幕間・1

 「・・・・久しぶり」

 言われてぼくも言い返す。

 死神は何も変わっていなかった。

 彼は、彼のままだ。10年前の姿と見た目は何も変わらない。

 その話し方も、雰囲気も、きっと、中身も。

 会うのは怖かったし、今も逃げ出したい。けれど、目の前にその人がいて話しかけられると、懐かしいしやはり嬉しい。覚えてもらえていることがこんなに嬉しいことだと思い知る。

 彼はぼくの身なりや荷物を見て、「帰省中?」と聞いた。

 「まあね」とぼくは曖昧に頷く。

 「わざわざ来てくれたんだ」

 「別にそういうわけでは、ないけどさ。まあ、ちょっとたまにはと、思って」

 何を言っているのか、ぼくは。

 誤魔化すように言葉を繋げる。

 「────帰り道だったから、ついでに」

 「・・・・・・そっか。入らないの?」

 「いや、だって」

 それは。

 ここは空き家だと聞いていたから。

 「?・・・・・別に構わないよ。あいてるし。暑いだろ?最近はちゃんとエアコンもいれてるから」

 いや、待て。

 エアコンより前に出かけるなら戸締りしろよ。

 ────言いかけて、やめる。そんなことを言う筋合いがもうぼくにはない。

 それ以前に、やはりここは死神屋敷で、そんなところに誰も訪れたりはしない。きっとそれは今も変わりないのだろう。

 押し黙ってしまったぼくに、彼は何も言うことなくただ道を開けるよううながした。うながされるままぼくは一歩脇へ寄る。いくら大きな門とは言え、子供の目から見たらであって、大人のぼくが立ちはだかってたのなら誰も中には入れない。

 彼はぼくの横に立ち、門に手を伸ばす。

 未だ黙ったままのぼくを見て笑った。

 「幽霊でも死神でもないから」

 「なっ・・・」

 瞬時に顔が赤くなるのが自分でわかった。

 きっとそういう顔をしていたのだ、ぼくは。

 彼に会うのが怖くて、会ってしまうと不安で、その気持ちを彼が読み取れるくらい顔に出していたのか。それはきっと、あの日、初めてここに来たあの日のぼくの顔と似ていたのだろう。

 彼を死神と思い込み、恐怖にかられたあの日のぼくに。

 「肝試しに来た?」

 音を立てて門があく。

 からかうような言葉に頭を横に振った。

 「違うよ」

 「じゃあお茶でも飲んでいきなよ」

 「・・・どうせ麦茶しかないんだろ」

 「────必要性がないからなあ」

 彼はそうぼやきながら記憶のままの足取りで玄関へ歩いていく。だから自然とぼくもその後を追った。

 前庭は少し荒れていた。視線を林側の庭に転じると、やはりそこも荒れている。10年分の歳月は、建物よりも庭に重くのしかかっているみたいだ。

 いや・・・そうではないのかな。

 建物が煤け、庭があれているのは、単に人の手が入っていないからか。

 だってここは無人だったはずだ。家が朽ちるのは早い。いつから、そして何故彼がここにいるのかはわからないが、絶対に空き家になってた時間があるはずだ。

 そもそも、取り壊しの話は、なんだったんだ?

 ここは空き家だからこそそんな話が出たんじゃないのか?

 「師匠」

 「ん?」

 「今ここに住んでるのか?」

 「そうだよ」

 玄関の引き戸をあける。本当に鍵をかけていないことに溜息が出そうになった。

 「・・・・・結構荒れてるけど」

 「庭のこと?ぼちぼち手を入れようと思ってたんだ」

 言いながら彼は屋敷の中へ入っていく。

 廊下は暗い。でも、記憶のままの廊下だ。それは、嫌なことも含めた全ての記憶を刺激する光景だった。

 彼は振り返り、荷物を抱え一歩踏み出す勇気のないぼくに声をかける。

 「どうぞ」

 優しい声だ。

 この人は、本当に、容姿に反して優しい声をだす。

 相手に一歩踏み出させる声だ。

  「・・・・・・おじゃま、します」

 そろりと足を踏み入れる。

 「あがって」

 彼は苦笑していた。

 少し、何かを懐かしむように。



 ぼくはこうして、死神屋敷に久々に足を踏み入れた。

 見ないふりをしてきた記憶に怯えながら。

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