだ。
「不愉快にさせてしまってごめんね。この展開は予想していなかった。賞金が高額
だから気合が入っているチームも多いんだよ。もちろんマナーは別問題だけどね。」
三石も店長に言う。
「別に店長の責任じゃないですよ。あいつらが失礼なだけです。では『武蔵野ジャイ
アンツ』の登録をお願いします。」
店長は笑顔で答えた。
「あぁ、わかった。選ばれるといいね。後日に抽選の結果が発表されるから教えてあ
げるよ。」
三石がチームメンバーに声を掛けた。
「よっし。さっそく練習だ。『スキルカード』も集めないとな。」
再びチームメンバーに活気が戻った。門限まで全員のゲームプレイが続いた。
数日後、プレイ中の秀樹たちに店長がうれしそうに話しかけてきた。
「秀樹君、申し込んでいた『ビクトリー・ナイン』トーナメントの出場希望が抽選に
選ばれたよ。出場が決まりだ。よかったね。」
チームメンバーが笑顔になる。だが、店長の顔にわずかに寂しさが浮き出る。
「でも、一回戦の相手はやはり例の黒田君の『ブラックアイズ』だ。これは相手が厳
しいな。前回のベスト4だからね。でも経験として楽しんだらいいと思うよ。勉強に
なるさ。普段なら滅多に対戦できない相手だ。」
秀樹は首を横に振った。
「ダメだよ、店長。俺たちは絶対に勝つんだ。」
店長は微妙な顔で答えた。
「う~ん。あきらめない気持ちは大事だと思うよ。ただなぁ。さすがに現時点でのレ
ベルは違い過ぎる。勝つことばかりを気にしちゃダメだよ。どんな強いチームだって
最初は初心者からスタートだ。いろんな経験を積むことがレベルアップに繋がるんだ
よ。」
店長は経験を積むことの重要さを秀樹たちに伝えようとしていた。
そこへいつの間にか噂の奴らが来ていた。黒田の双子だ。明らかに秀樹たちを馬鹿
にした態度を取った。
「あははは。お前たちに俺たちに勝てる訳がないだろう。」
前回のマナーの悪さは変わらない。ムキになって秀樹は言い返す。
「なんだよ。こそこそとスパイにやってきたのか。意外に小心者なんだな。」
黒田たちは平然と答えた。
「いや、忠告しておいてやろうと思ってな。この『ヴィクトリー・ナイン』トーナメ
ントは全国へネット配信もされるぐらい大きな大会だ。あんまり惨めなコールド負け
も嫌だろう。今なら辞退もできるぞ。心配して来てやったのさ。」
「馬鹿にするな。俺たちだって闘える。お前たちなんかに負けるもんか。」
秀樹は黒田たちに言い返した。間にいる店長が困った顔をしている。黒田たちは秀
樹たちの意思を確認すると最後にこう言った。
「そっか。じゃぁ、俺たちが徹底的に可愛がってやるよ。途中で泣き出すんじゃない
ぞ。俺たちの新しいデッキのモルモットにしてやるよ。」
「あぁ。上等だ。」
秀樹は答える。黒田たちは背中を向けて笑いながら出て行った。
店長が秀樹たちに心配そうに話す。
「秀樹君。参考までにだけど、黒田君のチームの『ブラックアイズ』はラフプレイが
多いことで有名なんだ。」
秀樹には聞きなれない言葉だ。
「ラフプレイ?。」
「あぁ。前に教えた『スキルカード』には、投球スキルなら『青』、闘志スキルなら
『赤』っていうカードの色がそれぞれ設定してあるんだ。その中で『黒』の色、俗称
で『ブラックカード』と呼ばれる相手のスタミナを強制的に奪うカードがあるんだ。
分かりやすい例だと、『デッドボール』とかね。ランナーを出すけど、相手のプレイ
ヤーのスタミナを奪うことができる。その『ブラックカード』をメインにデッキを組
んでいる武闘派さ。」
それってルール違反じゃないのかな。野球でわざと『デッドボール』なんて即退場
なんだけど。秀樹は店長に質問する。
「審判のマザーは注意しないの?。」
困った顔で店長は答えた。
「このゲームはラフプレイもルールのうちなんだ。もちろん、実際に殴り合ったらダ
メだけどね。『スキルカード』での応酬は問題無し。ゲームの内容が悲惨になること
もあるから、あんまり使わないチームが多いんだけどね。『デッドボール』の投げ合
いなんて嫌だろう。だが、例外もある。彼のチームもそうだ。」
店長は残念そうに語った。
「ありがとう、店長。じゃぁ、スタミナのペース配分が大事なんだね。プレイによっ
て普段よりスタミナが多く奪われちゃう。」
「そうだよ。とっても強い相手だけどね。でも、このゲームも最後にはレバーとボタ
ンの勝負だ。勝ち負けは最後まで分からない。胸を借りるつもりで挑んだらいいんじ
ゃないかな。」
秀樹は大きく頷いた。
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