8 事情聴取③

 次に私たちは、木村さだおに事情聴取した。39歳、この旅館の料理長だ。と言っても、料理人は彼一人しかいなかった。京子が質問役にまわった。

「木村さん、昨晩9時頃、どこで何をなさってましたか?」

「調理場で料理をつくったり、後片付けをしたりしてました。宴会がありましたから」

「ずっと調理場にいましたか?」

「いえ、ああ、ええと、ええ、外の空気を吸いに行ったりとか、しましたから、ずっと調理場にはいなかったです」

 木村はぶっきらぼうに答えた。調理場はスタッフルームの中にある。四人の従業員全員がスタッフルームを出入りしていたようで、アリバイを証明するのは難しかった。

「女将さんたちも、スタッフルームから宴会場まで行ったり来たりしていたので、アリバイ証明は無理そうですね」

「刑事さん、私、疑われてます?」

「決してそういうわけではありません。関係者全員に同じ質問をしています」

「ふーん」

「昨晩9時頃ですが、銃声が聞こえませんでしたか?」

「いや、銃声なんて聞こえませんでした」

「亡くなった熊田さんと吉村さんについて、何か変わったことはありませんでしたか?」

「わかりませんね。私は基本、調理場にいますので、亡くなったお二人とは顔を合わせたことすらありません」

「昨晩、二階へ行きませんでしたか?」

「いえ。私は二階へは上がりません。持ち場が調理場ですし、配膳はご主人と女将さんと森田さんが担当しますので、私が二階へ上がることはまずありません」

「熊田さんは露天風呂で熊の着ぐるみの頭の部分だけをかぶって全裸で亡くなってました。吉村さんは、露天風呂の下側、つまり旅館の裏側で全裸で亡くなってました。どう思われますか?」

「いや、どうって……」

 木村さだおは京子に押された。京子はさらに捲し立てた。

「吹雪だったにもかかわらず、いくら暖かい露天風呂があるとはいえ、二人とも全裸でした。熊田さんは着ぐるみをかぶっていた、しかも頭だけです。吉村さんは、外の雪の上で全裸だったんです」

「変わった亡くなり方ですね」

「そうです、変わってます。なぜ、熊田さんは露天風呂に来て着ぐるみを着たのか、なぜ頭以外の部分を脱いであったのか。裸の上から着ぐるみを着るのが快感だったのか、それとも新手のコスプレだったのか。なぜ吉村さんは旅館の裏側で亡くなったのか。吉村さんは露天風呂の柵から転落したのか、そうでなければ、旅館の入口から裏に回ってから服を脱いで全裸になったのか、それとも始めから全裸になって旅館の入口を出て裏へ回ったのか。どうであれ、正常ではありません!」

 京子はヒートアップした。私と係長はじっと木村の表情、動作を観察していた。

「ええ、そうですね」

「どう思いますか?」

「正常ではありませんね」

「そうです、普通じゃないですよね!」

「ええ、変態ですね」

「昨晩9時ごろ、あなたは調理場を出てどこへ行きましたか?」

「ええ、ああ、ええ、外の、まあ、空気を、吸いに、ですね……」

 京子の矢継ぎ早の質問を受けて、木村が動揺した。

「う、ええ、まあ、ええ、外へ……」

「外に出たんですね?」

「ええ、でも銃声とかは聞こえませんでした。すごい吹雪でしたので」

「そうですか。係長、他に何かありますか?」

「いや、特に」

「では、木村さん、ありがとうございました」

 木村はばつの悪い顔をしながら仕事に戻った。

「係長、あの男、何か隠してますね」

 京子は勢いで追いつめる尋問が得意なのだ。とりあえずこれで、従業員からは話を聞き終えた。

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