Act 2.性犯罪ビジネスと闇社会の刺客

喰う人喰われる人



 ===川崎隼人の知らない世界===


 新栄区・鹿舞しかまい町… この街は人をせ、人をおとしいれる。一度でもどん底に落ちれば、這い上がるのはほぼ不可能。良い人に飼われるか、宝くじや賭け事で一発逆転を狙うかだけだ…


「はーい、お嬢ちゃん良いね~」

 ここはラブホテル… ベッドの上で脱がされながらカメラを撮られる女性。アロハでサングラスをかけて、真っ黒に焼けたがっちりした体格のカメラマンに『いやだ』と懇願こんがんするが、『良いから良いから』と無理やりな形で脱がされる…


「おっ!! ピンクのポッチが見えてきましたぁ~!!」

「は、恥ずかしいです…!!」

「お嬢ちゃん… そう言うリアクションは取れてるからさ、焦らしながらも脱いでいってよ。怒っちゃうよ?」

 サングラスを外して睨みを利かせる男… 左目の部分に切り傷が。


「で、でも… 話と違…っ」

「うるせぇな!!」

「キャッ…!!」

 女性の髪の毛を掴んでベッドにうずめるカメラマン。ぐりぐりとベットに顔をこすらせて…


「優しいうちにやってくんないとさァ… めんどくさい子は、こんな風に虐めたくなるんだよ…!!」

「ぐ…!!」

 呼吸が出来ず、ベッドのシーツを掴んでもがく女性。そんな彼女のケツを叩きながら、パンストを破り白いパンツをまさぐる。ぐちょぐちょとやらしい音を立てて…


「苦しいと最高にイケるらしいぜ? ホラ、今どんな感じよ?」

「…っ」

 酸欠で抵抗できず、ぐったりとしている。そこに一人の来訪者が…


 ――ガチャ!! 金髪に白いスーツで身を包んだホストが部屋に入ってきた。


「よぉ… 健ちゃんやってる?」

「あ、どーも杉さん!! 今からハメ撮りパートやろうと思って」

 女性のもとに近寄って首をかしげるホスト… 


「おーい… 傷ついちゃってるじゃない」

「あ、あのアマが暴れたもんで、言うこと聞かないからつい…」

 その言葉に眉間にしわを寄せるホスト…


「商品には価値があるんだよ…? お前のイライラとか抜きたい欲で下げてちゃダメだろ…?」

「…も、申し訳ないっす」

「それにこれは、お前の欲求を満たすためじゃないって教えたよね? 作品として人々を楽しませるんだよ…」

「あ、はい… すいません。でもそういう過激なのが好きな奴も…」

「雑魚が口答えすんじゃねぇよ!! これは商売だっつってんだろうが! 俺の脚本家に茶々いれんのかァ?」

「ぎぃいいやああああ!!」

 ホストにナイフで顔を切りつけられる男… 右目から左側の下唇までスパッと斬られた。


「お嬢さん… 大丈夫かい?」

「う… あ!! あの…!!」

「リラックスして…? 今度は僕と踊ろう…」

 彼女とキスをするホスト。口の中にクスリを忍ばせて…


「えっと…!!」

「大丈夫… 身を任せて?」

 そのまま気絶する女性… カメラを回しながらゆっくりと身体を舐めまわすのだった…



 ===川崎隼人の節===


「…初めてのデートでホテルまで行った私がバカでした。この年での出会いで舞い上がっちゃって。いざ会ってみたら写真と違くて、行為を拒んだらぶたれて無理やり… おまけにテープまで回されちゃってて…」

 今日は朝早くから便利屋としての打ち合わせが入っていた。女性… 名を林出はやしで律子りつこ。お仕事は病院の看護婦ナースさん。…ぶっちゃけ綺麗だ。


 俺たちの仕事は基本、一見さんお断りなのだが、知り合いを頼ったらここを紹介してもらったとの事。俺たちの看板の価値、落ちてないか…?


