任務失敗



 ===川崎隼人の知らない世界===


 火災のあった翌日早朝。鹿舞町のコーヒーショップにて… 杉下は当然生きていた。名前を変えて・・・・・・


「杉し… あ、えっと… 金森カナモリさん、何処で見つけたんですか? あんな都合の良い替え玉。全部背負って死んでくれるなんて自分から志願する奴なんて、中々都合付かないっすよ? 俺もあんまり嬉しかったもんだから、死に化粧や死に装束に腕によりをかけたくらいっす。ねぇ、仕入れ先教えてくださいよぉ~!!」

 白いスーツでビシッと固め、胸ポケットにはバラを添える男が杉下すぎしたこと金森かなもりに質問攻めする。顎をポンポンと人差し指で叩き、やれやれ顔で彼は答える。


「人身売買? 奴隷契約? いつの時代ですか…? ワトソン君」

「え? ワトソン君?」

「古い物は捨てて、新しい者を取り入れていかないとね…」

「あ、ちょっと…!!」

 同じようなホストの格好をした男に話しかけられる元・杉下。めんどくさそうにそう答えて一人店を出た。彼が向かうのは港。帝和部の隣の南側部の江西港にて降りてきた外人を迎え入れる…


「へい、ワッツアップメ~ン? 杉下サン」

「おお、K・Jケージェイ!! 久しぶりだな」

 船から降りてきたのは黒人ラッパーを模したかのような風貌の男。KJことケビン・ジェーン、36歳。

 

 死者10万人を突破したべラム戦争の徴兵として服役中に70人殺したことから『ザ・シューター』などと呼ばれる腕利きのスナイパーである。帰国後の国家の対応に嘆き、その実力を元手に闇社会へと堕ちていった男。


和泉国いずみこくは相変わらず、キチガイみたいに平和だナ!!」

「お前らのとこだってクリスマスが近づいたら、待ち遠しくてクスリをキメて鎮まるだろ?」

「ああ!! クスリキメながらターキーにコカイン詰め込んで、せっせこ和泉国いずみこく分の輸出の準備してるゼ」

「それじゃクスリ・・・マスだろ?」

「ハッハッハッ!! ちげぇねェ!」

 酒盛りでもしてるかの様な会話の二人。和泉国いずみこくの母国語である和国語わこくご。ケビンが達者であるのには訳がある。


「ケビン、お前には感謝してるよ」

「ヘイ! 俺らはファミリーな訳でしょ? アメリシア(国名)で同じく移民として過ごして来てサ… ヘイト受けながら互いの言葉を教えあったよネ…?」

「…懐かしいな。あのクソみたいな世界で、互いに権利を勝ち得た。お前は市民権、俺は和泉国への切符… それぞれの道を進んで…」

 昔を懐かしむかのようなそぶりを見せる杉下。その間を縫って、KJはタバコを吸いながらしみじみと抗議する。


「それだって言うのに、杉下サン… ちょっと俺たちの報酬安いヨ…」

「俺だって色々大変なんだ。資材の用意も、武器の調達も人員もドラッグも面倒見てる。それにあのカメラマンだってホームレスの中から上手い事選定してんだぜ? お前の活躍はちゃんと理解わかってる。あっちにいながらホットなWEBサイト立ち上げて、いろんなこと展開してくれた。会員は1万突破だぜ? その上利回りも大きい。今回の働き次第でちゃんと美味しい思いさせてやるからさ…」

