白昼の惨劇


 ===ケビン・ジェーンの節(終)===


「…」

 臭う… 臭うぜ、川畑!! 俺の能力、追跡従者チェイサー・レイサーは人物の臭いから距離や移動速度、果ては身長・体重・腹の具合・疲労度などを把握することが出来る。アメリシアでも追跡術を用いて懸賞金のかかった男たちを始末してきた。付いた二つ名が・不可視の狙撃手パーフェクト・キリング。相手は俺の顔を見ることなく皆死んでいった…


 この国はチョロい。車の鍵も女の心も簡単に盗み取れる。そのくせ、セキュリティに対する意識が低い。アメリシアで暮らしてきた俺にとって、この国の人間を殺すことなど造作もない。…それだと言うのにアイツは何だ? 『川畑』が本名かどうかも分からない、素性も知らない… 追い込まれているのは俺の方じゃないか!! 臭いを嗅げば嗅ぐほどにアイツと俺との距離・・を思い知る… 近づけば近づくほどに、遠くなっていく…


 このリスクの前じゃ、あの破格の報酬も泡に消えるだろう。クソ…!! アメリシアドリームにすがってればよかった。


「…ケビン様」

「…!!」

 匂いを追っている最中、人通りの少ない路地裏で七三分けの黒服のスーツに声かけられる。奴を追うあまり、自らの脇を甘くしていた… たかだか一般人にドキッとしてしまった。


「こちら、約束の前金でございます」

 俺は緊張したのを悟られないようにクールにアタッシュケースを受け取った。こんな男相手にドキッとしたなんて一生の恥だ。中肉中背、俺なら左手一本で首の骨をへし折って息の根を止められるだろう。


「金森様から『御武運を祈る』とのことです」

「…了解ダ」

 …雑魚に構っている暇はない。『川畑』をやらなければ、今度は『杉下』に消される。負の構図は変わらない。


 るぞ…? 俺は…


  しばらく歩き詰めると見えてきた公園。とても強く臭う… しょっちゅうここでたむろしては、この木製のベンチでタバコを吸っているんだろう。ここから推測するに、奴のねぐらは近い… 緊張が走り、俺の腕毛が逆立つ。ここからは不審な行動は避けねば。臭い一つ嗅ぐのもはばかれる。…なら、アレ《・・》でいくか。


「行け!! 空飛ぶ目スペース・アイ!!」

 両掌から大きな一つ目の蝙蝠こうもりを生み出して、大空へと羽ばたかせた。コイツの目や脳は俺とリンクしている。どんな場所からでも覗き込める。鮮明で拡大や縮小も出来るので、撮影こそ出来ないがカメラのような使い方も可能。


 平日の午後二時。公園の上空から街並みを見渡すと、閑静な住宅街だと一目で分かる。とても穏やか。アメリシアで言うところの高級住宅街のカドレニアが近いが、こちらの方が比べ物にならないくらい治安が良い。


川畑カワバタ… 何処ダ」

 周辺をよく観察するが、そう都合よく姿は出さない。やはり一軒一軒しらみつぶしで探し出すしかないか。そう思って能力・空飛ぶ目スペースアイを解除しようとした時だった…


 地上から飛んできた紫色の光線が空飛ぶ目スペースアイを破壊したのだ。俺の頭をよぎるのは『川畑』… 実を隠そうと公園から出ようとしたところ、入り口で一人の少年?(身長150センチ、年のころは13,4歳くらい)と目があった。目線を外してくれず、俺だけを凝視して…


