6 事情聴取①
私と京子、それに係長は、事情聴取を始めることにした。まずは旅館の従業員に対して行おうとしたら、京子が気づいた。
「係長、高木先輩はどうしたんですか?」
「ああ、今朝、市民病院に意識不明の患者が運ばれたんだが、どうやら事件性があるらしくてな。高木に行ってもらった」
「えーっ? 係長、私に言ってくれれば、代わりに行ったんですけど」
「おお、俺も、磯田、お前に頼もうと思ったんだがな、高木が自分で行くと言ったんだ」
「ちっ、高木の野郎、出し抜きやがったな」
京子がボソッと本音を言った。京子はたまにそういうときがある。そして高木先輩も京子と同じで怖がりなのだ。今思えば前夜、高木先輩はこの旅館の雰囲気に少し怖がっていた気がしたし、幽玄荘という旅館の名前におそらくビビっていたと個人的に思った。それどころか、殺人事件の捜査に参加できる度胸など高木先輩にあるはずない、と私だけでなく署内の誰もが思っていた。それぐらい高木先輩は怖がりなのだ。
「ちょっと京子!」
「はっはっはっ、先に磯田に連絡すればよかったか?」
「そうですよ、係長、次からは私に先に連絡をお願いします」
警察という階級組織で、上司とそういう会話をできる京子がうらやましかった。
私たちは、旅館の従業員に順番に聞き取り調査を行った。従業員は4名。まずは、第一発見者の森田一子からだ。彼女は主に旅館内の清掃を担当する従業員だ。年齢は56歳、先代の主人のときから働くベテランだ。
「昨夜お話ししました以外に、何もありませんけどねえ。もう一度ですか、ええ。昨日の夜10時半頃に、急に吹雪いてきましたので、もし露天風呂にどなたか入っていらしたら大変なことになるやもしれないと思いまして、露天風呂に行きました。最初、女性の脱衣所へ行き、お声がけをして、中を確認しました。衣類がありませんでしたし、念のために露天風呂を見ましたが、どなたもいらっしゃいませんでした。それから、男性の脱衣所で、声をおかけしてから、中へ入りました。衣類が置いてありましたので、どなたかが露天風呂へお入りになっているようでした。なので、声をかけさせていただきました、何度もお呼びしましたが、返事がなく、仕方なしに戸を開けて、確認しましたところ、頭にかぶり物をして男性が倒れていらっしゃいました。私はもうびっくりしまして、近寄って呼んでみたのですが、反応がありませんでした。なので体を揺すってみましたが、血がたくさん流れてまして、全く反応がありませんでしたので、スタッフルームへ行って救急車と警察を呼んでほしいと女将さんたちに言いました。それから後は、救急車とパトカーが旅館へ来て、その男性の方は熊田さんで、殺されたみたいだということを刑事さんから聞きました」
森田一子はとても品が良く、いかにも昭和という物腰の女性だった。言動に怪しいところはなく、自分の記憶を忠実に辿りながら話してくれた。私の個人的な見解だが、50歳代の女性は感情的かつ主観的に話す人が多いと思うが、森田一子は客観的に、わかりやすく話してくれた。係長が彼女に質問した。
「えー、昨夜お伝えしましたが、露天風呂の4メートル下の向こう側になる、この旅館のちょうど裏側で、もう一人の男性、吉村さんが死亡していました。そのことについては、何か?」
「いえ、全く私にはわかりません」
「昨夜、銃声を聞きませんでしたか?」
「銃声? いえ、聞いていません。吹雪きでしたから、風の音がすごくて、大きな音がしたとしても聞こえたかどうか……」
「亡くなった熊田さんと吉村さんは昨日からこちらの旅館に滞在していました。二人について、何か気になったことはありませんでしたか?」
「いえ、何もありません」
「夜9時頃は、何をされてましたか?」
「ええ、ホラー映画研究会の方々の宴会にずっと付き添ってましたから、そうですね、8時から10時半頃まで宴会場にいました」
「そうですか、熊田さんは着ぐるみを頭にかぶって全裸で亡くなっていました。吉村さんは旅館の裏側で全裸で亡くなっていました。とても奇妙なのですが、どう思われますか?」
「ええ、大変言いにくいのですが、変わった性癖をお持ちだったのかなと思います。変態だったのでしょうか……」
森田一子はすごく上品に言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます