箸休め マーベラスなクモ! ⑥〝それ〟に咬まれたら終わり?

 本当は3回くらいで終わる予定だった今回のシリーズ。


 前回はタランチュラことオオツチグモの毒が、あまり強くないことを解説しました。


 同じく「タランチュラ」の名を持つ「タランチュラコモリグモ」も、毒は強くありません。

 しかし名前の由来になった「タラント」の街には、恐ろしい毒グモの伝説が存在します。

 タラント周辺に棲むクモに咬まれると、「タランティズム」と言う病気になると言うのです。


 ◇世にも恐ろしい(?)「タランティズム」


 タランティズムに掛かった患者は、錯乱さくらん状態じょうたいおちいります。

 そして踊り狂うように暴れ回り、最後には死んでしまうそうです。


 ただし「暴れ回るのは毒の効果ではなく、激痛のせい」と言う説も存在します。

 別の説では、「毒を抜くために踊り続けなければならない」と説明しています。


 ◇「タランテラ」と言う舞曲ぶきょく


 実際、15世紀頃のイタリアでは、突然踊り出すやまいが流行していました。

 またイタリア南部のナポリには、「タランテラ」と言う舞曲ぶきょくが残っています。


「毒を抜くための踊りから始まった」と言う説もありますが、真偽のほどは分かりません。

「毒で暴れ回る人をモチーフにし、踊りを作った」と言う説も提唱されています。


「毒が生み出したわけではなく、曲のほうが先にあった」と考える人もいるようです。

 解毒のために踊られている内に、「タランテラ」と呼ばれるようになったのかも知れません。


 ◇クモとタランティズムは無関係?


 人々はタランチュラコモリグモを犯人だと決め付け、非常に恐れたと言います。


 しかし前回説明した通り、タランチュラコモリグモは毒の弱いクモです。

 当然、人間に激痛を味わわせることはなく、踊りをいるような能力もありません。


 現代の医学では、タランティズムをヒステリーの一種だと考えています。


 真偽はどうあれ、タランチュラコモリグモが無実なことは間違いないでしょう。


 ただ、クモが無関係とは言えないかも知れません。


 ◇ジュウサンボシゴケグモ


 ヨーロッパの南部には、ジュウサンボシゴケグモと言うクモが棲息しています。


 名前からも分かるように、彼等はセアカゴケグモと同じ「ゴケグモぞく」のクモです。


 体長は1㌢程度で、見た目はセアカゴケグモによく似ています。

 ただ背中に13個ほど赤い斑点があり、簡単に見分けることが可能です。


 ◇日本に棲むゴケグモたち


 ゴケグモぞくはヒメグモに含まれるグループで、現在までに約30種発見されています。


 日本にも5種類棲息していますが、在来種ざいらいしゅ八重山諸島やえやましょとうに棲むアカオビゴケグモだけです。

 セアカゴケグモ、ハイイロゴケグモ、クロゴケグモ、ツヤクロゴケグモは外来種がいらいしゅで、特定外来生物とくていがいらいせいぶつに指定されています。


 ヒメグモは大きなグループで、現在までに約2400種発見されています。

 一部例外はありますが、不規則で立体的な巣を張るのが特徴です。


 ゴケグモぞくも同様で、地面に近い場所に巣を張ります。


 特に直射日光が当たらない場所を好むので、ベンチの下や側溝そっこうの中は要注意です。

 エアコンの室外機や、自販機の裏にも気を付けたほうがいいかも知れません。


 ◇ジュウサンボシゴケグモは猛毒の持ち主!


 セアカゴケグモと同じように、ジュウサンボシゴケグモも強い毒を持っています。


 彼女たちに咬まれると、十数分ほどで熱やめまい、鋭い痛みに襲われます。


 痛みはどんどん強くなり、最終的には耐えられないレベルになります。

 更には涙やよだれ、汗が止まらなくなり、血圧の上昇や腹筋の硬直も起きるようです。


 症状が重い場合は呼吸困難や言語障害に陥り、二、三日で命を落とします。

 ただし彼女たちの毒には血清けっせいがあり、治療を受ければ死ぬことはありません。


 ◇タランティズムの原因はジュウサンボシゴケグモ?


「激しい痛みに襲われる」と言う点は、タランティズムの伝承と一致します。

 激痛に襲われたなら、耐えられずに暴れ回ることもあったかも知れません。


 恐らく多くのタランティズムは、ただのヒステリーだったでしょう。

 ただ噂の出所でどころは、ジュウサンボシゴケグモに咬まれて死んだ人だったのかも知れません。


 何より彼女たちの関連を疑わせるのが、タランティズムの流行した時期です。


 本来オーストラリアに棲むセアカゴケグモは、船の積み荷に乗って日本にやって来ました。


 ジュウサンボシゴケグモも大航海時代だいこうかいじだいの船に乗り、勢力を広げていったと考えられています。

 大航海時代だいこうかいじだいが始まったのは15世紀ですが、タランティズムが流行したのもこの頃です。


 ◇タランチュラコモリグモがぎぬを着せられた理由


 しかしなぜ真犯人ではなく、タランチュラコモリグモが恐れられたのでしょうか?


 答えは簡単です。


 タランチュラコモリグモは、ジュウサンボシゴケグモより大きい身体を持っています。

 当然、目立ちやすく、危険なクモだと誤解されることも少なくなかったはずです。


 実際、現代でも、我々はオオツチグモのクモを危険だと思い込んでいます。

 しかし前回説明したように、彼等の毒に人間を殺すほどの力はありません。


 この伝説のせいで、コモリグモはかつて「ドクグモ」と呼ばれていました。

 しかし実態が違いすぎることが問題になり、現在の呼び方に改名されています。


 ◇「タランチュラ」は「タランチュラ」じゃなかった!?


