第3話 ヒーローの誕生
内也が隊長と呼んでいる女性が戻ってきたところで、壮志郎は忘れず礼を述べる。
その女性は反逆軍所属である内也の先輩であり、夢原隊のリーダー『夢原希子≪ゆめはらきこ≫』であり、当時反逆軍最強と呼ばれる守護者10名の座にいずれは就くとされているスーパーエリートだった。
反逆軍は独立魔装部隊と呼ばれる特殊部隊を除けば、任務は基本的に2人から4人で1組のチームで遂行する。
「よかったよー手遅れじゃなくて」
「本当に格好良かったです」
「それはうれしーなぁ」
心底嬉しそうに歯を見せて笑う夢原に、壮志郎は尋ねる。
「俺、もうすっかり惚れちゃって。その、俺も――」
内也が目を見開いたのは驚きからに違いなかった。
「なれるよ。その覚悟があれば」
「覚悟?」
「ヒーローはね。光ばかりを見るものじゃない。例えば君、人を殺せる?」
「それは……」
「例えば君、多くの人々を助けるために、生きたいと願っている少数派を見捨てられる? 例えば君、戦ったら自分が死ぬっていう絶対に勝てないって相手でも逃げずに戦える? 例えば君、毎日骨折よりもひどいけがを何度しても立ち上がれる自信はある?」
「え……」
「反逆軍は苦しむ人々を助ける組織だけど、きっと君が考えているようなきれいな組織じゃない。私たちは常勝じゃない。毎日反逆軍からは死者が出ている。人々を助けるために、その命を犠牲にする仲間がいるの」
脅しにも聞こえるそれは事実だ。
『おそろしきもの』の中にも強弱はあり、今日のような雑魚もいれば、反逆軍が総出でかからないと勝てない化け物まで数々存在する。そして現れる怪異は決してどのようなものか会うまで予測はできない。
出会った相手が自分の死神になることだってあり得るのだ。
「悪いこと言わないからさ。そんなに覚悟がないならやめたほうがいいよ。早死にしやすいからね。この仕事。それに、私は違うけど、君ね、それほかの人に言ったら殺されるよ。軍にいる人たちは、家族を奪われたり復讐をしたい人がいっぱいいるからさ」
明確な脅しだった。
壮志郎が抱いた夢をすぐに崩壊させる一言。
しかし壮志郎が折れない理由は内也にあった。
「じゃあ、なんで内也はそんな危ない仕事をしているんだ」
壮志郎は隣にいる友に尋ねる。
内也は隠す必要はないと思ったのか、もったいぶらずに彼に自分が持っている思いを述べた。
「俺も、助けられたんだ。師匠に」
「え……?」
「1年前、お前と同じように襲われたところを助けられた。だから俺は、恩返しがしたかったんだ。命を救ってくれたこの人の役にために、そのためなら命をかけてもいいと思えるほどに。まあ、師匠に怒られたけどな」
「当然! 何もかも生きてこそだからね」
「でも、大事なことを教わりました。あなたの恩返しのためじゃなくて、誰かが命をかけてでも今日みたいにここに住む多くの人を守るための生贄は必要であり、自分たちが戦うのは、この京都という、人間にとって最後の楽園に住む人々に感謝されるためなんだって」
希子はうんうんと満足そうにうなずいている。
自分とは違う崇高な目的と意識を持っていてそれを堂々と語る内也に、壮志郎は供の知られざる誇りと、自分との格の違いを見た気がした。
普通ならそこで諦めるだろう。お前には覚悟が足りなすぎる、生半可な覚悟でこの世界に入ってくるなと強くくぎを刺されたのだから。
しかし。
壮志郎は折れなかった。
なぜか、と言われれば本人にも理解できない感情がそこにあったからだろう。
輝かしい活躍をするのが目的ではなく、ただ、初めて現実にしてみたい憧れを目にしたから、逃げるという選択肢がなかったのだ。
「馬鹿にしてもらって構わないよ。でも、やるだけやってみたい」
「お前!」
「……覚悟はするよ。今すぐは無理でも、いつか必ず。だから、やらせてほしい!」
内也も希子も、そしてすべての反逆軍の人間が見たことのない、ヒーローになりたいからという理由で軍に入る男が誕生したのだ。
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