 ナースさんとは言ったが、高そうな黒いドレス。夏場だってのにしっかりと肌を隠してる。まぁ日焼け対策なのかもしれないが、少々重装備と言うか… クーラーは付けているが、額の汗をハンカチで拭ってる。オシャレってのは大変だな。高そうなネックレスに高級ブランドのカバン… 看護婦ってプライベートはこんな感じなのかな? 


「…私から個人的に言わせもらうと、出会おうと思わなくても寄ってくる人はいそうですがね? お綺麗ですから…」

「…綺麗じゃ、ないです」

 彼女は小声で俺の声を否定した。きっかけさえあれば彼女も… 余計な詮索は止めておこう。


 依頼内容は… ハメ撮りテープの回収と示談金や慰謝料の請求。はぁ… 女性の気持ちを考えると胸に詰まるような話だ。警察には先に行ったらしいが、門前払いされたらしい。聞いた話なのでどこまでが正しいのかは分からないが、証拠を開示できなかったからとの事。34歳にもなって『上手く伝えることが出来なかった』なんて言うなよな… そんなんじゃ患者がビビって寄り付かねぇよ。ホントに看護婦なのか疑ってしまうレベルだ。


 言ってしまえばテープと金の請求が最終目標だが、通過点に『犯人の特定』って作業が要る。この手の話は慎重に行かないと裁判やっても負ける案件だ。それなりの確証を揃えないと… それに、被害者に対しても慎重である必要がある。普段はデリカシーない俺だが、仕事には細心の注意を払う。


 …ちなみに、金を貰えれば悪いことも飲み込むと被害者の彼女が言ったんであって、俺の意思ではない。恐ろしい女もいるもんだ…


「日付とか覚えてますか? 行為があったのはどことか…」

「鹿舞町の『ピュア』って言うホテルです… 日付は一か月前の三月の十五日」

「加害者の写真とか、連絡先はまだ残ってますか?」

「その後、連絡先は消されてました。…あ、でも顔とか体格ならは分かります。170センチくらいで全体的に日焼けしてて、がっちりした体つきです… 行為が済み次第、アイツは部屋を出て行きました…!!」

 …情報が無いに等しい。加害者を見つけ出すことからスタートか。


 「動画を撮ることに関しては合意はなかったんですね?」


 これは肖像権やプライバシー侵害についての確認だ… ネットに晒されたり、商品として販売されていれば、更に罪が乗っかる。これについては前にも同じような案件を扱ったことがある経験から知ってる。その時は玲奈・・がいたっけな… アイツは法にも強い奴で、俺はその背中を追う事しかできなかった。だからメモを漁ったらすぐ出てきたよ。


「同意なんてするわけありません…!! 『良いから、良いから』って半ば強引に…!! 思い出すだけでゾッとします!! 怖くて、抵抗できなかった…」

「強制わいせつの罪も加算される場合がありますね… その辺の話はやはり弁護士を通してもらったほうがいい。すぐに紹介します。私どもが出来るのはあくまで証拠集め…」

 そう言って俺は弁護士の名刺を手渡す。玲奈の知り合いの方らしく、実績あるようだ。


「裁判を起こすとなったらお金とかも…」

「その辺のことも弁護士に相談してください。ああ、返済プランは所得や資産状況を加味してご提案しますので」

「…ありがとう!!」

 彼女は手を差し出してきた。握手か…


「まだ何も終わってませんよ? 証拠は現状無いんですからね」

 そう言って、差し出した手を押し返した。安易に握ってしまえば、依頼主の思い通りにいかなかった時に申し訳なさがより膨らんでしまう。まぁ、今までそんなことは一度たりともなかったけれど…


「…そうですね。是非お願いします」

 こうして俺は依頼を引き受けることになった。彼女には自分が写ってそうな、又は加害者が出ていそうなビデオを気分がすぐれる範囲で探してもらうことにした。俺もハメ撮り系の相手『ガッチリした夏っぽいこげ茶野郎』を探してみるとするか…


