どうしようもないことに涙する
◇◇◇
勇次と約束を交わした日から数日たった頃…
「佐々木さん…!! これはどういう事ですか!?」
岩次郎は電話口で問い詰める… 佐々木とは勇次の母・良子の実家。岩次郎の自宅に届いたのは、弁護士事務所から親権に関する通告と、警告文。『孫である勇次に近づくなら警察に対応してもらう』と強気な文面だった。
「良子の旦那である優作さんに一筆頂きました。この契約書を
岩次郎は悟った… 凡才の発想ではない。話を持ち掛けたのは優作だと… 加えてあの男が実の父親に対しても刃を向ける悪党であると。更には子供をダシに金を得るクズだと… 怒りがこみ上げる。…しかしめげることはない。彼には財がある…
「いくら… で、買い取らせていただけますか? その一筆…」
違法行為にも手を染めようとした。損する側に回っただけだ… 不動産売買でグレーゾーンを攻め続けた自分に帰ってきた不幸だと思って。しかし、相手もまた優作が用意した悪徳弁護士を付けていた。
「…弁護士先生曰く、(書類を)一年以上寝かせる必要があると伺いました…」
「一年… だと!! ふざけるな!!」
「やめてください… 法でケンカすることになりますよ?」
「ぐ…!!」
財を以ってしても
「…分かりました。でしたら最後に一度、孫に会わせて頂けますか?」
「ええ… お金次第で」
もう善人を演じるつもりはない良子の母。こうなったら逆転は無理だと経験から悟る岩次郎。約束を守れなかったと孫に一言言うために、300万差し出したのだった。
◇◇◇
「何で来てくれないの? 約束したじゃん!」
「ごめんよ… もうしばらくの辛抱だ」
勇次の住む佐々木の家の側にある公園… 岩次郎はひたすらに謝った。まだ十三歳の子供を裏切ってしまった。
「大人はみんな嘘つきだ!! お爺ちゃんの事だけは信じてたのに…!!」
「すまない…」
「もういい!!」
「あ、勇次!! …はぁ」
佐々木の家へ帰ってしまった孫。その背中を見舞ることしかできない祖父。怒りから拳を握り締めること以外に許されない。
岩次郎はこの時決意した… 『
…繁華街の隅っこ、ラブホテルが建て並ぶ通りにて。
「覚悟せい!! 優作…!!」
「お、親父ぃ!? た、た、
平日の昼間… ホテルから出てきたカップル二人を襲撃する岩次郎。相手は優作。完璧な計画で殺すつもりだったのだが…
――「な、何をやってる!!」
「は、離せ!!」
背後からやって来た警察官に取り押さえられてしまった。地面で抑え込まれる岩次郎。見下すように優作は笑みを浮かべる。警察の無線で集まりだす警察官。
「だ、誰? あの人…!!」
「さぁ… 危ない街だから、危ない奴もいるのさ。行こうぜ」
騒ぎが大きくなるのを見越して、優作は女を連れて去っていった。
◇◇◇
「何故日本刀なんか振り回したんですか…!!」
「…」
取り調べに対し、応えない岩次郎。一通り薬物検査もさせられた。日頃恨みを買う仕事柄、彼に対する世間の目は冷たかった。薬物の常習だとか、暴力団との繋がりがあったとか好き放題書くメディア。鵜呑みにする民衆… もはや彼に対して同情などなかった。
銃刀法違反、ならびに殺人未遂で連行される岩次郎。かつて築いた社会的地位や名誉は失われ、財も半分を削った。バカ息子に吸われたと言っても過言ではない。彼に課せられたのは三年。何事もなかったが、明確な殺意のもとに実行したと判断されてのこと。そして優作はやり手の弁護士を雇ったのか、執行猶予は付かなかった。保釈も出来ず身動きが取れない。会社のことや、勇次のことを誰にも頼むことが出来ずに牢に入ることになった…
寺田家側は悲しみに暮れる日々、追われるマスコミ、疲弊した親族たち。いつしか勇次や岩次郎を憎む声も生まれた。岩次郎の妻・百合絵はノイローゼになってしまったのだ。介護に明け暮れる親族。疲弊が疲弊を生んだ…
「食器洗っときな!!」
「はい…」
…勇次はと言うと、母・良子側の親族に引き取られた。もちろん金づるとしか思っていない良子の母親は、彼に対し必要以上に接することなく、満足に食事も与えなかったという。誰も彼には構わない… まるで腫物の様に扱ったとされる。それぞれに