 KJはタバコを地面に捨てて、杉下に問う。


「オーケ。俺をアメリシアから呼んだって事ハ、アダルトビデオの撮影会ってわけじゃナイんでしょ? 標的ターゲットハ誰なノ? 杉下サン」

「察し良いな… コイツを狩ってくれ。それと俺はもう『杉下』は止めたんだ。今は『金森』だ。しばらく身を隠す…」

 写真を手渡されるKJ。まじまじと見て呟いた。映っていたのは川崎隼人…


「…コイツはヤバそうだね、『金森』さん。切羽詰まってないなら諦めたほうが良いって言うケド?」

「急ぎだ。何か分かるのか?」

「死線を何個もくぐった男の顔だヨ。亡命した俺よりもくぐってるカモ…」

 KJの目線は川崎隼人に釘付けだ。透かしてみようとでもしてるかのようにただ一点を…


「兵隊はどのくらい要る? お前が望む数用意するよ」

「…密偵は単独が常でショ? 金森サン…」

「そうだったな。その分上乗せしてやる。頼んだぜ」


 動き出す大物たち… 川崎隼人に受難が迫ろうとしていた。



 ======


 視点は川崎隼人に戻り…


「出火の原因とか分かりますか?」

「さぁね… ウチも忙しいんだよ! 帰った帰った!!」

「ご協力どーも…」

 俺は近隣のレストランで、ホテル『ピュア』について聞いて回っていた。昨日の今日の火災だ… 何かを闇に葬ったとしか考えられない。


「お、兄さん! 昨日のホテル火災について話を伺えるかい?」

 店を出て、ホスト風の男に話しかけた。すると意外な反応を…


「うわ…!! アンタもしかして… 川畑さん?」

「は? かわばた… あ、ああ!!」

「マジで!? ちょっと待ってね…?」

 そう言いだすと彼はおもむろに胸ポケットからケータイを取り出し、誰かに連絡を取りだした。


「もしも? リョー君? 見っけた!! どうすれば… あ!!」

 ホストは俺を探すも、その俺は屋上にひとっ飛び。バカ相手で良かった… 完全に狙われてるな。ホストに目を向けながらも周辺を見渡すが、特に変わった風景はない。


 しかし何故だ…? 俺が狙われてる… 仕事柄、そう言う事もあるが細心の注意を払ってきた。今回にしたって… あれ待て? 川畑姓を名乗ったのはあのホテルオーナーにだけだ。死ぬ前に根回しでもしたって事か? それが原因で殺された… ありえない話じゃないが確証がない。それにこの街でこれ以上捜査を続けるのは得策じゃない。幸い、俺の顔と偽名は割れても、俺にはたどり着けていない。潮時だ…


 …任務は失敗。依頼主にどう話そうか…


 ======


 川崎隼人は気が付かない。遠くのビルからケビン・ジェーンに監視されていたことを。そして、彼の動きはすでに筒抜けだということを… すでに任務は破綻していたのだ。



 ===ケビン・ジェーンの節===


「…何と恐ろしいワラ/ヘイブラ

 望遠鏡越しに見る写真の人物。ヘイ、川畑カワバタ… ここまでに人は誰かを警戒できるのか。とんでもない奴ダナ。俺の追跡銃チェイサーガンじゃこの距離じゃ遠すぎる。距離にして150メートル… 俺の故郷くににこんな達者な奴はいなかった。


 ――RRRR スマートホンが鳴ってやがる。どうせ、杉下スギシタだろう。フレンドリーぶってこんなヤバい仕事を回してきやがって。嫌味の一つでも言ってやろうか。


 ―――「KJ… どうだ? 順調か?」

「杉下サン、俺を呼んだ理由がようやくわかった気がするヨ…」

 ―――「杉下? 誰だそいつは…」

 そうか… 名前を変えて潜伏してるんだったナ。面倒くさい決まりダ。てめぇの都合を俺に押し付けやがっテ…


「フッ、アナタも意地悪ネ、『金森』サン… 川畑あの男レベルであの報酬ジャ、リスクに対して少な過ぎヨ。前払いで半分は貰わないとネ」 


 杉下スギシタ… 俺を切るつもりなのカ? なら俺にも覚悟はアル。信頼とか言ウ不明瞭な物を数字カネに変えてみろ。話はソレからダ…


 ―――「…分かった。即金で用意する。部下にお前の位置情報辿らせて持っていかせるよ。加えて達成後の報酬も倍で用意する。それで良いか?」

「バ、倍?」

 破格の条件ダ… 前金でもらってルカラ仮に払われなくテモ、1/4は手元に残ル。無駄な使い方をシなけれバ一生分…


「了解ダ、『金森』サン…」

 ―――「そうか、ありがとう。奴のすごみを打ち明けなくて悪かったな。俺も一回会っただけだが、隠しきれてないオーラにおののいた。アメリシアからの刺客か、それともネオポリス・・・・・か…」

「アメリシアはある男・・・のコとで手一杯ダ。それに奴ハ東風人イースター。差別の多いアメリシアじゃ生活できナイ。もしかしてサムライか?」

 ここ『和泉国いずみこく』ニハ、侍とか忍者って言ウ恐ろしい奴らがいるって聞いてル。国家間で戦争しあってた頃ニ、彼らが猛威を振るったっテ俺ノ爺さんが言ってたナ…

 

