バカ待つ家族のクリスマス



 ===川崎隼人の節===


「ん…?」

 

 ———ピピピ、ピピピ。目覚まし時計の音で目を覚ます。12月25日… え、あれ…? 自室のベッドの上。どうやらすっげー長いこと夢をみていたようだ…。やべぇ、やらかした…


「…え? 嘘!! マジか…」

 俺は慌ててケータイを取り出して、ある人物を呼び出した。


「あ、詩音!! 俺さぁ、寝ちまってたみたいで…」

「は? 何言ってんの?」

「え? だって今日はクリスマスで…」

「昨日デートしたじゃない。覚えてないの?」

「え? アレは夢じゃなかった?」

 そうか… アレは夢じゃなかったのか。じゃあなんてここで寝てるんだ? ホテル予約してたんだけど…


「は…? 池宿のセレクトショップ行って、『ハイレンドホテル』でビュッフェ。『エクストリーム』でパンケーキを食べたじゃない。何を寝ぼけてるの?」

「え? …その後は?」

「…居酒屋。…そう、そこでアンタが渇いた喉を潤すからってお酒を口に付けて… あの後お家に送るの大変だったわ」

「居酒屋… 占いの館は? 確か『デモン』って言う…」

「デモン? なにそれ… ついに妄言まで吐くようになったの?」

「お前が言ったんだよ。悪魔占いがあるからって…」

「知らないわよ。もう、ふざけるなら切るね。じゃ…」

「あ、おい!! あ…」

 ———ツー、ツー… 会話の途中にもかかわらず、一方的に切られる哀れな彼氏の俺。その彼氏がやけに鮮明な映像として頭の中に残る記憶がある。


 ———『嘘よ!! 隼人がそんなこと望むわけない!!』


 ――『は、隼人さん!! 隼人さん!!』


 詩音と… 誰だ? 出てこない… これが記憶なのかも定かではない。妄想かどうかも、今となっては分からない…


 ◇◇◇ 


「やっぱあれは夢だったのかな…」

 これは後日談なのだが、俺は気になっていたことをネットで検索かけた。『占い館・デモン』とキーワードを入れて… するとどうだ、1件たりともヒットすることはなかった。『悪魔占い』や『絶不調占い』、『逆引き占い』はあるかとネット上で尋ねても笑われるだけで答えにはたどり着かなかった。


