悪魔の女王

〝P・E・R・I・O・D〟


 一定間隔で卒塔婆そとばが鳴り、一つずつアルファベットを読み上げていく。

 呼応して、目盛りの六文字が七色に点滅し、卒塔婆そとばを虹色に照らす。


秘離悪怒ピリオド 喰木偶暗クーデクラ 烈痛業レッツゴー


 待ちに待ったその読経どきょうは、二つの意味を持っている。


 一つ目は、〈サティ〉に対するゴーサイン。


 そしてもう一つは、ハエへの死刑宣告だ。


「……フォーメーション『悪魔の女王カーリー・マー』」


〈サティ〉は両手を正面に伸ばし、クモのあしのように蠢かせる。

 すると腕輪から子グモが溢れ出し、〈サティ〉の両足を包み込んだ。


 大群はももをふくらはぎを尻を這い回り、〈サティ〉の下半身を作り替えていく。

 数秒間、くすぐったさを我慢すると、〈サティ〉の足は八つになった。


「八つになった」と言っても、単純に足が増えたわけではない。


〈サティ〉にまとわりついた大群は、クモの下半身を完コピしている。


 上半身が人間、下半身がクモと言う姿は、ゲームに登場するモンスターのようだ。

 もっとも、頭上にドローンを浮かべたモンスターなんて、〈サティ〉は見たことがないが。


 妊婦のように膨れた腹は、見事に地面を擦っている。


 あしは極めてたくましく、一本一本が〈サティ〉のウエストより太い。

 足の数自体は普段の四倍だが、キックの威力は何十倍にも増大していることだろう。


 延髄の走馬燈そうまとうは、マフラーのように光を棚引かせている。

 過剰に蓄えられた〈発言力はつげんりょく〉が、光として放出されているのだ。


「はぁぁぁ……、えいっ!」


〈サティ〉はぐぐっ……と腰を沈め、八本のあしを縮める。

 直後、思いっ切り地面を蹴り飛ばし、自分を垂直に打ち上げた。


 ジャンプが震源の縦揺れが発生し、動物たちを弾ませる。

 園内の人々は次々とよろめき、柵や柱にもたれ掛かった。


〈サティ〉は迫り来る空を切り裂き、壁のような風を突き抜けていく。

 仮面と空気の衝突音が途絶えると、あしの下に街並みが広がった。


 眼下に見える人々は、マッチ棒のように小さい。

 団地はドミノそのもので、ちょっと押したら倒れてしまいそうだ。


〈サティ〉は八本のあしに力を込め、レギュラーサイズまで縮んだハエに狙いを定める。

 そして全身のノズルから圧縮空気を噴射し、自分自身を下に撃ち出す。


 推力と重力が協力し、ぐいぐいと大地を引き付けていく。

 ノズル発の白煙は夕陽を断ち割り、〈サティ〉とハエを結び付けた。


 ベベ……ブブブ……!?


 急降下の勢いを借り、八本のあしがハエの頭にめり込む。

〈サティ〉は一気にハエを踏み倒し、大地とあしの裏に挟み込んだ。


 一瞬にしてハエの頭が潰れ、肉片と体液がほとばしる。

 同時に脚跡あしあとから八つのクレーターが広がり、浅く地面をくぼませた。


 砕けた地面が噴き上がり、親の仇のように空を乱打する。

 濛々もうもうと土煙が立ち上ると、深い闇が動物園を覆い尽くした。

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