「な、何かナ?」

「さっきからお兄さん、目を閉じて何やってるのかなって」

「ちょっと瞑想を、ネ…」

 何をこんな子供相手にビビってる…? 無視して行けばいいのに…


「お兄さん、外国から来たの?」

「あ、アア… ちょっと忙しいんダ。じゃーネ…」

「『川畑』さんは、見つけられたかな…?」

「…な、何デ!!」

 背筋が凍えた… こんな公園で、その名前を聞くなんて… そして分かった。俺の目の前にいる少年が、少年ではなかったことを。


「何をそんな怯えているの?」

「…はは」

 体は小さい、でもそのうちに秘めたどす黒い心は何だ? それに緊張のあまり気が付かなかったが、この花が曲がるようなにおいは何だ? いくらオーデコロンを巻いても無駄… 血の匂いが染みついている。


 …もう笑うしかない。完全に詰みだ…


「止めてくれるかな…? 彼は大事な人なんだ…」

 初めてかもしれないが、肌感で悟った。俺はコイツに生物的に負けていると… 死ぬんだな… 奴の左腕がドリルのような尖った円錐に変形した。そして…


「バイバイ」

 そう呟くと、俺の身体をつらぬい…



 ===川崎隼人の節===



 いとしに依頼した二日後のこと… 林出さんは書類送検され現在拘留中。痴情のもつれによる殺人だと公式に発表された。…内情を知ってる身からするとゾッとする話だ。こうやって隠蔽されていくのか… 警察にも利用者や甘い汁吸ってる奴がいるわけだ。でも別にどうでもいい。あの人たちの死・・・・・・・・も隠蔽する奴らだ。はなから信用なんてしてない。


 あとコレは後に分かったことだが、金銭トラブルやドラッグの使用があったらしい。俺はあくまで依頼を受ける立場だから分からなかったが、それを知った後だと辻褄が合うことが出てくる。夏場だってのに高そうな長袖ドレスも、情緒不安定だったのもこのせいか。…ただこれらも個人的に仕入れた情報で、警察からの公表はなかった。一体誰を庇っているんだ…?


「あ、隼人。これ見て?」

「ん?」

 朝十時、俺はいとしの部屋でパソコンを眺めている。彼が頼んだ仕事を終えたので確認してほしいと… パソコンのことはよく分からないが、きっと腕があるんだと思ってる。


「コレ… あの人だよね?」

「…ああ、間違いねえ」

 殺された男と女性による行為の動画… やっぱり彼女は、コイツだけを狙ってたんだ。薬の影響に関わらず、意識ははっきりしてるようだ。


「どうやらこいつらは『秘匿性暗号化通信ダークネス・ウェブ』っていう足が付かないツールでインターネット上に色物イロモノを売っている集団チームのようだ。JACKPOTジャックポットって言う名前で活動してる。試しに動画を奪い取ってみたんだけど、完全にスナッフだった。あの林田律子お姉さんの動画は確認できなかったけど、殺された男はいろんな動画で確認出来た。」

「やっぱそうだったか… て言うかお前!! そんなアブねぇことして大丈夫かよ?」

「ご心配なく。足が付かないのは僕たちにとっても同じことさ」

 …よく分からんがスゲェ度胸だ。ヤバい集団と対峙してるって訳だろ? 足が付かないのは良いことだけど…


「じゃあ動画は見つけられても、そのJACKPOTジャックポットって奴らは特定できないのか…」

「いいや? 特定したよ」

「…は?」

「特定した。いくら遠回りしようとも、相手が機械なら対応できる。ほら、ここに情報まとめておいた」

 一枚の紙には会社の情報やらアクセスやらいろいろ書かれている。こんだけ仕事できるなら、外で仕事してくれりゃいいのに…


「それ見て分かる通り、アメリシアから動画はアップロードされてるみたいだ。配給元は割れたけど、発信者はダミーだろうね」

「えっと… つまり何だ?」

「動画から調べてもダメだってこと。だから僕は動画の人物について調べることにした」

「え…」

 動画の人物… 殺された男のことか。なるほど… せめてもの思いで、配信してる奴らに配信をめさせることだけを考えていた。役者を特定… 完全に盲点だ。


「調べた結果出てきたのが、鹿舞町にある株式会社・養精会ようせいかいって会社の会長をやってるってこと」 

「ようせいかい? 違法配信動画の会社?」

「いや、いわゆる健康食品を扱ってる会社みたいだね。でもその実態は粗悪な商品を催眠商法さいみんしょうほうでお爺ちゃんお婆ちゃんから金をむしり取る会社みたい。厄介なのが会社の評価が高い。熱心なファンに囲まれてるようだね…」

