大人のやり方



「この名刺が、アナタを引き寄せてくれた…」

 株式会社マルチエージェンシー代表・東山玲奈と書かれた名刺を見せてくれた。その名前にドキッとした… 一年ほど前、アイツは俺たちの前から姿を消した。一人勝手に…


 俺は名刺なんて堅苦しいものは持たない。一方で玲奈は案件を獲得するためにターゲットを見据えて確実に配ってたな… そっか、もうあの案件を片付けてからもうそんな経つのか… 今頃どこで何やってんだよ、アイツは…


 …それにしても散々な話を聞いた。のどがカラカラだ…

 

「私はあの子が騒動を起こす度に、菓子折りを持って被害者宅に伺いました。、今までは子供同士の度が過ぎた喧嘩くらいだったんですが、異性ともなると違います…」

「…そうですね」

「正直な話、彼の今後のために私が裏で働きかけたせいで、あの様な謝罪も出来ないモンスターを産み出してしまった。全ては私のせいです…」

「そんなことはない!! …ですよ。絶対…」

 そう言いながら、俺は確証を抱けないでいる。先日まで俺は目の前のこの人を、孫や身内に甘い自分本意のクソジジイと思っていたんだ。ネットニュースで話題にもなった。『孫ではない、悪魔だ』と卑下するスタンスを取りながら、最終的には示談に持ち込んだと。情報弱者丸出しだよ…


「被害者に会って… 彼女に謝罪。頭を下げた… でもその場にあの子は来なかった。『何であの人はいないんですか!!』って… 情けない…!! 金をぶら下げることしかできない。…彼女の気持ちを思うと胸が痛い。目に入れても痛くないとは言うがね… 今はただただ痛い」

「…心中お察しします」

 タオルで涙を拭う寺田さん。上手い言葉も言えやしない…


「でもね、あの子は喧嘩こそするが女の子に手を出すような子じゃなかった… 『なんであんな事をしたんだ?』とあの子に問い詰めたら教えてくれたんです。繁華街で女性と歩いている優作にあったと…」

「それで…?」

 優作に勇次が…? 


「少しばかり話したそうです… その際、何て言ったと思いますか?」

「…さぁ、検討もつきません」

「『お前にも貸してやるよ…』と… そんなんじゃ狂いもする!! 女性を蔑視しだしたのもあの頃からだと聞く。あの子の気持ちを思うとまた… 胸が痛い。あの子のお母さんにもすまなく思う…!!」

「…」

 …俺はその言葉を聞いて一つの決心をした。


「分かりました。貴方の依頼を確実に遂行しましょう…」

「ありがとうございます…!!」

「…彼がたむろしていそうな居場所は把握されていますか?」

「ええ… 悪い連中との集会場所を知っています…」

 寺田さんから場所を聞き、俺は行動に移した…


◇◇◇


 深夜一時… 彩香高校さいかこうこうのグラウンド。昼間と定時性の二部制で不良の巣窟らしく、ヤンチャ少年は昼間に行き、その中でも気合の入った奴らが定時に行くとの噂。昼間は彩高さいこうの略し、定時は彩定さいていと略す面白学校だ。


 就職先はバラエティに富んでいて、パチ屋に土方にお水と楽しそうだ。しかし定時制はヤクザと決まっているらしい。OBが幅を利かせているんだとか… 週二の集会を学校に隠れてやってるらしい。なぜ学校… 灯台下暗し的なやつだろうか? 俺は校門の前でたむろしてる学生?らしき三人組と話す。


「おう兄ちゃん… 寺田勇次って奴を知らねぇか?」

「あァ? てめぇ誰だよ!!」

 初速がはえぇ… いきなしキレて、相手の胸ぐら掴むかねぇ…?


