どーでもいい知識 アリを飼う植物が存在する

 強いアリに頼っているのは、昆虫だけではない。


 植物の世界にも、彼女たちを利用しているものが存在する。


 代表例と言えるのが、中米に生えるアリアカシアだ。


 アカシアはマメの植物で、主に暖かい地域に生えている。

 多くの種類がトゲを持つが、アリアカシアのトゲは特に長い。

 実物を見た涼璃すずりに言わせれば、五㌢はあっただろう。


 アリアカシアはこのトゲに、アカシアアリと言うアリを飼っている。


 不思議な共同生活は、女王アリがアリアカシアに飛来するところから始まる。


 まず女王はトゲに穴をけ、内部にある空洞に潜り込む。

 その後、女王は産卵を行い、働きアリの数を増やしていく。


 仲間が多くなり、部屋が狭くなると、アリは別のトゲにうつむ。

 やがて彼女たちは木全体に広がり、アリアカシアはそれ自体がアリの巣になってしまう。


 もちろん、共同生活をいとなむ以上、アリアカシアとアリにはそれぞれメリットがある。


 植物とアリの関係は複雑で、一概に「こう」と言い切ることは出来ない。


 ヒアリのように雑食のアリは、葉っぱや茎を傷付ける。

 病気の原因になるアブラムシを守ることも、見逃せない問題だ。


 反面、肉食のアリは、植物を食べる害虫を駆除してくれる。

 農薬が出来る以前は、害虫駆除にも利用されていたらしい。


 アカシアアリもまた、アリアカシアに来る害虫を捕食する。

 更には宿主の生長が悪くならないように、周辺の植物を刈り取る活動まで行っている。


 アリアカシアはアリの働きに、甘い蜜でこたえる。

 彼等には花外蜜線かがいみつせんと呼ばれる器官があり、葉や茎からも蜜を出すことが可能だ。


 咲く時期の限られた花とは違い、花外蜜線かがいみつせんは一年中蜜を分泌する。

 アリアカシアに棲んでいる限り、アカシアアリが食事に困ることはない。


 アリアカシアのようにアリを棲まわせている植物は、「アリ植物しょくぶつ」と呼ばれる。


 あいにく、日本では発見されていないが、アリ植物しょくぶつは世界中の熱帯に分布している。

 アカネの仲間からコショウの仲間まで、顔ぶれも実に多彩だ。


「言われてるほど毒は強くないけど、ヒアリはすっごく好戦的なんだよ。縄張りに入った相手には、容赦なく攻撃を仕掛けるんだ」


「……超好戦的、ですか」


 ボソッと呟き、北島はディゲルをチラ見する。

 確かに、彼女も機嫌を損ねた相手には、容赦なく攻撃を仕掛ける。

 やたら甘いチョコが好きだし、前世はヒアリだったのかも知れない。


「しかもヒアリは、色んな環境に適応することが出来る。元々は南米の熱帯雨林に棲む生き物なんだけど、マイナス一〇度の寒さにも耐えられるんだ」


「……生まれ故郷とは違う環境に適応する」


 再び呟き、北島はディゲルを盗み見る。

 確かに、彼女もオーストリアから日本に襲来した生き物だ。

 しかも、まんまと新天地に適応し、在来種ざいらいしゅの日本人を迫害している。


「洪水が起きると、自分たちの身体でイカダを作ったりするんだよ。それも数分で」


「ああ、そう言えば、本で見たことがあるな」


「ほ、本!?」


 隊員たちは動きを止め、盛大に裏声を上げる。

 北島は耳に水が入った時のように、何度も側頭部を叩いていた。

 どうやら、耳の不調を疑っているらしい。


 驚いているのは、涼璃も一緒だ。

 まさかディゲルが、ヤンガバ以外の本を読むとは……。


「しかし、アリで出来たイカダなんて、まともに浮くのか?」


「ヒアリの身体は水を弾くんだよ。だから、イカダが水に沈むことはない」


「耐久性はどうなんだ? 激しい流れに巻き込まれたら、すぐバラバラになりそうだが」


「イカダを作る働きアリたちは、あしと顎でがっちり結び付いてる。人間がピンセットでつまみ上げても、イカダが崩れることはないよ」


「急ごしらえのイカダが、そこまで頑丈なのか……」


 ディゲルは言葉を失い、息を飲む。

 大胆に露出したおでこには、汗が滲んでいた。

 どうやら、少しずつヒアリの恐ろしさが分かって来たようだ。


「イカダには卵を持ったアリとか、女王アリとかが乗る」


「群れにとって重要な個体か」


「うん。下のアリは溺れ死んじゃうこともあるけど、絶対にイカダは崩さない。大事なのはしゅを存続させることだけで、自分の命はどうでもいいみたい。ただ長時間漂流してると、お腹の減った働きアリが、幼虫や卵を食べちゃうこともあるとか」


「まあ、雑兵が犠牲になるのは当然だな」


 平然と言い放ち、ディゲルは〈3Zサンズ〉の隊員たちを眺める。

 あえて言うまでもないが、彼女には人望がない。

 沈みかけのイカダがあったら、真っ先に突き落とされるだろう。


 実を言うと、水に対処するアリはヒアリだけではない。


 同じくアマゾンに棲息するグンタイアリも、イカダを作る習性を持っている。

 オーストラリアに棲むウミトゲアリに至っては、海を泳ぐことが可能だ。


「しかしまあ、南米に棲んでた生き物が、何でまた日本にやって来たんだ?」


「外国の生き物が日本に侵入する原因なんて、限られてるでしょ?」


「なるほど、人間か」


 ノータイムで返答し、ディゲルは腕を組む。


「そもそも、ヒアリはいきなり日本にやって来たわけじゃない。二〇世紀の初めくらいから、じわじわと世界中に広がっていったんだよ。最初に上陸したのはアメリカの南東部、アラバマ州の港だったって言われてる」


「『港』……? ってことは、陸路を使ったわけじゃないのか!?」


 ディゲルは目を見開き、極端に眉を上げる。


 確かに、南米と北米は地続きになっている。

 徒歩でアメリカに侵出することも、不可能ではない。


 しかしヒアリが使ったのは、もっと文明的な交通手段だ。


「うん、船を使ったんだよ。正確には、船を安定させるための土に紛れ込んでたらしい」


 涼璃はテーブルのグラスを取り、代わりにポケットのハンカチを置く。


「港に到着した船は、荷物を受け取って、代わりに土を捨てた」


「結果、ヒアリは北米に上陸することになったってわけか」

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