 時がつに従って、「タランチュラ」は恐ろしいクモを意味する言葉に変化します。

 そして巨大なオオツチグモのクモは、タランチュラ以外の何ものでもありませんでした。


 ただ彼等が「タランチュラ」になるまでには、変遷へんせんがあったかも知れません。


 ◇鳥を喰うクモ――インパクトが強すぎた版画――


 鍵を握るのは、1705年にヨーロッパで出版された「スリナムさん昆虫こんちゅう変態へんたい」です。


 博物はくぶつ学者がくしゃのマリア・ジビーラ・メーリアンが記したこの本には、南米スリナムに棲む昆虫たちの版画が掲載されています。

 そしてその一枚に、小鳥を捕らえるタランチュラ(オオツチグモ)のものがあります。


 スリナムから遠く離れたヨーロッパの人々にとって、この絵はあまりに衝撃的でした。


 結果、ヨーロッパの人々は、オオツチグモを鳥に関連する名前で呼ぶようになります。


 例えばイギリスでは、彼等を「バード・イーティング・スパイダー」と呼んでいました。

 ドイツで使われている「フォーゲルシュピンネ」も、「とりグモ」と言う意味です。


 また1818年には、「avicularia」と言うグループも作られています。

 ラテン語で「小鳥に関連する」と言う意味で、「トリクイグモぞく」と和訳されています。


 ◇アシダカグモもタランチュラ?


 一方、1900年頃のアメリカでは、既に彼等のことをタランチュラと呼んでいました。


 ただ、まだ「タランチュラ」と言う言葉に、厳密な定義はなかったようです。

 その証拠に当時の人々は、アシダカグモのこともタランチュラと呼んでいました。


 日本でも見掛けるアシダカグモですが、本来はアジアの熱帯に棲むクモです。

 しかし彼等は輸入されるバナナに紛れ込み、何度もアメリカに侵入していました。


 確かにアシダカグモは無害ですが、見た目はオオツチグモ以上に恐ろしいです。

 黒いヤツを捕まえてくれるのはありがたいですが、家にいて欲しくはありません。


 長くなったので、今回はここまで。


 次回は日本に棲む毒グモを紹介します。


 ◇今回のまとめ


 ☆南イタリアにあるタラントには、恐ろしい毒グモの伝説がある。


 ☆人々はタランチュラコモリグモに咬まれると、「タランティズム」にかかると思っていた。


 ☆タランティズムにかかると、踊り狂うように暴れ回り、最後には死んでしまう。


 ☆「暴れ回るのは毒の効果ではなく、痛みのせい」と言う説もある。別の説では、「毒を抜くために踊り続けなければならない」とされている。


 ☆実際、15世紀のイタリアでは、突然踊り出すやまいが流行していた。


 ☆またイタリア南部のナポリには、「タランテラ」と言う舞曲ぶきょくが残っている。


 ☆タランテラは毒を抜くための踊りから始まった(かも知れない)。


 ☆タランテラには、「毒で暴れ回る人から着想を得た」と言う説も存在する。


 ☆元々、曲のほうが先にあったと言う説も提唱されている。解毒のために踊られている内に、「タランテラ」と呼ばれるようになったのかも知れない。


 ☆タランティズムはヒステリーの一種で、タランチュラコモリグモは無関係。


 ☆タランティズムには、「ジュウサンボシゴケグモ」が関係していると言う説もある。


 ☆ジュウサンボシゴケグモはセアカゴケグモの仲間で、強い毒を持つ。


 ☆ゴケグモの仲間は、国内にも5種類棲息している。ただし元々日本に棲んでいたのは、八重山諸島やえやましょとうに棲むアカオビゴケグモだけ。他の4種類は外来種がいらいしゅで、特定外来生物とくていがいらいせいぶつに指定されている。


 ☆タランチュラコモリグモはジュウサンボシゴケグモより大きい。そのせいで危険なクモと誤解され、ぎぬを着せられた(かも知れない)。


 ☆タラントに残る伝説のせいで、コモリグモは「ドクグモ」と呼ばれていた。しかし実態と違いすぎることが問題になり、現在の名前に変更された。


 ☆時がつにつれ、「タランチュラ」は「恐ろしいクモ」を意味する言葉に変化していった。ただしオオツチグモがタランチュラと呼ばれるまでには、変遷へんせんがあったかも知れない。


 ☆1705年に出版された「スリナムさん昆虫こんちゅう変態へんたい」には、小鳥を捕らえるタランチュラの絵が載っている。この絵があまりに衝撃的だったため、タランチュラは「鳥」に関連する名前で呼ばれていた。


 ☆1900年くらいのアメリカでは、既にオオツチグモをタランチュラと呼んでいた。ただし、アシダカグモもタランチュラと呼ばれていた。


 ◇参考資料


 クモ学 摩訶不思議な八本足の世界

 小野展嗣著 東海大学出版会著


 クモの奇妙な世界 その姿・行動・能力のすべて

 馬場友希著 一般社団法人 家の光協会刊


 新装版 野外毒本 被害実例から知る日本の危険生物

 羽根田治著 (株)山と渓谷社刊


 節足動物ビジュアルガイド タランチュラ&サソリ

 相原和久・秋山智隆著 (株)誠文堂新光社刊


 猛毒生物最恐50

 コブラやタランチュラより強い毒を持つ生きものは?

 今泉忠明著 (株)ソフトバンククリエイティブ刊

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