「知らねえのか聞いてんだよ…」

「カッコつけてんじゃねぇ!!」

 挙句の果てには殴ってくる… 群れてるとやっぱり勢いが凄いのかな。喧嘩する相手も選ばねぇとすぐ死んじまうのに。


 奴の拳は俺の顔面に着弾すると勢いが消える。まるで石でも殴ってるかのように…


「いてぇえええええ!!」

「大丈夫か、りくと!! てめぇ…!!」

 手を痛めた奴を心配するもう一人の奴。今度は金属バットをぶん回してきやがった…!! 腕が鳴る… 


「はいひとり,ふた~り,さんにん…!!」

 一人一人に一発ずつお見舞いした。大したことはない。襟を掴んで同じ男に再び聞き出す。


「勇次は?」

「な、中にいるよ…!! 勘弁してくれよ!! 俺らは見張りだぜ?」

「これに懲りたら、誰彼構わず噛みつくのは止めるんだな…」

 男を放し、校庭へと向かう。真夜中だっていうのにバイクのコール音が鳴り響くグラウンド… 俺はバイクにまたがってる男に尋ねる。


「おい… 勇次って奴はどいつだ?」

「ああ? コールで聞こえねぇんだよ!! でけぇ声で言えや」

「フンッ!!」

 そのバイクを蹴飛ばしてぶっ壊してやった。九の字に曲がったバイクと、顔が固まった男たち… その光景にバイク音は鳴りやむ。よく見ると女もチラホラいるようだ…


「…勇次って奴はどいつよ?」

「誰だてめぇ…」

 グループの間を割いて、一人の男が俺の前に来た。周りの連中とは格が違うようだ…


「お前が寺田勇次か?」

「だったらなんだよ!!」

 ———ガンッ、鉄パイプで地面を叩く男… コイツが勇次か。写真で見るよりハンサムじゃねぇか。修羅場をくぐって、顔つきが変わったんだな… 


「強いんか知らねぇけどてめぇ… 仲間に集合かけて、お前泣かすぞ?」

「カッコつけてんじゃねぇ!!」

「ふぐっ…!!」

 俺は勇次を前蹴りで吹っ飛ばした。ちょっとはやれる奴だと思ったが、数で戦おうってやつ嫌いだもんで… 俺の行動を見た周りの奴らが襲い掛かってくる。


「行けぇ!! いてまえ!!」「ぶち殺したるけぇ!!」

 …ラリってんな。瞳孔開きっぱなし、どいつもこいつもフラフラ・・・・しやがって…!!


「ノラァッ!! セイヤッ!! オラァッ!! まっとうに稼いでからかかってこい!!」

 十何人か… 殴りかかってくる奴ら全てを投げ飛ばした。こいつらにくれてやる拳は無い。すべて投げ飛ばして勇次に目をやると、奴はナイフを持って構えていた。


「こ、殺してやる…!!」

「お前素面シラフだろ…?」

「何だと…!!」

 ナイフ使って有利に立とうなんざ、人のできる所業しょぎょうじゃねぇ。人でなしだ。だから勇次のはポーズだって一瞬で分かる。人を殺してきたような奴の目はどぶみたいに濁ってる。でもコイツはまだ…


「そのナイフでぶっ刺せや… ここが心臓だ。やれるもんならってみろ…!!」

「う、うっせえ!! え…!!」

 ナイフを持つ手を掴んで、勇次を投げ飛ばした。そして襟を掴んで奴の身体を起こす。


「…ぐ!!」

「ヤクザとつるんでるらしいな… お前もあのバカ親父と同じじゃねぇか」

「な、何だと!! てめぇが何で知ってんだ!!」

「今そんなことはどうでもいいだろう。カッコつけんのは良いけどよ、大人ってのは怖いぞ? ちょっと顔貸せや」

「うっ、離せ…!!」

 勇次をヘッドロックした状態で、校門の側に停めてた黒塗りのバンに乗せた。奴の両手足を縛って後部座席に乗せ、俺は軽快に車を走らせた。


「何処に連れて行く気だ…!!」

「お前の爺さんに頼まれてな… お前を悪いことからアシ洗わせる約束しちまったワケ。んで今向かってるのは、お前ら彩香高校生と所縁ゆかりのある人物の事務所…って言えばいいか?」

「待てよ!! 帝北会に行くのか?」

「…ありがとう、調べる手間が省けた」

「は? 俺をハメやがったな!! 降ろせ!!」

 帝北会か… 新栄しんえい区・鹿舞しかまい町。繁華街に構えるヤクザ事務所。タレント事務所やらお水の店やら脱法ハーブの店やら、何でもアリのヤバい街だ。


「ちょくちょく話しかけられてんだろ? 勧誘っつーか」

「何考えてんだ? 相手はヤクザだぞ?」

「…クスリには手ェ出したか? やってんなら正直に言え…」

「おい!! 話を…」

「話してんのはこっちだよ!」

 運転そっちのけで、後部座席にいる勇次を首を掴んだ。


「やって… ねぇよ」

「俺の前では正直にいろよ? お前レベルのキマりかたなら、上手くもみ消してやるから」

「…やった。一回…」

「やってんじゃねぇかバカ!!」

「痛って!!」

 げんこつ一発で済むなら安いと思えってんだ…


「…なんで彼女を殴ったりした?」

「っ!! 見ず知らずのてめぇにゃ関係ねぇだろ!!」

「…まあいい」

 コイツを同情してやれないでもない。いつだって子供が狂うときには大人がいる。二枚舌三枚舌と隠して、子供の未来を奪ってくる。それは俺だって痛いほど知ってる… 


 しばらく車を走らせて、繁華街の駐車場に車を停めた。ここからヤクザの事務所までは100メートルって距離か… 俺は勇次の縄を解いた。


「俺と来るならヤクザから守ってやる。俺と来ないならヤクザから守ってやらん」

「わざわざハチの巣をつつくようなことしなきゃ、アイツらは暴れねぇんだよ!!」

 …正論をぶちかましやがって。もっと狂えよ、カッコつけろよ…


「お前の言うとおりだ… 何もしなきゃ何も生まれない。でもな、現実ってのは理不尽なんだよ。いくら正しい答えを導き出せたからと言って、そう思い通りにならないのがつね。だから、大人のやり方で教えてやるんだよ…」

