カミサマは計算機
「被害者の名前は
「若い女の人が、こんな夜中に出歩いてたの?」
「最近の女子大生なら、珍しくもないだろう?」
ディゲルは両腕を垂らし、脱力気味に笑う。
「おかしいって言うなら、JCが深夜の
「そうかなあ……?」
言われてみれば、深夜の街より山のほうが危険な気もする。
実際、野犬やクマと遭遇したことは、一度や二度ではない。
アマゾンのジャングルに遠征した時は、アナコンダの襲撃を受けた。
「被害者は自分の足でファミレスに入り、コーヒーを注文した――こいつは間違いない。店員が証言しているし、監視カメラも確認済みだ」
ディゲルは天井を見回し、監視カメラを指し示していく。
四隅に設置されている以上、死角はないと言っていいだろう。
「歩き方とか目付きとかは? 何か変じゃなかった?」
「どっちもしっかりしてたよ。コーヒーを注文する時も、ろれつが回らないようなことはなかったらしい」
「この人が亡くなった時、他のお客さんはいなかったの?」
「ああ。こんな時間だろう? この店はあまり立地もよくないしな」
ディゲルは目をこすり、無数の空席を見回す。
改めて時間を意識したことで、眠気を感じたのだろう。
客のいない店内は、やけにだだっ広く感じる。
隊員たちが動き回る音は、体育館のように響いていた。
「と言うかな、誰にも襲われてないんだよ、この女は」
「え!?」
反射的に口が
ディゲルはオーストリア出身だが、日本語が苦手と言うことはない。
むしろ母国の公用語であるドイツ語より、日本語のほうが得意なくらいだ。
ではなぜ、ディゲルの発言が全く理解出来ないのだろう?
一〇年以上付き合ってきたはずの日本語が、突然、理解不能になってしまった。
「お前はこう言いたいんだろ? 『なら、誰がどうやって首を落としたんだ?』ってな」
ディゲルは
いらだっているのはもちろんだが、それ以上に困惑しているらしい。
「監視カメラを見た限り、被害者の後に入って来た客はいない。昼間や夕方来店した客が、何かを仕掛けていった形跡もなかったよ」
「……店員さんの犯行ってことは?」
「断言は出来んが、その可能性は低いだろうな。注文を取った時にも、コーヒーを届けた時にも、不自然な動きはなかった」
ディゲルは喉に手を当て、首を切るようにスライドさせる。
「要約するなら、それまで普通だった女の首が、何の前触れもなく落ちたってわけだ」
「……それじゃ、私たちが呼ばれるのも当然の話だね」
人間が人間の首を切り落としたなら、普通に警察が呼ばれる。
わざわざ防衛チームチックな集団に、声を掛けるはずがない。
「監視カメラに映らないように、透明になったとか?」
「あるいは店の外から、目に見えない攻撃を仕掛けたのかも知れん」
ディゲルは眉を寄せ、重苦しく腕を組む。
「どちらにしろ、〈
「〈
この世界には、森羅万象を
そんな風に主張したら、世間の人々は涼璃の正気を疑うかも知れない。
宗教の勧誘? と身構える人もいるだろう。
だが間違っているのは、世界中が信じる常識のほうだ。
教科書が否定しようが、科学者が否定しようが、現実は変えられない。
この世界には、間違いなく「カミサマ」がいる。
とは言っても、人間のイメージする「神様」と実物には、大きな違いがある。
例えば神話に登場する「神様」は、自分を
しかし現実の「カミサマ」は、バチも恩恵も与えることの出来ない存在だ。
それ以前に「感情そのものがない」と言ったら、驚きの声が上がるかも知れない。
〈
〈
マッチに火が
それどころか、〈
そういう意味では、「あらゆる現象を支配している」と言う看板に偽りはない。
下手をすれば、架空の神様以上に、生物の
ただし、〈
と言うか、自分だけでは小石一つ動かせない。
計算機が答えを導き出すためには、誰かにボタンを押してもらう必要がある。
〈
誰かが
しかし自らマッチを
ただ同時に、〈
そして全てのものは、〈
仮に〈
「飛べ」と命じられた人間は、空を飛ぶ。
「落ちろ」と命じられた星は、落ちるしかない。
もし〈
本来ならあり得ない命令を出させ、不可能な現象を起こすことが可能になる。
これまた正気を疑われるような話だが、この世界には実際に「魔法使い」がいる。
「魔法使い」と言っても、薄暗い森で特別な修行を積んだわけではない。
彼等〈
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