◇◇◇
「元気だったかい…? 勇次」
「…」
…そして三年の月日は流れた。岩次郎はすべてのしがらみを金で解決した。腐っても元社長だ。親権も一任された。三年越しだが、孫を再び迎えることが出来たのだ。
刑期を終え釈放された岩次郎の側には誰もいなくなった。会社はと言うと取締役会にて解任された。今回の件と、身内を会社の中に入れたことを不満に思った人々による一揆によって。失ったものは多かったが、やっと静かに暮らせると彼は思っていた…
「…もう俺に構わないでくれないか? お爺ちゃん」
「え…?」
「ウンザリなんだよ。大人なんてな…!!」
彼は高校に入ることなく、土方の手伝いをしながら独り立ちしていたのだ。岩次郎は気づいた。宝物まで失ってしまった…と。
しかし勇次の現実は荒れ狂う毎日。勇次は連日喧嘩漬けの日々を送っていた。三年預かっていた良子の親族に話を聞くと、素行不良で何度も学校に呼び出されていたらしい。独り立ちした今も警察から呼び出しの電話を受けていた。
…勇次と再会を果たしてから三日後のこと。ケータイが鳴り、出た相手が警察の人間だったとき、変な話ではあるが嬉しかった。まだあの子との繋がりがあるんだと思った…
「お宅のお子さんがですね…」
「すいません」
独り立ちしたとて、仮にも未成年。岩次郎は息子の優作に変わり頭を下げた。勇次が下げない頭の分、岩次郎は下げた。自分もヤンチャ少年だったから気持ちが分かる。でもやり過ぎだと咎めた。
「勇次!! 喧嘩したって何も解決しないんだ!!」
「爺ちゃんには関係ねぇだろ!!」
「関係ある!! 私はお前の親族だ!! 優作が離れたって、私は離れん!!」
「…だりぃよ、そう言うの」
「あ、こら待て!!」
走り去ってしまう勇次。老いには勝てないか、いつもちゃんと話が出来ないでいる。そしてそんな彼が起こした事件… 恋人を何度も殴りつけた。女性の顔を傷つけた。孫のやったことでも、さすがに胸を痛めた岩次郎。
「あなたのお子さんね、どういう育て方をしたら、あんな風に野蛮になれるのですか!!」
「すいません…」
被害者の母親に攻め立てられる祖父。深々と頭を下げるほかない…
「すいませんってねぇ!!」
「…私は謝る以外に出来ません。親御さんである
あの葬式の時と同じ… ひたすらに謝って、形を取り繕って、金を見せる。そうしたら声のトーンを下げてくれる… もちろん嬉しい気持ちをひた隠して、正義の姿勢を見せてくる。…そう思っていた。
「舐めとんかァア!! ああ? おんどれェ!!」
先ほどまで黙っていた父親が岩次郎の襟元を掴む。そして言い放つ。
「やめてお父さん!!」
「そんなんだからなァ!! 舐められんじゃ!! ガキも上手く操れんのじゃ!!」
立ち上がった夫を必死になだめる奥さん。岩次郎は三年の牢屋暮らしで目が曇っていたようだ。あの暮らしが自分を偏屈にさせたのかと思い知った。
「…すいません」
「詫びなんていらねぇ!! 出ていけ!!」
「お父さん!! …あの寺田さん、今日のところは引き取っていただけますか…?」
「…はい、また伺います…」
「二度と来るな!!」
岩次郎は度々足を運んだ。玄関先で追い返されようとも… その熱意が伝わったのか、家に入れてくれるようになった。しかし孫の勇次は来ることが無かった…
「お孫さんがかわいいのは分かる… 許してやりたいが、その当人が来なくては話にならんだろう…」
「申し訳ない。寄る年波には… 勝てませんね。あの子を抱きしめたいと思っても、もう厳しいみたいで…」
「…娘のことは、ひとまず置いておこう。我々はひとまず咎めない。だが更生させなさいや…」
「更生?」
そういって、被害者の父親は名刺を差し出した。『株式会社マルチエージェンシー代表・
「私の叔父、東洋コーポの井口陽介に詳しく話を聞きなさい。あなたの運命を変えてくれる人物に会わせてくれるかもしれない」
こうして隼人とのコネクションを得るのだった…
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