どーでもいい知識 セアカゴケグモの毒は「α―ラトロトキシン」

 もちろん、神経毒しんけいどくを持つ生き物は、フグだけではない。


 毒草として有名なトリカブトも、アコニチンと言う神経毒しんけいどくを持っている。

 ヤドクガエルの分泌するバトラコトキシンも、神経毒しんけいどくの一種だ。


 セアカゴケグモの持つ毒は、αアルファ―ラトロトキシンと呼ばれる。


 彼女たちは毒牙で噛み付き、相手に毒を注ぎ込む。


 咬まれた人間は、まず針で刺されたような痛みを味わうことになる。


 痛みは刻々と強まりながら、全身に広がっていく。

 最終的には耐えられないほどになり、胸や腹部に異様な圧迫感を覚えるようになる。


 他にも彼女たちの毒は、リンパせつの腫れや発汗、嘔吐と言った症状を引き起こす。

 筋力の低下や血圧の上昇も代表的な症例で、回復には数時間から数日必要だ。


 毒自体は非常に強いが、今のところ、国内で死者は出ていない。

 咬まれる人は少なくないのだが、それぞれ軽い被害で済んでいる。


 セアカゴケグモは非常に小さく、体長は一㌢程度しかない。


 そのため、一度に注がれる毒の量は、かなり少ない。

 一回咬まれた程度なら、命を落とす可能性は低いだろう。


 ただし病人や小さな子供の場合は、危険な状態に陥ることも考えられる。

 見慣れないクモを見掛けても、触れないほうがいいだろう。


 幸いセアカゴケグモは、大人しいクモだ。


 人間から手を出さない限り、攻撃してくることはほぼない。

 また毒を持つのはメスだけで、オスは無害と考えられている。


 オスはメスより更に小さく、三㍉から五㍉ほどしかない。


 メスと一緒にいるところを見ても、親子にしか見えないはずだ。

 当然、牙も小振りで、人間に傷を負わせるのも難しい。


 メスとオスで違うのは、大きさだけではない。


「セアカゴケグモ」と聞けば、多くの人は真っ黒なクモを想像するだろう。


 しかし真っ黒なのはメスだけで、オスは褐色かっしょくだ。


 地味さと言い、小ささと言い、とてもメスと同じ生き物とは思えない。

 一目でセアカゴケグモと見抜けるのは、かなりの虫好きくらいだろう。


 小柄なオスがメスと接触することには、大きな危険が伴う。


 そもそも「ゴケグモ」と言う名前は、「交尾した後にメスがオスを食べてしまう」ことに由来する。


「ゴケ」とは「後家ごけ」、つまり未亡人のことで、夫がいないことを指している。

「毒が強いため、夫が咬まれると妻が後家ごけになる」と言う説もあるが、これは誤りだ。


 ただし、交尾したからと言って、必ずオスが食べられてしまうわけではない。


 またオスを食べる習性自体は、他のクモも持っている。


 と言うか、肉食の昆虫やクモの場合、メスがオスを食べることは珍しくない。

 昆虫に詳しくない人でも、カマキリのメスがオスを食べることは知っているはずだ。


 セアカゴケグモのメスは、生涯に最大七個から八個ほどの卵塊らんかいを産む。


 何やら聞き慣れない単語だが、「卵塊らんかい」とは複数の卵が集まったものだ。

 セアカゴケグモの場合は、数十から二〇〇個程度の卵で出来ている。


 セアカゴケグモ以外のクモも、卵は卵塊らんかいで産む。


 また、クモには糸で卵塊らんかいを包み込み、卵嚢らんのうと言う状態にする習性がある。

 当然、セアカゴケグモも例外ではない。


 卵から生まれた子グモは、二〇日間ほど卵嚢らんのうの中で過ごす。

 その後、外に出ると、オスは四〇日、メスは七〇日程度で繁殖出来るようになる。


「クモはバルーニングも出来るしね。みんなが思ってるより、棲息域を広げやすいんだよ」


「ばるーにんぐ?」


「糸を使って、風に乗ることだよ」


〈サティ〉は子グモを一匹実体化させ、手の平に乗せる。

 すると子グモは尻を天井に向け、勢いよく糸を噴き出した。


「吹いてみて」


〈サティ〉に促されたディゲルは、恐る恐る子グモを吹く。

 糸が息を押し流すと、引っ張られるように子グモが舞い上がった。


 傘が糸と言うことを除けば、完全にメリー・ポピンズだ。


「と、飛んだ!?」


 ディゲルは声を裏返し、派手にのけ反る。


「クモの子供は、こうやって空を飛ぶんだ。サラグモの仲間みたいに小さなクモだと、成長した後も飛ぶことがあるよ。専門的にはこの行動を、『バルーニング』って呼んでる」


「しかし風に乗ったところで、そう遠くには行けないだろ?」


「と思うでしょ? でも、クモの飛行距離は尋常じゃない」


〈サティ〉はドヤ顔で笑い、チッチッチッと指を振る。


「一九七九年には、東シナ海の真ん中でクモが捕獲されてる。陸から一〇〇㌔離れた船の上で、空飛ぶクモが目撃されたこともあるよ」


「ひゃ、一〇〇㌔……!?」


 ディゲルは目を全開にし、空中の子グモを見つめる。


「そ。しかも目撃したのは、進化論しんかろんで有名なダーウィンさんだよ」


 ダーウィンがバルーニングを目撃したのは、一八三二年一一月一日のことだ。


 この事実からも分かる通り、クモが空を飛ぶことはかなり古くから知られていたらしい。


 彼等が空を飛ぶために出す糸は、「遊糸ゆうし」と呼ばれる。


 五世紀の中国では、既にこの言葉が使われていた。

 また英語の「Balloonバルーン」には、「クモが空を飛ぶ」と言う意味もある。


 英語では古くから、空を舞う糸を「Gossamerゴッサマー」と呼ぶ。

 日本でも目撃されることがあり、山形の一部では「雪迎ゆきむかえ」と命名されている。


 一度に無数のクモが飛ぶと、大量の糸が宙を舞う。


 極細の白線が次々と流れていく様子は、幻想的と言うしかない。

 クモをグロテスクと言う人はいても、糸の群れを嫌う人はいないだろう。


 もちろん、風任せに飛ぶクモが、陸地に降りられるとは限らない。

 むしろ海に落下し、命を落とす個体がほとんどのはずだ。


 反面、賭けに成功すれば、信じられないほど遠くまで棲息域を広げることが出来る。

 新しく島が出来た時、一番にやって来る生き物も、クモだと言われている。

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