第二章『カエルもザリガニも外来種』

長官はお笑いウルトラクイズが大好き

 秘密組織〈3Zサンズ〉の本部は、目々森博物館めめもりはくぶつかんにある。


 目々森博物館めめもりはくぶつかんは区の運営する施設で、校外学習に利用されることも多い。


 建物は三階建てだが、各フロアの広さは大型スーパー程度だ。

 涼璃すずりがよく行く国立科学博物館こくりつかがくはくぶつかんと比べると、こぢんまりしているのは否めない。

 収蔵品も地域の出土品が中心で、展示数自体も多くはない。


 反面、半球型のドームは、SFチックな雰囲気を漂わせている。

 小学生にはUFOなどと噂されているが、正体はプラネタリウムだ。


 ドーム内を埋め尽くす星々は、開館以来、たくさんの人に愛されている。

 区民はもちろん、区外や他県から訪れる人も少なくない。


3Zサンズ〉の設備は、スタッフルームや地下に置かれている。


 当然、一般客は入れない。

 と言うか、そもそも地下は存在さえ明かされていない。


3Zサンズ〉の長官であるディゲルには、表向き「館長」と言う肩書きが与えられている。


 館長室は一階にあり、〈詐術さじゅつ〉とは無縁の来客も珍しくない。

 そのため、部屋の中は、一般的な応接室に見えるように作られている。


 茶色いソファは本革で、テーブルはガラス製。

 アンティーク調の照明や白い壁紙は、上品なムードをかもし出している。


 どれもこれも高そうだが、不審な点は一つもない。

 洞察力が並外れた人でも、秘密組織の隊長が使っているとは見抜けないだろう。


 ただ、壁際に置かれたチョコレートファウンテンには、我が目を疑うに違いない。


 チョコレートファウンテンは、チョコレートフォンデュに使われる器具だ。

 最近はよく、パーティーや結婚式で使用されている。

 名前は知らなくても、チョコが湧く塔を見たことがある人は少なくないはずだ。


 ただでさえ応接室には不釣り合いな物体だが、大きさも尋常ではない。

 高さと言い、上段、中段、下段に分かれた構造と言い、ウェディングケーキそのものだ。


 勢いよく噴き出すチョコは、部屋中に甘い香りを漂わせている。

 ただ呼吸しているだけで、糖尿病になりそうだ。

 チョコをガブ飲みする誰かは、明日がらないのだろうか。


「それじゃ、あのハエは自然の生き物なのか?」


 怪訝そうに聞き直し、ディゲルは肘掛け椅子にもたれ掛かる。


 目の前の机には、「館長」と書かれたプレートが置かれている。

 いかめしいフォントは、いかにも権力者らしい。


 机自体も校長室にありそうな代物で、威圧的な重厚感を漂わせている。

 ディゲル本人は気に入っているようだが、一七歳の少女に似合うとは言えない。


「いえ、断言は出来ませんが……」


 ディゲルの正面に立つ北島きたじまは、困ったように頭を掻く。


「サイズはケタ違いですが、遺伝子の構造自体はあるハエそのものなんです」


「新種じゃなかったんだ……」


 呆然と呟き、涼璃はがっくりうなだれる。


 体育館で捕まえたハエは、すぐに〈3Zサンズ〉の研究室に運ばれた。

 現在、科学班はハエを飼育しながら、様々な調査を行っている。


「あるハエってのは?」


 ディゲルは小さく首をかしげ、机のマグカップを取る。

 中身はもちろん、ファウンテンからくんだチョコだ。


「はい。南米に棲むハエで、ギギガガバエと言います」


「ギギガガバエ? アマゾンの熱帯雨林に棲息するハエですよね?」


 念のために確認し、涼璃はソファに腰を下ろす。


 来客用のソファは、相変わらずふかふかだ。

 肘掛けに掴まっていないと、無限にお尻が沈んでいく。


「ええ、蘭東らんどうさんのおっしゃる通りです」


「相変わらず、虫にはお詳しいな」


 呆れたように言い、ディゲルは左右に首を振る。

 オーバーなボディランゲージは、珍しく外国人っぽい。


「しかし、アマゾンか。日本には棲息していないのか?」


「はい。そこが分からないところなんですが……」


 北島は口ごもり、眉間にシワを寄せる。


「ギギガガバエが日本で発見されたことはありません。国内に持ち込まれたと言う記録も皆無です」


「つまり、元々棲息していた昆虫が、突然変異を起こしたわけではないと?」


「突然変異を起こすどころか、そもそも日本には存在しないはずなんです」


「でも、噂はありましたよね?」


 涼璃は小さく手を上げ、北島とディゲルの会話に割り込む。


「噂、ですか?」


「ゴルゴスアリを駆除するために、日本に持ち込まれたって」


「初耳です」


 北島は驚き、垂れ気味の目を丸くする。


3Zサンズ〉の科学班は優秀だが、何でも知っているわけではない。


 特にギギガガバエの噂は、マイナーな月刊誌に数行載っていたレベルの話だ。

 信憑性は極めて低い。当の雑誌でも眉唾まゆつば扱いしていた。


「何だ、その一〇個も顔がありそうなアリは」


「くーねえ、ニュースとか見ないの?」


 涼璃は自然と肩を落とし、溜息を漏らす。


「あいにく、私はマス『ゴミ』が嫌いでね」


 恥ずかしげもなく言い放ち、ディゲルは机に足を投げ出す。

 もうちょっとでスカートの中が見えそうだが、本人に気にする素振りはない。


「ドリフ以外を見てると、三秒で寝ちゃうだけでしょ……」


「失礼な。『お笑いウルトラクイズ』も大好きだぞ」


 ディゲルは唇を尖らせ、真剣に反論する。


 確かに水没するバスを観た時は、気が狂ったように爆笑していた。

 同じことを〈3Zサンズ〉でやろうとして、大量の退職希望者を出したくらいだ。


「ゴルゴスアリは南米に棲むアリだよ。何年か前、日本に上陸して問題になった。船の積み荷から発見されたって、大騒ぎになってたじゃない」


「何だか、ヒアリのような話だな。そいつらにも毒があるのか?」


 ディゲルはマグカップを取り、軽くチョコをすする。


「うん、ヒアリよりはずっと弱いけどね」


「ハチ」の仲間であるアリは、大半の種類が毒針を持っている。

 ただ、日本で日常的に見られるアリは、ほとんど針を持っていない。

 中には刺すアリもいるが、痛みはわずかだ。

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