週五で雑木林に通う美少女

蘭東らんどう涼璃すずり」と言う名前を聞いた時、日本人以外を想像する人はいない。

 いかめしい漢字のせいで、黒目黒髪と信じ込まれることがほとんどだ。


 その実、目の前の鏡には、真っ青な瞳が映っている。

 少し長めのショートヘアも、まばゆいばかりの金髪だ。

 おまけに毛先は、外国の人形のようにカールしている。


 一三歳の割には、少し童顔だろうか。

 実際、初対面の相手には、高確率で小学生に間違えられる。


 身長は平均より低く、発育もよいとは言えない。

 貧相な胴体に細い手足を付けた姿は、操り人形のようだ。


「うわ……、泥だらけだ……」


 一晩中、山にいたせいで、鏡に映った顔は真っ黒になっている。

 顔を誉めてくれる人たちに見られたら、また「もったいない」を連呼されてしまうだろう。


 自分がかわいいのか? そうでないのか?


 正直、涼璃にはよく分からない。


 何しろ、相手は一〇年以上も見続けてきた顔だ。

 身近過ぎて、絶賛することも嫌うことも出来ない。


 ただ周囲に言わせると、涼璃の顔は非常によく出来ているらしい。

 大げさな男子たちは、「一〇〇点満点中の一二〇点」と形容していた。


 確かにまつげは長く、ツった瞳は人並み以上に大きい。

 しかし幸が薄そうと言うか、神経質そうと言うか、愛嬌のようなものは全くない。


 ぼそぼそとした喋り方もあって、インドア派と決め付けられることも多い。

 週五で雑木林に通っていると言うと、声に出して驚かれる。


 顔の作り自体は、姉と全く同じはずだ。

 なのに、なぜこうも陰気な雰囲気が漂っているのだろう?

 よく笑っていた姉に比べて、表情を作るのが下手なせいだろうか。


「お姉ちゃんはモテてたけど、私は辛気臭いだけだよね……?」


 涼璃は洗面台と向き合い、目一杯蛇口を開く。

 更に両手で水をすくい取り、顔面に叩き付けた。


 ごしごし顔を洗うと、洗面台に溜まる水が濁っていく。

 頃合いを見て、顔を上げると、鏡に映る顔は真っ白になっていた。


「服もすっごいけど、こっちはしょうがないか」


 赤と黒に色分けされたスタジャン、デニムのショートパンツ。

 どちらにも、乾いた土がこびり付いている。

 黒いサイハイソックスに至っては、所々裂けていた。


 ボロボロの格好を見たら、世界中の人が訊くだろう。

 焼け出されたのか? と。


「また怒られちゃうかな」


 涼璃はハンカチを出し、びしょ濡れの顔を拭く。

 その後、頬の傷に絆創膏ばんそうこうを貼り、女子トイレを出た。


「おい、こっちだ! 早く来い!」


 ディゲルは声を張り、涼璃を窓際の席に呼び寄せる。

 彼女の足下には、一畳ほどのブルーシートが掛けられていた。


 シートの端からは、ブーツを履いた足がはみ出ている。

 ピクリとも動かない以上、死んでいるのは間違いない。


「……それが今回の被害者?」


「まあな。今回もなかなか酷い有様だよ」


「……ひどくなかったら、私たちを呼ばないでしょ」


「分かってるじゃないか。毛も生えてない小娘のくせに」


 ディゲルは薄いゴム手袋をはめ、ニヤリと笑う。

 そして涼璃が近くに来るのを待ち、ブルーシートをめくった。


 一瞬にして死臭が広がり、隊員たちの顔を歪ませる。

 彼等は次々と目をつぶり、明後日の方向に視線を逸らした。


「うげぇ……」


 若い隊員は口を押さえ、トイレに駆け込む。

 顔に見覚えがないところを見ると、新人なのかも知れない。


 吐き気を覚えるのも、無理はない。


 女性の死体は、綺麗に首が落ちている。

 身体と離れ離れになった頭部は、腰の脇に置かれていた。

 一見、マネキン人形のようだが、口元には血が滲んでいる。


「……苦しんだ様子はないね」


 涼璃は少しの間、目を閉じ、被害者に手を合わせる。

 その後、遺体の傍らにしゃがみ込み、生首に顔を寄せた。


 被害者はカッと目を見開き、天井を凝視している。

 だが表情自体は無味無臭で、他人事ひとごとのような空気さえ漂わせていた。

 死ぬ前に苦痛を味わったなら、もっと歪んでいるはずだ。


 死を意識する暇もなく、首を落とされたのだろうか?

 いや、薬や洗脳のせいで、朦朧もうろうとしていた可能性も捨てきれない。


「相変わらずかわいげのないロリだな。卒倒くらいしたらどうだ?」


「……もう慣れたよ」


 ディゲルたちに力を貸していれば、死体を見る機会には困らない。

 しかも涼璃に声が掛かるような死体は、悲惨な状況であることが少なくない。


 首がないくらいなら、むしろ綺麗なくらいだ。

 一目で人間と分かるのだから。


「その歳で死体に慣れちまうとはな。救えない小娘だ」


「……私もそう思う」


「死体に眉一つ動かさない」なんて、かっこいいことではない。絶対に。

 むしろ大事な何かが欠けていることに、憐れみを受けるべきだ。


 トイレに駆け込んだ隊員は、延々と胃の中身を吐き出している。

 周囲の隊員は苦笑いしているが、涼璃は彼が羨ましくて仕方ない。

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