 でもそのまえにやることがある… ホテルについての調査だ。監視カメラを残してるハズだ。


 ◇◇◇


 ラブホテル『ピュア』のフロント… 俺はオーナーらしき男に直接聞いた。『カメラ見せろ』と詰め寄った。それにしてもさびれたホテルだ…


「…いや~ちょっと困るね~ ウチ、そう言うのはやってないから」

「重要な手掛かりがあるかもしれないんだ、悪いが見せてくれ」

「あ、ちょっと!! フロント入ってこないで!! あんまりしつこいと、怖い人・・・読んじゃうよ?」

 …コイツはクロ・・のようだ。店側が呼ぶのは本来警察であって…


「金は払う… だから頼む。俺も穏便に行きたい」

「そんなこと言われたってね…」

 俺とフロントとの会話を割り込むように、カップル客がカギを返しにやって来た。その男の方がフロントに話しかける。


「どうしたんだい?」

「あ、オーナー!! コイツが防犯カメラ見せろってうるさいんですよ!!」

 オーナー? 金髪で白い服装のホストみたいなやつだ。まさか自分のホテルで情事じょうじに及ぶとは…


「えっと… お客さん、それでしたら是非中でお話お聞かせ願えないですか?」

「え?」


 オーナーからの意外な提案… 俺は言われるがままに通された部屋に入った。オーナーはタクシーを呼んで女性を帰らせてるので、俺は一人、部屋で待っている状況。机とちょっとした家具しかない部屋。従業員の休憩用の部屋のようだ。着いた先で名刺を差し出してくる。


「遅くなりました… 私、このホテルのオーナーを務めます杉下と申します」

「どうも…」 

 株式会社・クルーマネージメント代表取締役・杉下鉄平と書かれた名刺。


「タバコはお吸いに?」

「ああ、じゃあ失礼します…」

 俺の前にそれはそれは立派な灰皿を置いてくれる。


「ええ… 本題に入らせていただくと、先ほどの従業員からお話あった通り映像はお見せすることは出来ません。警察からの要請が無い限りは…」

「…そりゃそうだ」

 ケーサツを呼んじまったら、お前らの悪行がバレるだけだろうが…


「そもそも素性を知り得ない相手に対して、安易に動くことが出来ないんですよ…」

「それもそうだ… 申し訳ないが、身分を証明するものは持ってなくてね…」

「身分証をもっていない、と…」

 俺はそのガタイからよく職質を受けるが、免許証を提示したことは一度たりともない。身分証にはデータが詰まってる。安易に見せるわけにはいかないのだ、俺の場合。しかしこのオーナー、チャラっぽいのに意外に冷静… コイツは厄介そうだ。


「良ければ何で防犯カメラが必要だったのかお聞かせいただけますか? それ次第では私どもも協力できるかもしれません…」

 協力か… 聞こえはいいが、情報を共有することを希望してるんだ。飲めるわけがない…


「悪いが、それは出来ない。依頼主のプライバシーの為、そして本人から大事おおごとにしない様に頼まれてるんで…」

「そうでしたか… ラブホテル界隈はその手の話が蔓延してますからね…」

「ああ、そうらしい。…女性との密会中に申し訳ない」

 そう言って帰る準備をする… その背後でオーナーは金庫を開けている。何だ…?


「えっと… せめてお名前だけでもお伺いできますか?」

「…川、畑です」

「川畑さん、これを詫び料としてお納めいただけますか?」

「え…?」

 奴の手には、銀行でお金を受け取った際に100万ごとに付いてくる帯の束が三つ… 詫び料? 何に対して、何故てめぇが…


「被害女性の気持ちを思うと心が、ね。被害者を生んでしまった… 私どもの店舗で起きたことだ、私たちのサービスもとい防犯体制に非があったという事です」

「…事件から幕を引けと?」

「そうは言ってません!! …ただ、我々にもプライドがある。誠意を見せなければ… 今手持ちの現金がこれだけしかありませんが、要求される分は何とか捻出しします。お金で心の傷を埋めて頂けるなら…」