「大人…」

 しぶしぶ了承したのか、死を覚悟したのか… 俺と勇次はヤクザ事務所にやってきた。


「ほら、これ被れ…」

 泥棒でもやるかのような黒の目出し帽を勇次に手渡した。自分も装着した上で…


「相手はヤクザだぞ!! 武装もしないでなにやろうってんだ!! 拳銃突きつけられたら…」

「バカ。拳銃なんてあっても一丁。組員に普段から持たせてる訳じゃねぇんだ。この国は持たせないことで治安を保ってる… 行くぞ?」

「行くって…」


――ボカーーッ!! 玄関を叩き割って入る。


「誰やァッ!!」

 さっそくヤバそうなやつが出てきた。勇次は目出し帽越しでも分かる… 震えてんな。


「よく見てろ。大人のやり方を… オラァ!! ガキになにを無責任にドラッグ配ってんだ!! お前ら並べや!!」

 一人一人出てきた奴を引っ切り無しにぶっ飛ばす。扉を片っ端開けると、代門を掲げた組長室らしき部屋が… 引け腰のハゲ面がアイツが組長か。


「お、お前誰や!! どこのもんや!!」

「ガキのしょうもねぇ小遣いを稼ぎシノギにしてんなら辞めちまえ!!」

「う、うっさいんじゃ!!」

 ーーバン!! はじいてきやがった… しょうもねぇな、ホントに。しかしその弾丸は俺にかすることもなく…


「うらぁああああッ!!」

 飛び蹴りで鼻っ柱を折ってやった。そして立たせて…


「弱肉強食、それは分かる。ただ未来ある芽を積み出したらオワリよ」

「うがが…」

「看板下ろせ。指詰めようが、過去の栄光を差し出そうが…」

「そ、それは…!!」

「ならこの場で死ねや…!!」

「ガゴっ!!!」

 口に銃口を咥えさせる。顔から汗が吹き出してきやがった。


「死ぬ覚悟もねぇか… 生きてぇなら言う通りにしろ。散々、ガキの未来を奪ったんだ。もう十分だろ」

 ―バン!! 組長のギリギリを射ぬく。


「間違っても報復しようなんて考えんなよ? そんときはな…?」

 大層な木製の机が目に入った。俺は机の前に立ち…


  ――ドカッ!! 一発で粉砕させた。その光景に震え上がる組長。


「お前らもこうしてやる。良いな?」

「はい!! …はい!!」

 返事を確認して、俺達は事務所をあとにした。総勢13名、死者0。馬鹿らしい…


「大人が大人を叱れない世の中だ。大人ってのはよ、子供が思うより窮屈なんだよ」

「…あんた、なにモンだ? 頭おかしい上に、あんな無茶苦茶な力を…」

 …何者か。どの面下げて、一体何を偉そうにガキに教えてやれるんだろうね…


「…大人になれない子供かな。無邪気に悪いことは悪いって言っちゃう変態。大人になるためにいろんなしがらみに対して黙る必要があるなら、俺は子供で良い。大人のやり方なんて知らねぇ大人の、ガキみたいなやり方だ。真似すんな?」

「…ああ、真似なんかするか」

 車を走らせながらカッコつけて言った。なっさけね~


「明日も集会やるのか? 学校集まって…」

「もう学校には行けねぇよ、お前のせいで… 退学する」

「編入ってのもあんだろ? あいつらとは縁を切れ…」

「簡単に言うな…!!」

 後部座席で勇次は吠えた… 若いんだ、それでいい。


「簡単に言うね!!」

「え…?」

「お前は遅かれ早かれ悪の道行きだ… 死なねぇためにも学校を変えろ。人を変えろ。お前じゃ人は殺せない… そして、あの世界で人を殺せない奴は生きていけない」

「…仲間が」

「仲間なら、仲間がクスリをやるのを止められただろ… 悪いことやってスリルを共有しただけの関係さ。泡が弾けたら溶けて消えちまうよ…」

「…っ」

 勇次は黙った。黙らざる負えなかった…


「お前を変えるきっかけを作ってやる。明日の午前一時… つまりは明後日、伴田ばんた橋に来い… ここな」

 夜道を走らせ、見えてきた橋。彼にこの場所に来るように指定する…


「ハァ? 行かねぇっったら?」

「来ねぇならそれでもいい。来ようが来まいがお前は変わる…」

「…ここでいい。降ろせ」

「そーか」

 奴を降ろした。一瞥をくれることなく、俺は車を走らせた…



◇◇◇


 そして翌日、午後11時の新栄区・鹿舞町ラブホ街…


「ほら妙ちゃん、ホテルだよ~」

「もう優作くんのエッチ~!!」

 ド派手なスパンコールのドレスの女と、敏腕マネージャーみたいな襟巻男の会話。くだらねぇ…


「よぉ、元気かい? オッサン…」

 くだらねぇ野郎共を裂くオレの声…

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