 ―――「バカ。もうそんな奴らはいねぇよ。お前だってこの国のちょろさを知ってんだろ?」

「…そうカ。残念ダ」

 それもそうダ。生ぬるい奴らばカリ、セキュリティもユルユル。チンチクリンで自信無さゲにドモってテ、ヘタレで、外交じゃアメリシアに頭があがらナイ。こんな国にサムライやニンジャはもウ居ナイ。


 ―――「それで、成功しそうか…?」

「アア… 一度でも俺ノ視界に入ったラ逃がさナイ。古典的な方法だガ、確実に追跡出来ル」

 ―――「そうか… 頼んだぜ」

 電話は切れタ。…さテ、仕事に移るトしよウ。



 ===川崎隼人の節===


 …気が重いな。俺は自宅に戻り、依頼主に再びうちにやって来るように電話をかける。


 ―――「もしもし…」

「あ、お世話になってます、株式会社マルチエージェンシーの川崎でございます」

 ―――「どうも…」

 …心なしか、とてつもなく暗いな… ウチで会った時とは全然違う。喜怒哀楽の全てが抜け落ちた感じだ…


「林出さん。申し訳ないが近いうちに再度ウチを訪ねてもらえますか? どうしても話しておかなければならないことがあります」

 ―――「…分かりました。明日の二時ごろでしたら伺えます」

「ではその時間お待ちしております。失礼いたします」

 電話を切った… 本当に林出さんか? あんな低い声も出せたんだ… しかしどうしたもんか。


「はぁ…」

 家族がある身とはいえ、依頼に失敗したのはこれが初めて。何かとんでもない脅威が降りかかろうとしてるのだろうか。


 ◇◇◇


 翌日… 気怠い翌日はどう対処してもやって来る。約束の時間の五分前に依頼主はやって来た。スーツ姿で…


「…お待ちしておりました。中へどうぞ」

「失礼します」

 …アレ? 電話口の時と印象が違う… まぁでもそう言う人もいるのかな… 俺はそう感じながら客間に彼女を通した。彼女が席に着くのを確認すると、覚悟を決めて口を開く。


「…残念ですが、お請けさせて頂いた依頼を打ち止めさせていただきます」

「え…? ど、どういうことですか?」

「完遂が困難であると言う結論に至りました」

 俺の言葉に彼女は震え出した。信じてもらってたのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ…


「な… 何でそんなことに…」

「昨日の事件は御覧になられたと思いますが、ホテル・ピュアでのビル火災。アレは証拠隠滅のための意図的な犯行でした。頂いてた情報はそれだけですので、新たに情報を頂けない限り、進行は不可能かと…」

 …俺はズルい。情報が無いから捜査は打ち切りと言う建前をチラつかせている当たりが… 核の部分はそこじゃないのに。…しかし彼女も食い下がる。


「…あ! じゃあ新しい情報を思い出したり見つけ出せれば、また動いてくれるわけですよね」

「…!!」

 建前を真に受け止める人もいる。『行けたら行く』なんて言葉を信じる人もいるんだ… 俺は観念し、全てを白状する。


「…言葉足らずですみません。情報を新たに頂いても、証拠隠滅のためにビル一棟を燃やす集団相手には戦えません。相手が強大すぎる… 頂いていたお金は全てお返しいたしますし、今回かかった弁護士費用につきましても当社が負担させていただきますのでどうかお引き取り下さい。あとこちら、せっかく信頼して来訪して頂いたのにこんな結果で終わってしまって申し訳ない。どうかお納めください…」

 結局、これしかない。誠心誠意どんだけ真摯に謝ろうが、チビチビと金を請求されるくらいなら安いものだ。謝罪なんてどうせ、なんにも残らないんだから… 俺が封筒を手渡すと、彼女は受け取り…


「助けてくれるって言ったじゃないですか!! 信じてたのに…!!」

 そう叫んで投げ返してきた。『金で解決しようとするな』と言う声が聞こえた気がした。


「…すいません」

「簡単に希望なんて持たせないでよ!! 私がどれほど怖い思いをして過ごしてきたか…!! あの夜から男の人が怖い… 許せない…!!」

「…すいません」

「信じてたのに…!!」

 そう言うと彼女は部屋を飛び出し、我が家を出た。俺はその姿を追いかけることなく、受け取ったお金の返金の為に三時までに銀行に行かなきゃと切り替えていた。大人と大人の会話、相手は子供じゃないんだから。


