第二章 はみ出し者家族と穏やかな希望たち

Act 1.家出娘と不確かな街

巨大な事件の幕開け


――—『続いてのニュースです。岩橋いわはし部で起きた生産な殺人事件から3年。周辺住民は眠れない日々を過ごしています…』


――『事件があったのは、岩橋部・大湊おおみなと町の閑静かんせいな住宅街で、当時59歳の女性・川端繁子さんが何者かによって殺害された事件です。特徴として、乳房と首元に大きく噛み千切られた様な傷跡があり……』


 これは帝和ていわ天鳳てんほうと言う街の便利屋から始まる、人間の皮被った悪魔たちとたちによる血みどろの戦いの歴史である。



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「よし…」

 今俺はとある土建屋の社屋前に立っている。稲葉工務店と書かれたガラス窓の扉を開ければ、依頼主が待ってる… 何の仕事かって? 今回は・・・探偵ごっこ。


 街の便利屋に舞い込んだ依頼と陽気な日曜日。張り込んで追いかけ回した寒空の木曜日… 別に探偵これが本職ってわけじゃないが、人に取られるくらいなら…となんでも仕事を引き受ける。株式会社マルチエージェンシーは、ご要望なら『鍵開け』も『トイレのつまり解消』でも『引っ越しのお手伝い』でも何でもこなしてやる!! もう貧しいのはこりごりだからな…


「依頼されてた書類持参しましたぁ~!!」

 ドアを開けて、体の大きな俺が今日も営業スマイルで依頼人を盛り上げる。


「おお待ってました!! それで…」

「まぁとりあえず、この証拠写真エビデンスを見てからでもいいでしょう…」

 その俺は斜に構えて、ニヒルで含みのある笑みを見せる。しかし…


「横文字は分からん。格好つけるな…」

「すんません…」

 なれない横文字によって顧客カスタマーにムカつかれてしまった。今度から年齢を選んで言葉を使い分けるとしよう…


「ズバリッ… あんたの奥さん、浮気してるよ…」

「えぇ! くっそーッ 別れてべっぴんさんもらい受けてやる~ッ!! あんたも付き合ってくれっ」

「よっしゃ、ただ酒飲めるっ」


 依頼人と言う名の迷い人とともに夜の街を繰り出した。帝和ていわの夜明けは早い。夜明け前を感じさせないモノで溢れていて…


 ☆☆☆


 20××年… 我が国・和泉いずみは活気だっていた。

 鎖国から400年は経った今、空前絶後の大貿易時代を迎え、他国からの物が溢れる異文化の交流は私たちに新鮮な息吹をもたらした。人々は恋に遊びに踊り明かしたのだった。


 そんな中で『コンクリートジャングル』こと眠らない街・帝和ていわ… 職場や家庭内には非業の死を迎えた人々の話で持ちきりになっていた。

 この国は世界に目を向ける前に解決しなければならない問題をいくつも抱えている。内にも外にも敵。休めない現実がそこにはあった。



◇◇◇


 俺の名は川崎かわさき隼人はやと(20) 身長191センチ、体重88キロ… 趣味はマッサージを受けること。特技は… 我慢。ここ帝和ていわで家族四人で暮らすしがない街の便利屋だ。


 一軒家に俺を含めた5人で暮らしていたが去年の末、一人が去って行き現在4人で暮らしている。どいつもこいつも努力家の超人ちょうじんだらけで、デカいだけで凡人の俺は戸惑っているよ。


「帝和部・西門にしかど区では厳戒態勢げんかいたいせいもと、市民にも注意を呼び掛けており…」

 ニュースを見ながら家族で朝食をとる。昨日は終電まで飲みに飲んだものの、二日酔いなく朝食を迎えられている。…世間は暗い話ばかりで、酒は明るさを保つための世の必需品になってる。


【わっしょい殺し殺人事件】 ネーミングセンス抜群だ、警察はコピーライターでも雇っているんだろうか… 


 ここ帝和でホットなニュースと言えばみんなこれを指す。ビルからの飛び降りのことだ。自殺か他殺か断定できない案件なのだが、死体のそばでは『わっしょい、わっしょい』とお祭り気分でアゲアゲな奴らの声がすると言う。


