9 事情聴取④

 私たちは従業員の事情聴取を終えたので、次に、宿泊客の岡倉君子に話を聞くことにした。32歳、東京でブティックを経営していて、京子とはまた違う感じのイケイケな女性だった。係長が聴取を始めた。

「岡倉さん、昨晩9時頃ですが、何をされていました?」

「ええ、その時間なら、部屋でテレビを見てました」

「何の番組を?」

「えっ、何って、色々とチャンネルを変えてたから、特定の番組じゃないので、いちいち覚えてないです」

「部屋にいたことを証明できる人はいませんか。例えば、その時間に誰かと長電話をしたとか、なかったですか?」

「いえ、誰とも電話をしていませんし、証明できる人はいません」

「そうですか。えー、9時頃、銃声を聞きませんでしたか?」

「銃声? いえ、聞いてません」

「亡くなった熊田さんと吉村さんについて、何か知っていることはありませんか?」

「何かと言われても、面識もないので」

「お二人はあなたの二つ隣の部屋に宿泊されてました。何か言い争っている声が聞こえたとかは……」

「二つ隣の部屋からは何も聞こえてきませんよ」

「二階へ行ったことはありますか?」

「二階ですか、ええ、はい。露天風呂を見に行きました。昨日ここに到着してからすぐに。ちょうど昼の12時頃だったかしら」

「二階へ行ったのはその時だけですか?」

「ええ。結局露天風呂を利用しなかったので」

「なぜ利用しなかったんですか?」

「なぜって、山に囲まれてますよね。それで、熊が出るって聞いたので。そもそも夜、吹雪いてましたから、それで利用しなかったんです」

「熊が出るんですか。私は初めて聞きました。そのことを誰から聞きましたか?」

「ああー、この旅館に来るのに乗ったタクシーで聞きました」

「亡くなったお二人についてですが。熊田さんは、熊の着ぐるみの頭の部分だけをかぶって全裸で露天風呂で死亡していました。吉村さんは、露天風呂の向こう側にあたる、旅館の裏側で全裸で雪に埋もれて死亡していました。どう思われますか?」

「どうって……。大雪が降っていたのに、露天風呂にわざわざ入りに行くんでしょうか。しかもかぶり物をしてまで。それと全裸で旅館の外に行くなんて普通はしないと思います」

「いや、吉村さんはどういう事情で旅館の裏側に行って全裸で亡くなったのかまだわかっていません」

「はあ……」

「かなりおかしな状況だと思いませんか」

「ええ、思います。今言いましたが、着ぐるみをかぶる必要ってあったんでしょうか。雪が降ってるのに全裸になる必要があったんでしょうか」

「もちろん、それもおかしなことだと思います。私、刑事もののドラマを見るのが好きでしてね。露天風呂で殺人が起こるドラマってたくさんありましたよ。しかし、大抵、いや絶対に、混浴露天風呂で起こるんですよ。男湯露天風呂で殺人が起こるドラマなんて見たことがないです」

「はあ……」

「露天風呂はロマンです。露天風呂と聞くだけで、何かこう心がざわざわとしてくるというか……」

「はあ……」

「昔見たドラマが記憶の中で鮮明に甦ってくるんですよ」

「……」

「ちょっと、係長」

 係長が変にヒートアップしてきたので、京子がすぐに止めに入った。

「男湯で殺人事件が起こったことが、おかしなことなんです!」

 係長は興奮しながら話を続けた。

「はい?」

「女湯で起こっていれば、私は女湯で現場検証ができたんです。ひょっとしたらあなたが入浴している最中に捜査できたかもしれないんですよ!」

「はあ?」

「係長、ハラスメントですよ!」

 京子が冷たく言い放った。

「お、お、おう、つい興奮してしまった」

「係長、退室して下さい。さもなければ課長に報告します」

 係長はすごく悲痛な顔で部屋から出て行った。京子が代わりに質問を続けた。

「岡倉さん、申し訳ありませんでした。で、話を少し戻します。似たような質問を繰り返すかもしれませんが、亡くなったお二人、全裸で、内一人は着ぐるみをかぶって亡くなっていました。そのことをどう思われますか?」

「変態だと思います」

「そうですか。係長がたいへん失礼をしました。そのことなんですが、係長が言った質問についてなのですが、係長は――」

「変態だと思います」

 岡倉君子はきっぱりと言い切った。

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