4 現場宿泊
私と京子は幽玄荘に宿泊することになった。鑑識班の作業は夜が明けるまで続くはずだったし、人の出入りを確認するために制服警官が旅館の内外に複数人配置されていた。私たち二人が宿泊するのは、おそらく旅館の関係者や宿泊者に睨みを利かせるためだった。
私たちは、旅館を入って一階の中央階段右手から三つ目の部屋を、旅館側から用意された。13号室だった。スタッフルームの斜め前にあたる部屋だ。部屋に入ると、京子が震え出した。
「どうして13号室なの。小春、この部屋何かいる。絶対何かいる」
「京子、何もいないって」
部屋は和室だった。床の間に鎧兜が飾られてあり、横の押入れの戸が少し開いていた。壁には意味深な御札が貼ってあった。ミミズが這ったような字で何かが書かれてあったが、読めなかった。
「いやああああああ!」
「大丈夫だから、京子」
京子はすごく怖がりなのだ。よりによって、いかにも“出そう”な部屋があてがわれて、京子はパニック状態だし、京子の面倒を見なければならない私は非常に困った。
「キャーッ! 鎧を着た亡霊がこっちを見てるー!」
「ただの飾り物の鎧兜だから、ほら」
私は鎧兜から、兜だけを引き離して見せた。
「キャーッ! 押入れから何かが覗いてるー!」
「戸が少し開いてるだけだから、ほら」
私は押入れの戸を開けて、中に誰もいないことを見せた。
「キャーッ! 御札が貼ってあるー!」
「御札くらい、どこの家にもあるでしょ、家内安全とか、商売繁盛とかさ」
私は御札に近づいてよーく見た。どうやら達筆な字で≪電気はこまめに消しましょう≫と筆で書かれてあった。何十年も前から貼ってあるようだった。
「京子、大丈夫よ。電気はこまめに消しましょう、だってさ」
京子は顔が青ざめていた。
「そんなこと書いてない、そんなこと書いてない、そんなこと書いてない、そんなこと書いてない」
「京子、ちゃんとよく見て。昔の人が書いたのよ。殴り書きしてあるから読みにくいだけ。ほら、電気はこまめに消しましょう、って書いてあるでしょ」
京子は首を小刻みに横に振っていた。この部屋には霊がいると完全に信じ込んでいるみたいだった。
時計を見たら深夜2時ごろだったので、もう寝ることにした。
「京子、布団敷くわよ、手伝って」
「何かいる、何かいる」
「何もいないから、早く」
布団を敷き終えて、歯を磨いたりトイレに行ったりと寝る前の準備をしていると、京子がまた叫んだ。
「キャーッ!」
「どうしたのよ」
私は洗面所で京子がしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「女が、女が!」
「えっ、どこに?」
私は拳銃を抜いて構えた。洗面所は四畳ほどの広さしかなかった。私と京子以外に誰かいるスペースなどなかった。
「京子、どうしたの?」
「今、鏡に女性が映ってたのよ!」
「えっ? 女」
「女優の岩原さとみみたいな超美人の女が!」
「どこに?」
「鏡に!」
「特徴は?」
「黒い長い髪で――」
私は京子の黒い長い髪を見た。京子は私の視線に気づいて、自分の髪を見て触った。
「あれ? やだ、私、一昨日髪を黒に染め直したんだ」
たしかに京子はその数日前まで茶髪だった。でもその時は黒に戻っていた。
「もしかして、鏡に映ったのって、私?」
「あのさー、京子、誰が岩原さとみだって?」
「えー、ごめん」
京子は鏡に映った自分を幽霊か何かと勘違いしたようだった。京子はこの部屋に霊がいると完全に信じ込んでしまっていた。だから鏡に映った自分を幽霊と間違ってしまうという一昔前のコントを演じてしまった。
人間は、極度に特定の心理状態に陥ってしまうと、信じられないような行動をしてしまうことに、改めて気づいた。
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