「…そんなこと言われたって」

 クソ… こんな時に玲奈が居れば、正しいことが出来たんだろうな… 貰う金じゃ絶対ない様な気はするけど、依頼主の確認もなしに突っぱねるのもどうか…


「…もし、これで矛を収めて頂けるなら、川畑さんにもそれなりのお礼をさせていただきます。貴方がおっしゃった通り、正直な気持ち幕を引いていただきたい…!! 謝罪の気持ちもありましたが、見栄を張ってすいません!!」

 そう言ってホストは土下座をし始める。『すいません』と連呼して…


「や、やめてくれ!!」

「すいません… 非人道的とは存じます!! されど我々とて穏便に行きたいのです。ハッキリ言ってこの業界は世の中のグレーゾーン。犯罪性も認識したう上で営業していますが、お金の都合であったり、プライバシーの配慮であったりといろんなしがらみがあって、そのすべてを叶えることは出来ません。一発で営業停止になりかねない世界なんです…!!」

「わかったからイスに座ってくれ…」

「すいません、取り乱しました…」

 俺が促してようやく座ってくれた。その上で言う…


「…悪いな、飲むわけにはいかないよ」

「な、何がダメでしたか? 金額なら… 頑張りますので一つ…!!」

 同情やお金… 人を引き付けるには十分すぎる材料。良い行いをした上に金も貰える… 魅力的な交渉術だ。だがそれは目の前のコイツだけに対しての良いことで、根幹は正せない。そして残念、俺は他人を信じない… 家族以外には何も。


「俺は、闘う意思を示した人間を精一杯保護する。それだけだ…」

「…後悔しますよ? この先…」

「え…?」

 急に顔色を変えるホスト野郎… とんだ喜劇役者だ。パンピー(一般人)相手に少しビビっちまったよ。


「言ったはずです。この世界はグレーで成り立ってる。これ以上ツッコむなら、いずれ貴方にも天災が降りかかってくる」

「…それは脅しか?」

「いいえ。この業界にスポットライトを当てることの意味が分かりますか? 同業他社たちが黙っちゃいませんよ。そっとしておくべきです」

「…そうか、邪魔したな」

 そう言って俺は部屋を出た。ホテルを出ると、三つの視線を感じる… めんどくせぇな。まぁでも慣れっこだ、顔を指されるのは。


「せーのっ!」

 俺は全速力で街を駆け抜ける。視線が消えるまで… 消えた頃には家に辿り着いていた。覚醒者・・・じゃなさそうだ。


 ◇◇◇


 …そして展開は動く。翌日のリビングにて…


 ――『昨日、新栄区・鹿舞町のホテルで火災がありました。調べによりますと当時、防災装置が正しく作動しなかったとのことです。火元があった部屋にいた男女二人と、従業員を含む13名亡くなりました。えー、現場から中継です。石森さん』


「…ホテル・ピュアだ」

 テレビから映し出されるのは、昨日この目で見た光景。この火災、意図的か偶発か…



 ===川崎隼人の知らない世界===


 火災があった前日の午後六時… 川崎隼人が家に着いた頃にさかのぼる。一本の電話…


 ――「…すいません、撒かれました」

 電話を受けているのは隼人に示談を申し込もうとしたホストの杉下。あの追手おっては彼の指示だった。


「撒かれた? おいおい… それ相応の金は渡してるだろう? 何故撒かれることがある?」

 ――「アイツ、とんでもない速さで走り去っていって…」

「…そんな言い訳が通用する世界? 今更…」

 ――「すいません…」

「はぁああああ…」

 彼は重いため息を付く… そして顔をキリっと切り替えて…


「使えない用心棒は要らない・・・・…」

 ――「や、待ってください!! 必ず見つけ出しますから!!」

 電話口の相手は知っている。要らないの意味が、『お前の家族もろとも消す』であると…


「もういいよ、別の奴に頼むことにするから…」

 ――「でも!! あ、じゃあ勤めさせてください!! 鉄砲玉になる覚悟は元より…!!」

 そのセリフを聞くと、電話越しでニヤッと笑う杉下…


「じゃあ消し炭にしてよ… を」

「…はい」

 消し炭… その言葉の真意とは。

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