 都市部に位置する帝和ここでは、規制をくぐり抜け非合法な物ならなんでもそろう。毒物、薬物、劇物何でもつどうのだ。買えないものはないとまで言う声もある。

 深夜にもなると異文化交流もおさかんになり、町はカオスと化す。そんな帝和が俺は好きだ。


飛鳥あすか、お前の学校に近いんじゃねぇか?」

 ニュースを見て… 四人用の食卓、向かいに座る女子高生に言う。


西門にしかど区って言っても北は成瀬なるせ、西は戸川とがわと広いです。事件現場の岩田いわたとか川井かわいなら結構離れてます」

「そ、そうか…」


 十七のマセガキに俺はタジタジ。…ぶっちゃけた話、学のない俺は優秀なこの子に泣かされないように威厳をキープするので必死。未成年ってのはホント怖い…


「僕の彼女なら岩田に住んでるよ」

 隣の席の同い年は、ご飯粒を飛ばしながら言う。くちゃくちゃ食いやがって…


いとし!! お前飯食いながらしゃべるな。あと『くちゃくちゃ』止めろ」

「ごめん」

 『ハンセ~』と口を塞いでる同い年。憎めないのよなぁ、コイツは。


「…紗耶香さやか、もう出んのか?」

 食事を終え、リビングで慌ただしくしてるブラウス姿の女に俺は言う。


「月末だから忙しいの。隼人はやとくん、今日の当番よろしくね」と実に慌ただしい。


☆☆☆


 便利屋の仕事は待っていれば入ってくるようなものではない。新規で業界に参入したときは大変だった…


 街中で我々の連絡先が載っているシールを張ったり(違法)、拡声器持って宣伝活動行ったり(違法)、困ってそうな人の情報を盗んで電話営業したり(違法)して得ていたが、最近じゃ街角で呼び込みをかけることなく仕事が入る盛況っぷり。顧客が顧客に口コミして新規を開拓できるようになった。少しばかしの余裕から、仕事を選べる身分にもなった。


 今日も依頼主と打ち合わせするため10時に伺う予定だ。依頼主は『元気印製薬』… 大企業の社長。

 『24時間の壁を壊せ。社会を生き抜く強さを』ってブラック企業で溢れるこのご時世に、バリバリ社会風刺の栄養ドリンクのCMでお馴染みの会社。

 なんでも社長のご令嬢がお家にお戻りにならないと。何やってんのか探ってくれだって… 年齢的には飛鳥の一個上。大学生で遊びたい年頃なのだろうな…


 俺は依頼を受ける前にお決まりの習慣をこなす。依頼主に探りを入れることだ。


 仕事柄で敵も多く、安易に請け負うことはしない。これは玲奈の教訓で俺に引き継がれている。

 合理的だと思うし納得した上でやってる。今は家族を背負う身なのだから。依頼内容やそういう部分を加味して伸るか反るかを決める。


 怪しいものや非合法には絶対に手を出さない。仕事内容を事前に提示する段階でそういう類は突っぱねているのだが、偽装して通過し第二段階… 内情調査で依頼を拒否する事態も二回あった。

 

 …今はいない玲奈の教訓が活きていると痛感する。


 ちなみに今回の件は、信用できる顧客からの紹介と会社の信用状態、オフィスに至るまでクリーンだと判断し依頼を承諾した。大きい会社であればあるほどクリーンであらねばならない。だから仕事を受け取る方も気が楽だ。


「くぅ~!! これがあるから明日も頑張れる!!」

 自販機で例の栄養ドリンクを買って飲む。常に俺自身が常用している商品なだけあって、依頼主にお会いするのが個人的に楽しみである。飲んだ瞬間『ぼわっ』となってCMのセリフを言わずにはいられない。瓶を捨てて目的地に向かうのであった…



  ===隼人の知らない世界===



 ~~~川崎隼人の動きと時同じくして、あるオフィスにて


のリスト、お渡ししておきます」

 ハットの男が、油ギッシュなデカぼくろのハゲに資料を渡す。


「フフフ、毎度悪いなァ… 川崎隼人か、ここからそう遠くはない。仕事が片付いたら向かうとしよう」

「はい」

 男は張り付くような気持ちの悪い笑みを浮かべていた…



 ~~~ある雨の日の雷も落ちるような廃墟にて


 少年の様な背丈のジャンヌや、教祖と呼ばれるフィリオたち等の黒装束集団が集会をしている。集会場の教壇に立つジャンヌ。セミナーか何かの司会のような振る舞いをする。


「…足元の悪い中、来ていただいてありがとうございます。今回の議題は、悪人狂の復活についてと、『川崎隼人・・・・』について…」


 ——ゴゴゴ!!


 鳴り響き、光渡る雷… そして『川崎隼人』のワードでざわめく会場… まるで言ってはいけない人の名前を出したかのような反応であった。


 …光りある所に影ができる。隼人の暮らしを脅かす者たちは近くまで来ていたのだった。


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