 それに家族の為にも進むしかないんだ。飛鳥はまだ学生だ… 大学行かせるための学費分を稼がなきゃ。


 だが俺は後に後悔することになる。大人に飲まれない様に強く生きていた俺にとって、人の心は脆いことを思い知ることになる。



 ===川崎隼人の知らない世界===


 ――女の悲しみは男で拭いさりましょう。アルコールやドラッグは母体からだに悪いから。

 泣いているのは私だけ。独りよがりな私だけ。

 暗い夜空は私の目一つで明るく様変さまがわり。

 誰がこんな世の中にした? いつだっていい女は権力者のお膝元。

 誰がこんな世の中にした? 不平等で成り立ってる世界で嘆く… 


 奪われた日常を取り戻せ!! 明日が不安と嘆くなら。

 暴力で正義を掴み取れ!! やられたまんまじゃ終われない。

 

 ~♪♪♪


 THE-DARKNESSザ・ダークネスと言うインディーバンドの『クズ社会は夜明け前』と言う曲をイヤホンで聞きながら、鹿舞町しかまいちょうの付近にある伴田ばんた橋で川を見つめる女性。依頼主・林出律子はやしでりつこである。


 半袖に短いパンツ… 中々スタイルの良い彼女。男もほっとかないだろう。しかし両腕には大量の自傷痕と注射痕。瞳孔開きっぱなしの目、その目元にはクマ、顔はコケている。一言で言い表すなら薬物中毒の廃人そのものだ。川崎隼人と対面したときとは何もかもが違う…


「何にも… なくなった。何も…」

 涙をこぼしながらポツリと呟く。偶然か必然か… 川崎隼人が寺田勇次の父、寺田勇作を投げ入れた川を見つめる。視界を狂わせながらも、彼女の瞳には隼人が写っている。


 鹿舞町で身の丈に合わないドレスをクレジットカードで買い漁って、カード会社から不正利用を疑われて電話を受ける。ただいまの彼女は感傷的だったので、常識が見えなかった。『私には似合わないって言いたいの?』『私には価値がないって言いたいわけ?』とコールセンターを困らせる。


 事実、彼女の中に在った何かが壊れた… 彼女は壊れた。高級バックの中には牛刀(刃渡り18センチ)を入れて、川辺を不敵にほほ笑みかける。『信じてたのに…』と笑い泣く姿を時折ときおり見せて… 

 

「お! 綺麗なお姉さん発見!! 今宵はデート?」

 そんな感傷に浸る彼女の静寂を破った男… 川崎隼人に声かけられたホストだ。偶然の積み重なりは、やがて必然へと化ける準備を始めた。


「いえ… 一人じゃ寂しいから街に出たの」

「そう… どう? 俺と一杯…」

「…ええ」

 一人傷ついた女性は街へ繰り出した… したたかな心に秘めた野望を実行するために。



 ===川崎隼人の節===


「はわわ…」

 朝八時… 新たな依頼を受けて色々と算段を練っていた。もう失敗しないために… さて、新しい朝だ。自室を出てリビングへ。


「おはよう… って、いとしだけか…」

「『だけ』って… どーせ僕は働いてないですよーだ!」

 朝八時、リビングのテーブルで食事を取ってるニートと顔を合わせる。俺はソファにどっぷり座ってテレビをつけた。


「昨日、鹿舞町で血まみれの男性がホテルの一室で倒れていた事件。現場付近のホテルで滞在していた女性が逮捕されました。現場の大貫さん?」

「あれ… コレ!!」

 …間違いない。ニュースで車に乗せられた女は依頼主の女性、林出律子はやしでりつこだ… 


「ん? どうしたの隼人…?」

「…っ!!」

 …クソ!! 俺は何も…!! …怒りを噛みしめることしかできない。


 ――「はい、大貫です。調べによりますと、おおむね容疑は認めておりますが、『女性はお前たちの快楽を満たすために生まれたんじゃない。これは正義の裁きだ』と話しました。被害者との関係性を探っているとのことです。現場からは以上です…」


「おい、いとし… 頼みがある」

「…ん? 何?」

 テーブルで食事を取る彼にとある重大なミッションを託した。





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