遠回りな復讐劇

「例の研究所の話さ」


「ああ、ハエを作ってたトコな。何やおもろいモンでもあったんか?」


 四風よんぷうは小刻みに頷き、ロキソニンをポケットに戻す。


「周りに花壇があってな、そいつにハエを閉じ込める効果があるらしい」


 ディゲルは手短に説明し、続けて涼璃すずりと話したことを告げる。


「人間が外に持ち出さん限り、絶対に被害が出ない、か」


 四風は顎に手を当て、しばらく考え込む。

 数十秒後、涼璃が耳にしたのは、自分と全く同じ意見だった。


「そら、意趣返いしゅがえしやろ」


「……やっぱり、よん兄もそう思う?」


「ああ、そう考えると、色々つじつまが合う」


「……どういうことだ?」


 ディゲルは眉間にシワを寄せ、不快そうに涼璃を見つめる。

 自分だけ置いてけぼりなのが、かなり面白くないらしい。


「今回の事件は、高坂こうさか先生の復讐だったのかも知れない」


「復讐? 高坂がハエを作ったのは、ゴルゴスアリを駆除するためじゃないのか?」


「せやったら、何で人間やゾウに卵を産めるようにしたんや? アリを駆除したいなら、アリにだけ卵を産めればええやん」


「それは……ミスじゃないのか?」


 ディゲルは自信なさげに呟き、しきりに膝を揉む。


「そもそもハエの生態には、不可解な点が多すぎるで」


「うん、宿主のサイズに比例して、生まれるハエが大きくなったりとかね」


「昆虫から生まれたハエが、哺乳類に卵を産む時点で、相当不自然やで」


 別の生き物に卵を産む昆虫は、ある程度、標的が決まっている。


 少なくとも、普段昆虫に卵を産むしゅが、哺乳類を狙うことなどあり得ない。

 ましてや、哺乳類に産んだ卵が普通に孵化するなんて、あまりにも出来過ぎている。


「高坂先生は用心深い人だった。研究所の周りを、バゴーギクで囲うほどね」


 涼璃は自然と語気を強め、ディゲルに訊く。


「ハエの異常な生態に気付かないなんてこと、あるかな?」


「だが、奴の息子を殺したのはゴルゴスアリだろう? なぜ人間に矛先を向けるんだ?」


「ゴルゴスアリを連れて来たのが、人間だからだよ」


 涼璃の答えを聞いたディゲルは、ハッと目を見開く。

 あと少し勢いが強かったら、眼球がこぼれ落ちていたかも知れない。


「ゴルゴスアリは元々、南米に棲む昆虫だった。みすみす人間が運び出さなきゃ、日本に来ることはなかったはずだよ」


「連中が日本に来なければ、高坂はんの息子も死ななかったやろな」


「人間を恨むのも、無理はないと言うわけか」


 うなるように絞り出し、ディゲルは唇をなめる。

 すぐココアを飲んだところを見ると、かなり口が渇いていたらしい。


「うん。子供を死なせたのはアリだけど、原因を作ったのは人間だからね」


「ハエを自力で出られへんようにしたのは、テストだったのかも知れへんな。人間が外に出さへん限り、被害も出ない――ゴルゴスアリの時と、全く同じシチュやないか」


「同じ過ちをくり返すなら、躊躇する必要はないってことか。確かにお前の言う通りかも知れんな。そもそも、ただ復讐したいだけなら、そこら中にハエをばらまけば済む話だ」


「鳥とか虫だと卵が孵化しないのも、人間以外が持ち出すのを防ぐためだったのかもね」


「何とも回りくどい復讐劇だな。私には到底理解出来んよ」


 呆れたように言い、ディゲルは何度も首を振る。


「気に入らない人にはすぐ鉄砲撃っちゃうもんね、くーねえは」


「そのほうが健全だろうが。少なくとも、こそこそ殺人バエを作る奴よりはマシだ」


 ムッとした顔で言い返し、ディゲルはココアを飲み干す。

 その後、空き缶を放り投げ、数㍍先のゴミ箱に叩き込んだ。


「けどまあ、人間はみすみすハエを出してしもたんやな。高坂はん的には、生きる価値なしってところやろうか」


 悪びれもせずに言い放ち、四風はケラケラと笑う。


 なぜあんなに救いのない発言を、あっけらかんと口にすることが出来るのだろう。

 涼璃にはとても理解出来ない。


 そしてそれ以上に、我慢出来ないほど不快だ。


「……仕方ないよ。みんな、あんなハエがいるなんて知らなかったんだから」


「どうだかなあ。知ってても、行ったと思うで。再生回数の欲しいユーチューバーとか、SNSで注目を集めたい奴とかが」


 四風はポケットからスマホを出し、これ見よがしに振ってみせる。

 たぶん、意地になって反論する涼璃をからかっているのだろう。


「自分の命や世界より、目立つことのほうが大事ってか? どいつもこいつも病んでやがる。あのハエも大概厄介だったが、インスタバエよりはマシだな」


 ディゲルは無気力に笑い、ハエを追い払うように手を振る。

 人間の尻拭いをすることに、いい加減、嫌気が差しているのかも知れない。


「それでも、それでも、私は……」


 言い返せずにいる内に、重い静寂がフードコードを包んでいく。

 相変わらず〈3Zサンズ〉は賑やかだが、四風やディゲルは一向に口を開かない。


 このまま誰も喋らない時間が、何十分も続くのではないか?


 そんな予感が現実味を帯びてきた矢先、男性の声が響く。


 五つの目を向けられたのは、〈3Zサンズ〉隊員の西田にしだだった。

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