 ——根こそぎ記憶と共に削られた事実…? 何かの陰謀論? はぁ… 最近もの凄い緊張感にさいなまれていたからな… 


 俺はそんなバカげたことを考えるのに疲れて、酔いが引き起こした妄想だったということで決着をつけた。闇が迫っているのを見て見ぬふりをして…  



 ===隼人の知らない世界--===



 12月24日の午後五時… 隼人と詩音がデートをしている頃の話までさかのぼる。 


「紗耶香ちゃん、隼人は~?」

 川崎隼人が暮らす帝和部・天鳳区てんほうく(区画名)・喜楽町きらくちょう(町村名)の一件家。この家に同居する同い年の青年・いとしは彼の帰りを楽しみにしていた。


「今日は… 泊まりで用事があるみたいなの」

 同じくこの家に住む三つ上の女性・紗耶香さやか、キッチンのカウンター越しでテーブルに座るいとしに答える。


「え~っ? いつもクリスマスはみんなで鶏肉食べて、ケーキ食べて、映画見たじゃん!!」

「もうわがまま言わないの。あの人だって普段私たちに尽くしてくれるのに、休み時間がないんじゃ可哀想よ」

 別に恋人でも婚約者でもない隼人をかばう紗耶香。彼らに血の繋がりもない。


「わがまま言うよ!! 一人だけ楽しい思いして… さやちゃんは隼人が違う女性とクリスマス過ごしてるとしたら嫌じゃないの?」

「…そうね。そう… ちょっと嫌だ。…だから、いない彼がうらやむくらい楽しい日にしましょう」

「うん…。あすちゃんは?」

「部活だけど、もうすぐ帰って来るわ」

「休みの日なのにすごいねぇ…」

「大会が近いんだって。一年生の時から選抜に選ばれて、今は二年生。三年生が抜けた今はキャプテン… 頑張ったのよ、隼人君に見てもらうために」

「でも隼人は帰ってこないでしょ?」

「…今日はね。でもいい子にしてたら、良いこと起こるわ」

 寂しそうな顔をしながらいとしに話しかけた。そんな気持ちを汲んでか、いとしは隼人の話を止める。



 ◇◇◇


 ———ピンポーン。午後七時のこと。飛鳥が帰ってきたので、いとしが玄関を開ける。


「あすちゃん、お帰り~」

「ただいま… お風呂沸いてますか?」

「うん。沸かしておいた」

「じゃあお先に頂きますね。ちょっと汚れちゃったんで…」

 飛鳥は風呂場へと直行する。紗耶香に挨拶することなく…


「さやちゃん、今日は何を作ってくれるの?」

「唐揚げにグラタンにピザに… いとしくんは他に食べたいものある?」

「ううん。ない。全部隼人の好物だね…」

「…はは、そうね… 彼の鉱物が得意料理になっちゃったわ」

「帰ってくればいいのに…」

 そう呟いた瞬間だった。


 ――――ピンポーン 飛鳥の帰宅から5分後のことだ…


「誰だろう… あっ隼人!!」

 モニターを覗き込むと、待ち望んでいた人物の姿が…


「え…? ウソ… あの人ったら」

 その光景に酷く動揺している紗耶香。そして微かに聞こえる風呂場からバシャバシャと水を叩く音…


「隼人!! お帰り!!」

「うへへ… おっ、やってるねぇいとし!!」

「お帰りなさい… 今日は用事があったんじゃないの?」

 キッチンから抜け出して、玄関口で出迎える紗耶香。顔を真っ赤に赤らめて、べろべろに酔いつぶれていた。


「お! 紗耶香ぁ~ 今日も美人だなァ… へへ」

「…隼人君、よね?」

 紗耶香は愛に確認した。盲目・・の彼女には、視覚以外で相手を認識するしかない。


「うん、偽物じゃないみたい」

 いとしが隼人の顔をペタペタと触って確認している最中…


「…本物ですよ」

「あすちゃん…」

 背後から風呂上がりでパジャマ姿の飛鳥が、髪をわきながらでやって来た。


「ひどくお酔いになられたみたいですね… とっても楽しそうなこと」

「おっ… パンダのパジャマ、着てくれたんだなァ… んおっと…!! 何すんだァ…?」

大藁衣おおわらい…」

 飛鳥が隼人に向かって手を突き出すと、わらが彼の身体を包み、ぐるぐる巻きにした。まるでミイラ、顔以外の全てをわらで覆ったのだ。隼人は異能であることが、その家族(血のつながりはない)である紗耶香さやか飛鳥あすかいとしも同じように社会のはみ出し者異能であった。


「くそ… おい飛鳥、何の真似…ふぐっ!!」

「あすちゃん!! 何もここまでしなくても…!」

 飛鳥に殴られて気絶する隼人… その様子を感じ取って、紗耶香は注意する。詩音がケビン・ジェーンのように匂いで状況を把握できるなら、紗耶香は音。物音ひとつで『距離』・『場所』・『物』・『出来事』を鮮明に分かってしまう。


「こんな隼人さんの姿、見たくありません。誰かに毒を盛られたんですよ、きっと…」

 飛鳥はぐるぐる巻きの隼人を連れて、二階の彼の寝室へと運んだ。


「さ、彼なしの続きを始めましょう… 手伝っていとしくん」

「うん…」

 淋しげな表情を浮かべながら、家族はクリスマスを演出するのだった。



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