凶器のない殺人

「魔法を使える種族」と聞いたら、多くの人はエルフのような姿を想像するだろう。

 しかし実際のところ、人間と〈詐術師さじゅつし〉に大きな違いはない。

 事実、ディゲルは〈詐術師さじゅつし〉だが、一目で魔法使いと見抜かれたことはない。


 ただし、〈詐術師さじゅつし〉と人間には、一つ決定的な違いがある。


 わざわざ確認するまでもないが、人間は〈黄金律おうごんりつ〉の存在を感じ取ることが出来ない。

 でなければ、いもしないカミサマを妄想し、のさばらせることもなかったはずだ。


 一方、〈詐術師さじゅつし〉は、生まれ付き〈黄金律おうごんりつ〉を感じ取ることが出来る。

 また同時に、〈黄金律おうごんりつ〉を丸め込み、思い通りの現象を起こす力を持つ。


 実を言うと、〈黄金律おうごんりつ〉を感じ取ることが出来るのは、〈詐術師さじゅつし〉だけではない。

 と言うか、人間以外の全生物は、例外なく〈黄金律おうごんりつ〉を感じ取る能力を持っている。

 ただし、〈黄金律おうごんりつ〉を騙すほどの知能がないため、魔法を使うことは出来ない。


詐術師さじゅつし〉たちは、自分たちが使う「魔法」を〈詐術さじゅつ〉と呼ぶ。


 指先から炎を放つ――。


 敵に雷を落とす――。


 本来ならRPGでしか出来ないはなわざも、〈詐術さじゅつ〉を使えば可能だ。

黄金律おうごんりつ〉に「ある」と思い込ませることで、「ない」ものを実体化させる術さえ存在する。


 もちろん、〈詐術さじゅつ〉にも限界はある。

 大体、何もかも思い通りになるなら、今頃、全宇宙は〈詐術師さじゅつし〉に支配されているはずだ。


 現状、世界一の〈詐術師さじゅつし〉でも、タイムトラベルを行うことは出来ない。

 一般的には、死人を生き返らせることも不可能と言われている。


 他にも〈詐術さじゅつ〉には、色々と面倒な制約がある。

 そのため、〈詐術師さじゅつし〉たちは〈詐術さじゅつ〉を「魔法」ではなく、「技術」と考えている。


 ただ技術だろうが、魔法だろうが、人間にとって脅威であることに違いはない。


 科学の発展と共に、人間は強力な兵器を手にした。

詐術さじゅつ〉を悪用する〈詐術師さじゅつし〉が現れても、ある程度は対処することが可能だ。


 しかし強力な兵器を使えば、大きな被害が出る。

 第一、事件の度に戦車や戦闘機を出動させていたら、費用が掛かって仕方ない。


 また非常識な〈詐術さじゅつ〉を相手にするためには、常識を捨てる必要がある。

 既存の価値観に囚われた警察では、奇々怪々な事件を解明することは難しい。


 そこで人間は、〈詐術師さじゅつし〉の相手を〈詐術師さじゅつし〉に任せてきた。


 一般人に対し、〈詐術さじゅつ〉の存在は公表されていない。

 警察や政治家に目を向けても、真実を知るのはごく一部の人間だけだ。


 しかし各国は密かに〈詐術師さじゅつし〉を集め、怪事件の対処に当たらせている。


 普通の国家には、警察や軍隊がある。

 同じように〈詐術師さじゅつし〉と戦う組織を持たない国は、ないと言っていい。


 ディゲルが率いる〈3Zサンズ〉も、そんな組織の一つだ。

 主に日本を中心に活動し、人々を〈詐術さじゅつ〉の脅威から守っている。


 少し特殊な点は、国の機関ではないことだ。


 日本は奇妙な国で、〈詐術師さじゅつし〉に対抗する組織を持たない。

 古くから〈詐術さじゅつ〉との戦いを、民間の協力者に委ねている。


 また他の組織と異なり、〈3Zサンズ〉にはほとんど〈詐術師さじゅつし〉が在籍していない。

 戦力のかなめになっているのは、人間でも〈詐術師さじゅつし〉でもない「規格外アウトレット」だ。


 涼璃もまた「規格外アウトレット」の一人で、日々、怪人や怪獣と戦っている。

 急に敵が襲って来た時の用心棒として、捜査に同行することも少なくない。


「……凶器はまだ判明してないの?」


 涼璃が質問すると、ディゲルは小馬鹿にするように笑う。


「おいおい、人間の首が切断されたんだぞ? 刃物以外にあり得んだろうが。まあ、刃に実体があるかどうかまでは分からんがな」


 ディゲルは素早く腕を振り、鋭い風音を響かせる。

 たぶん、〈詐術さじゅつ〉でカマイタチを起こしたとでも言いたいのだろう。


「刃物を使ったにしては、切断面が汚くない?」


 涼璃は床に腹這いになり、生首を覗き込んでみる。

 胴体と繋がっていた部分は、ギザギザにちぎれている。

 ぽつぽつと穴のいた皮膚は、虫にでも喰われたかのようだ。

 何とかして胴体に縫合しようとしても、ぴったりとはくっつかないだろう。


 首の骨の断面もデコボコで、ヤスリを掛けたようにザラザラしている。

 不用意に触れたら、すり傷を負ってしまうかも知れない。


「切れ味の悪い刃を使ったのかも知れん。正直、あまり考えたくない話だがな」


 ディゲルは顔を歪ませ、胸焼けを起こしたように舌を出す。

 確かに、どうせ首を切り落とされるなら、スパッ! とやられたほうが楽だ。

 じわじわ斬首されるなんて、考えただけで鳥肌が立つ。


「でもさ、少しずつ首を切られたら、さすがに暴れない? 監視カメラを見ても、特別変わった様子はなかったんでしょ?」


「犯人が麻酔を掛けたって線もあるが、確かに気になるな」


「血もほとんど出てないよね?」


 首を通る頸動脈けいどうみゃくは、人体の中でも太い血管だ。

 切断すれば、大量の血が噴き出す。


 にもかかわらず、遺体の周囲には僅かな血痕しか見当たらない。


 店内を見回してみても、血飛沫ちしぶきの痕跡は見付からなかった。

 派手に汚れた場所から、遺体を移動させたわけでもなさそうだ。

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