10 事情聴取⑤

 岡倉君子は少し不機嫌な顔で部屋から出て行った。

 京子は係長を呼び戻した。

「係長、さっきの発言はセクハラですよ。署に苦情の連絡がきたりしたらどうするんですか!」

「いや、すまん、すまん。ついうっかり、本音が出てしまった」

「彼女、係長のことも変態だと言いましたよ」

「俺も、ということは、亡くなった二人のことも変態だと言ったのか?」

「はい」

「旅館の主人、女将、従業員の森田一子、木村さだお、それに宿泊客の岡倉君子、その全員が、亡くなった二人のことを変態だと言った。単なる偶然か?」

 私はこの時ハッとした。私は先入観にとらわれているのかもしれないと思った。ひょっとしたら、彼らは亡くなった熊田と吉村のことを知っているのかもしれないと。

「そうですね、係長、何か匂いますね」

「えー、小春、何も匂わないって。頭だけ着ぐるみをかぶって、あと全裸なのよ。変態でしょ。吹雪でしかも雪が積もってるのに、全裸で外にいるのよ、変態でしょ」

 京子が軽いノリで私の不安を吹き飛ばしてしまった。

「んー、確かに、常識的に考えて、変態だな。磯田の言う通りかもしれん。俺の思い過ごしかもなあ」

「そうですよ、係長」

 京子はおそらく深く考えずに言った。

「そうだな。しかしだな、テレビドラマでだな、露天風呂で殺人事件が起きる場合は昔から混浴露天風呂だと相場が決まってるんだ。露天風呂と殺人、この二つの言葉から、俺にはもう混浴露天風呂しか頭に浮かんでこないんだよ!」

「係長、今はもう昭和ではありません。時代錯誤ですよ」

「おう、磯田、一緒にどうだ? 女湯露天風呂を混浴にして、俺と一緒に入らないか?」

「係長~、県警のセクハラ相談窓口に通報しますよ~」


 係長のセクハラ発言が混ざったおバカな会話は終わり、私たちはホラー映画研究会のメンバーに事情聴取を始めた。

 16名全員、事件当日の夜8時から11時30分頃まで二階宴会場で宴会をしていた。全員がトイレに立ったことがあるというので、全員のアリバイは完全ではなかった。数名が、熊田しか雄と吉村けんと挨拶を交わすぐらいのことはしたと言った。しかし誰も、害者二人と深く話し込んだりはしていなかったようだ。

「熊田さんは全裸で熊の着ぐるみを頭にだけかぶって男湯露天風呂で死亡していました、吉村さんは全裸で旅館の外で雪に埋もれて凍死していました。どう思われますか?」

「変態なんですかね」

 ・

「――どう思われますか?」

「変態ですよね」

 ・

「――どう思いますか?」

「変態なのかな」


 ホラー映画研究会のメンバーからは、たいした情報を得られなかった。だが、メンバーの今村知子の言ったことが私にはひっかかった。

「そうですね。女将さんと旅館のご主人さんが、口喧嘩をされてました。その時、すぐ近くに、亡くなられた二人が、えーと、受付前のロビーでコーヒーを飲んでました。なので、もしかしたら何か関係があるのかなと思います」

 今村知子、20歳、都内の大学に通う学生。繊細で、どんな細かなことでも見逃さずに観察するような感じの少しシャイな女子学生に見えた。亡くなった二人の死亡状況について彼女にも尋ねてみたら、次のように答えた。

「変態だと思います」

 今村知子もきっぱりと言い切った。

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