「えっと、で… 他には?」

 いとしの悪いことが出た… 仕事の出来具合と反比例するテンポや間の悪ささ。マイペースなためか肝心なところにたどり着くまでが遠い。いつもは彼を急がせたりしないんだが、今は…


「その自然食品の会社の会長を務めてるのが、林出さんに殺された谷村牧夫たにむらまきお

「谷村…」

「そいつは経営や営業の才能はてんでなく、名ばかりの椅子についていたみたいだ。っていう事は、その椅子を与えた人物がいる… 芋づる式に調べていくととんでもないことが分かったよ」

「で、その… そいつの名前は?」

「そいつの名前は…」


 ◇◇◇


 いとしからの話を受けて俺は鹿舞町にやって来た。危険は承知の上だ。しかし無駄足に終わることになる…


「え…!!」

 鹿舞町・大橋ビル(自然派食品会社の入る建物)から火事が… 出火元は一階のテナント、つまりは養精会ようせいかいから… それが上へ上へと日が舞い上がってるようだ。


 救護活動の為の消防車とはしご車が到着し、付近は警察が近づかないように民衆に指示を出し始めた。…まるで俺の行動が筒抜けだったかのように先手を打たれた。死んだはずのあの男・・・が指示したかのように…


 …もう俺に出来ることはない。この街はヤバい。今度こそ、この街に近づくのは止めよう… そう決意して俺は街を出た。



 ===川崎隼人の知らない世界===


 ビル火災を確認した隼人に対し、その隼人の姿を捕らえた人物が一人…


「…あの野郎」

 杉下こと金森である。死傷者を多数出した一連の火災は、彼の画策であった。それもこれも未だに身元(名前や住所)が掴めない『川崎隼人』の存在がそうさせたのだ。そしてその存在に焦燥する。どんなネットワークを使っても、どんなコネクションを使っても導き出せない奴の存在。一流の殺し屋は痕跡の一切を残さないと言うが、隼人はと言うとそう言うわけでもない。奴は守られている… この結論に至ってから、自らの手で終わらせようと金森は思った。


 そして決行へ。至ってシンプル、故に容易くもリスキー。彼は背後にナイフを忍ばせて隼人に近づこうとする。しかしその彼を留まらせる声が背後から聞こえた…


「…何やってるの? 色欲ルディ

「…!! じゃ、ジャンヌさん… あっ!!」

 金森の獲物である川崎隼人はその場から立ち去った。目の前にいるのはケビンジェーンを惨殺した小さい童顔の男。色欲ルディとは彼ら間で『杉下』を表すコードネーム。


「それ、何…?」

「コレ、は… 護身用です」

 金森は言葉を躊躇ためらった。殺したい男が一人いると言えば済む話だったが、彼が振りまく憎悪のオーラが発言を躊躇ためらわせた。


「ふ~ん… よく分かんないけど、手広くやってるね。君のビル・・・・燃えちゃってるけど良いの?」

「…部下がヘマしたんで、テナント事消し炭になってもらっただけです。ちゃんとお姉様方への奉納金は貯蓄プールしてますんでご安心を」

「そ… 変なコトし出すのかと思ったよ。例えば野次馬で長身の彼を刺しちゃうとか…」

「いや… そんなことは」

 言葉とは裏腹に、止まらない汗をハンカチで拭う金森。ジャンヌと呼ばれた男がニヤッと張り付く笑いを見せて言葉を続ける。


「川崎隼人って言ってね? 特別なんだ…」

「え…?」

 当事者不在のまま、運命の歯車が回りだそうとしていた…

 

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