第1話 導入
「ヴァーチャル・イン!」
掛け声とともに『コンソール(リクライニングチェアに似た大型の操作機器)』に
座っていた9人のプレイヤーが渦の中に吸い込まれていく。テレポートされた先は仮
想球場(ヴァーチャル・スタジアム)だ。球場は満員。両チームの応援の声が響き渡
っている。
さぁ、九回の裏。ツーアウト・満塁。テレビゲームでおなじみのピッチャーとバッ
ターの対決場面だ。投球するピッチャーの姿と対決するバッターの背中が見える。ホ
ームベース上に3×3の9つの四角形が表示されている。
ここで、ピッチャーとバッターの『スキルカード』が画面に浮かび上がる。2枚の
『スキルカード』は激しく回転している。
■ピッチャー 「投球スキル レア ナックル」
(注:ピッチャーの『レアリティ』と『球種』はスイング後に表示。:以降略)
■バッター 「打撃スキル レア 一本足打法」
実況:ピッチャー投げた。球が大きく左右に揺れている。ナックルだ。バッターは一
:本足打法で構える。バットを振る。「カーン」と打撃音が響く。当たったぁ。
:これは大きいぞ、大きいぞ。レフトが懸命に打球を追いかける。ホームラン級
:の打球だ。スタンドに入れば逆転サヨナラホームランだ。レフト、必死に後ろ
:に向かって走る、走る。
■レフト 「守備スキル アンコモン ハイジャンプ」
実況:レフト、『ハイジャンプ』で上空に大きく飛んだぁ。打球にぐんぐん迫ってい
:く。打球にグラブが迫っていく。届くか。届くのかぁぁ・・。
今、大人気のテレビゲーム、『ヴァーチャル・ナイン』のテレビコマーシャルだ。
「二人とも。いつまでテレビを見てるのかな。宿題はちゃんと終わったの?。」
母親はテレビにすっかり見入っている我が子二人を質問をした。兄は小学六年生の
剛秀樹(ピッチャー)、妹は五年生の秀美(レフト)。小学校の野球チーム『武蔵野
ジャイアンツ』に所属している野球少年・少女だ。ちなみに秀樹は副キャプテンでも
ある。
「今からやるつもりだったんだよ。」
決まり文句で答える秀樹。隣で見ていた妹の秀美が意地悪そうに笑う。
「嘘ばっかり。明日から『ヴァーチャル・ナイン』が近所のお店に入るから、そっち
の勉強をするんだよね。」
「秀美のバカ。ばらすなよ。」
図星を突かれた秀樹は慌てて部屋に戻っていった。母親は呆れた顔して息子の背中を
見送る。
「やれやれ、困ったものね。すぐに熱中しちゃうんだから。勉強も同じぐらい頑張っ
てくれればいいんだけどね。」
部屋に戻った秀樹は、『バーチャル・ナイン』の特集が組まれたテレビゲームの雑
誌を読んでいる。
「くそぉ、カッコいいいなぁ。『スキルカード』を使ったスーパープレイができる野
球ゲーム。こんな試合ができるようになるのをずっと待っていたんだ。やっと明日か
らプレイできる。今日は眠れないかもしれないな。」
秀樹の心配は無用だった。本を読みながら秀樹は机でそのまま眠ってしまった。部
屋のドアを母親が静かに開ける。
「あらあら。本を読みながら寝ちゃうなんて。よっぽど楽しみにしているのね。」
母親は秀樹を静かに抱き上げてベッドに運び、布団を掛けた。
翌日の夕方。野球チーム『武蔵野ジャイアンツ』の練習が行われている。チームは
小学校六年生の男子が5名、女子が1名。五年生の男子が1名、女子が2名とちょう
ど9人の弱小チームだ。近所の同じような小学校のチームとの対戦がメイン活動。授
業が終わって毎日簡単な野球の練習をしている。地元の商店街のおじさんがボランテ
アで監督をしている。
監督が今日の練習に違和感を感じる。
「う~ん、なんか今日はみんな落ち着きがないな。」
学校のベルがなる。練習の終了の時間だ。監督は練習中のメンバーに声を掛ける。
「よし、全員ここに集まれ。」
9人が監督の前にならんだ。監督がメンバーに告げる。
「よし、今日の練習はここまで。道具を片付けて帰りなさい。寄り道せずにまっすぐ
家に帰るんだぞ。」
メンバーがクスクスと笑っている。
もちろん秀樹は守らない。だって待ちに待ったゲームが入荷されるのだ。チームの
9人にも既に声を掛けてある。監督から少し離れたところでみんなに声を掛けた。
「よし、練習が終わったぞ。さっそくショッピングセンターのゲームコーナーに向か
うぞ。」
声を聞いた監督が驚いて注意する。
「おい、おい、小学生が子供だけでゲーセンに行っちゃダメなんだぞ。」
秀樹は答える。
「18時までは大丈夫なんだよ。今日は楽しみにしていた『ヴァーチャル・ナイン』
の導入日なんだ。もう待っていられないよ。」
監督は聞きなれない言葉に質問する。
「え。『ヴァーチャル・ナイン』ってなんだい?。」
秀樹が笑顔で答える。
「野球をテーマにしたテレビゲームなんだ。監督、知らないの?。今、大流行してい
るんだよ。色々な『スキルカード』を駆使して仮想球場(ヴァーチャル・スタジアム
)で試合をするんだよ。いろんなスーパープレイができるんだ。」
なるほど、今日の練習でみんな落ち着きがなかったのはそのせいなんだな。監督は
状況を理解した。バーチャル空間での野球ゲームか。聞いているうちに監督にも興味
が沸いてきた。
「なんか面白そうだな。俺も行ってもいいか?。」
秀樹は困った顔をした。
「うん。でも9人しか席がないからね。ずっと前から予約してたんだ。申し訳ないけ
ど監督は見てるだけだよ。」
「ありゃ、残念だね。ま、俺は監督だからそれでいいよ。」
子供たちの笑い声が広がる。
秀樹たち9人と監督は片づけを終えると、そのままショッピングセンターに向かっ
ていった。
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