死を呼ぶ肝試し

「で、そのご大層な目で、情報は集めてきたんだろうな?」


 疑わしげに訊き、ディゲルは机に身を乗り出す。


「まさかまた一日中、ショッピングモールでガキを観察してたわけじゃないだろうな?」


「それは夏休み限定や。この時期じゃ、みんな小学校に通ってるやろ」


 四風よんぷうはディゲルの机に腰掛け、人並み以上に長い足を組む。

 当然、ディゲルは顔をしかめ、四風の尻を小突こづく。


「おい、机が汚れるだろ! 高いんだぞ、これは!」


「まあまあ、固いこと言わずに」


 四風はヘラヘラと手を振り、机に放置されていたチョコボールを食べる。


 相手が涼璃すずり北島きたじまなら、間違いなくディゲルの鉄拳が飛んだだろう。

 しかし四風を前にしたディゲルは、ただ仕方なさそうに溜息を吐く。


 神尾かみお四風よんぷうと言うのは、本当に不思議な少年だ。


 掴みどころのない雰囲気が、怒る気をなくさせてしまうのだろうか。


「ウチは被害者の友達を当たってたんやが、少し気になる話を聞いてなあ」


「気になる話だと?」


「何でも、被害者は最近、旅行したらしいんや」


「旅行? 海外か?」


 ディゲルの口調は、質問と言うより断定のようだった。

 実際、海外に出掛けていたなら、国内にいないハエに寄生されていたのも納得が行く。


 旅行先が僻地へきちだったとすれば、〈詐術師さじゅつし〉が潜んでいてもおかしくない。

 ハエが野生化していたとしても、被害者の数は限られてくるはずだ。


「いいや、国内や」


「国内!? い、行き先は富士の樹海だろ? それとも、南方の孤島か!?」


 ディゲルは声を裏返し、大真面目に問い掛ける。


「千葉の観光地や」


 四風は懐からパンフレットを出し、机に放り投げる。


 ツヤツヤと光沢を放つ紙には、山や海が印刷されていた。

 水着や登山服の人々は、これ見よがしに歯をさらけ出している。


 パンフレットを読んでいない以上、どういう場所か断言することは出来ない。

 ただ、和気あいあいとした写真を見る限り、前人未踏の僻地へきちと言うわけではなさそうだ。


「都心から車で一時間。山や海はもちろん、温泉まで完備しとる」


「小旅行には絶好のスポットだな」


 ディゲルは鼻で笑い、パンフレットをゴミ箱に投げる。


「お前はここにハエが潜んでると思ってるのか? もしそうなら、今頃、火葬場は首なし死体だらけだぞ?」


「ウチもそう思うんやけどなあ、一つ気になることがあるんや」


 四風はブランコのように足を振り、ディゲルの机から飛び降りる。

 重さを感じさせない動きは、あたかもトンボのようだ。


「どうも被害者は、旅行先で肝試しをしたらしいんや」


「肝試し? いかにも陽キャと言うか、リア充と言うか」


 ディゲルは片頬を吊り上げ、嫌みったらしく笑う。

 青春をエンジョイする若者を妬んだところで、彼女の人生が充実するわけでもないのに。


「しかし、そのパーリーピーポーな愚行が、今回の件とどう関係するんだ?」


「ほら、肝試しって言ったら、『人気ひとけのない場所』でするのが普通やろ?」


「あ……!」


 涼璃とディゲルは声をハモらせ、互いに顔を見合わせる。


「実際、被害者の女性も、廃墟に行ったらしいんや」


「肝試しをするようなとこなら、人の出入りも限られるね」


「ああ、〈詐術師さじゅつし〉が隠れててもおかしくない」


 ディゲルは興奮気味に言い、拳を握る。

 大胆に出したおでこは、すっかり汗だくだ。


「しかも問題の廃墟は、小さな無人島にあるらしいんや。結構陸地から離れとって、行くにはエンジン付きの船が必要みたいやね」


「〈詐術師さじゅつし〉が潜伏するには、絶好の場所だな」


「でも、あの女の人に、船なんか運転出来るかな?」


 涼璃は視線を上に向け、被害者の姿を思い出してみる。


 女性だからと言って、船を操れないと決め付けることは出来ない。

 最近は電車やタクシーの運転手を、女性が務めていることも珍しくない。


 ただ被害者は、アウトドアよりもエステやショッピングを好みそうな女性だった。


 白い肌を見る限り、徹底的に日焼けを避けてきたのは間違いない。

 爪は長く、かじどころか包丁を扱うのも苦労しそうだった。


 とてもではないが、船を操縦するタイプには思えない。


「同行者がいたかも知れんと言うわけか」


 ディゲルは表情を険しくし、四風に目を向ける。

 被害者に同行した人物がいるとすれば、やはりハエに寄生されている可能性が高い。


「誰かと一緒だったことは間違いないんやが、特定までは出来てへん」


 四風は愉快そうに笑い、小刻みに肩を揺する。


「男なのは間違いないんや。ただ、被害者は何股も掛けてたらしくてなあ」


「派手なのは見た目だけじゃなかったってことか。ともかく、一刻も早く相手の男を特定しろ。街中まちなかでハエを産み落とされたら、たまったもんじゃないからな」


 ディゲルは四風からチョコボールを取り返し、口に流し込む。


「……あの、よろしいでしょうか?」


 恐る恐る問い掛け、北島はそうっと手を上げる。


「ハエは飛べます。廃墟が孤島にあったとしても、大人しく留まっているでしょうか?」


「確かに普通のハエは飛ぶが、この間の奴は跳ね回るだけだったんだろう?」


 ディゲルは涼璃を眺め、念入りに確認する。

 涼璃はひとまず頷き、すぐに付け加える。


「でもそれは、あのサイズになっちゃったせいかも知れない」


「もっと小さい奴なら、飛べるかも知れないってわけか」


「うん、ギギガガバエは普通に飛ぶハエだしね」


 涼璃が言うと、北島は縦に首を振る。


蘭東らんどうさんの推察通りです。我々が孵化させたハエには、飛べる個体も存在しました。どうもハエの大きさが一定以上になると、はねが身体の成長に付いていけなくなるようです」


「え!? 『孵化させた』って……、ハエに卵を産ませてるんですか!?」


 発作的に叫び、涼璃は小さく飛び跳ねる。


 部屋中に響いた声は、涼璃自身驚くほど甲高かんだかい。

 魅力的な話を聞いたせいで、普段は眠っている声帯が稼働してしまったらしい。


 そんな素敵な実験が行われているなんて、初耳だ。

 今からでも、参加させてもらえないだろうか。

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