清永の夜を買う



 以来の打ち合わせ当日。目的の建物までは家から交通機関を用いて30分ほど。ホント丸川線内側の天鳳区てんほうくは『都会だなぁ…』と電車に乗るたびいつも思ってる。

 電車乗り継いでいくより歩いて向かう方が速い場所も存在するくらいだ。栄えてる町から栄えてる街へ… 食べ物屋や遊び場には困らない。


西門区にしかどく清永きよなが三丁目…三の十七…オクトレイビル… ここか」


 電柱にくっついてる住所と建物の表札ともらってた地図を見比べながら… 約束の時間より10分ほど早くに受付に話を済ませた。

 2階の会議室に通されて上座に案内された。エレベータの出方からしてこちらが仕事を貰っている側とは言え、その辺のビジネスマナーはしっかりと出来ている。

 対応は大企業のものだ…と最近ビジネスマナー本を愛読する俺は思った。


 9時52分には依頼主も顔を出す。18の娘がいることを感じさせない上品な髪も整え髭も剃った男前社長だ…。誠実さを感じる。


「初めまして、この会社の代表取締役をやらせていただいております。岩橋です」

「ああ、これはどうも」

 扉開けてすぐ名刺をもらった。俺は自身の名刺入れを構えることなくとりあえず受け取る。


「すいません、うちは名刺とかないんで」

「あ、そうなんですね。ペーパーフリーの時代ですもんね」

 と納得してもらったが、自分でも社会的に失礼だとは思ってる。ただ考えあってのものだ。


 最近じゃ割と有名になったので大きな企業の方々と話す機会が増えたのだが、一人で仕事をこなす今、こういうときの対応に困ってる。

 玲奈はその点ちゃんと持っていたなぁ。名刺入れはおろか名刺を持たない俺はそういうところがたるんでいるんだ。

 貰えば情報、配れば広告。そんなのは知ってるし、今どき名刺を作るのなんて楽なことくらい…


 個人でやってるわけだからわざわざ堅苦しくするのは嫌なんだ。余裕がある今は付き合いで仕事を得ていきたいと思ってる。

 それに依頼あってのの自由業は少しでも名前を覚えてもらうのが定石じょうせきなのだが、これまで重ねた苦労から有り難いことに以来のスケジュールは三か月先まで埋まっている。

 いい所に構えた一軒家のバカ高い固定資産税にも苦労はしてない。預金も株とか込み込みで最近一億を超えた。

 高校生の飛鳥あすかも家に閉じこもってるいとしにも苦労はさせないくらい今は余裕がある。

 新規で危ない会社に寄ってもらいたくないってのが実のところの本音。玲奈が改革的なら、俺は保身的であるのだ。



「何か飲まれますか? 用意させますけど…」

「いえ、お構いなく…」

 高級そうな黒いソファに座った俺を構ってくれる依頼主。社長室ってだけあって高級そうなテーブルとイス、来客者用のソファーとテーブル… 物にこだわりがあるようだが、公私混同はしてなさそうな簡素な部屋作り。

 書類もパソコンや印鑑等の仕事道具も綺麗にまとまっている。


「早速なのですが、あなた様に娘の行方を辿っていただきたく思いまして…」

 彼は引き出しの中から取り出した封筒を渡してきた。中には複数枚の写真と一枚の紙。

 身長だとか体重だとか、どこの学校出身だとか探し人にまつわることがいろいろ書いてある。ただそれだけ…


「警察には連絡したのですか?」

「いえ… 大所帯を抱える私の娘がこんなでは、社員たちに示しがつかないと思い…」

 なんだコイツ…と、ちょっと顔をしかめかけたが、思いとどまって営業スマイル…ではなく、落ち着いた表情で話を聞く。


「あなた様のお噂はかねがね… 北野商事の北野さんから」

 その情報は北野氏本人からすでに連絡を受けている。『娘さんを探している人がいるのですが、そちらさんの情報をお渡ししてもよろしいですか?』と。こんな風に依頼が舞い込んでくる。前・依頼主がいい人なら橋渡しも基本快諾するのだ。


 北野氏は町工場社長の優しい風貌で優しいお爺さん。暑中見舞いを毎年贈り合ってる間柄だ。当然快諾した。余計な詮索もすることなく。


 目の前のこの男はどうだろうか…


「…分かりました。あなたの家まで娘さんを送り届ければいいのですね」

 言葉づかいや受け答えこそ点数は低いが、差し出されたお茶にも手を付けることなくスーツもビシッと決まってる。威風堂々、俺社長にビビってねぇ…


「いや… あの、恥ずかしながら… 離婚申請中の妻の下に」

「はぁ…」

 おいおいあんた、ビシッと決まってるけどそこら辺はだらしねぇってか… 仲良くはなれそうにないな。


 今後のお付き合いはなさそうだな…と思った。はぁ…


 とんだ体たらく。俺は見た目及第点の相槌で二つ返事、依頼を受けた。荒んだ心模様と葛藤しながら…

 示し合わせたかのように外は土砂降り。会社に顔を立てて、違うとこでは違うモノ立たせて… そりゃ娘、いや、元・娘もグレるわな。

 写真見ても清楚系メガネっ子でおでこ出しロング。…大正ロマンが似合いそうだ。


 大人げなくムカついたってのもあるけど、この手の話になって終始ヘラヘラしてて遊び人って感じが鼻についた。

 こういう奴が公私混同し、経費でお姉ちゃんとの飲み代を落とすんだろ?  …こういうのって偏見かな?

 意外にこういう奴が社運背負ってまで仕事するのかね、『オンとオフと切り替えがうまい奴が上に行く』ってのは聞いたことあるけど…。



◇◇◇


「ったく、どっから手ェ付けるかねぇ…」

 訪問先の最寄り駅・清永。居酒屋や風紀的によくない夜の店が西口前の大通り(井坂いさか通り)に立て並び人やキャッチであふれる。

 昼間は人が寄り付かないことに転じ、『ヴァンパイア通り』なんて呼ばれてる。もうちょっとあっただろうに…


 東口にはいわゆる大衆的な店が見受けられず、高級コンビニが一つあったくらいで喫煙所や公衆便所や遊技場や汚れやゴミがないオフィスタウン。…生活感をまったく感じることが出来ない。


 よく街角アンケートかなんかで、くたびれたサラリーマンがインタビューを受けてたのが印象的だったがあれは西口の印象で、この街に通勤するってのは選ばれしエリートなんだと思った。


 『清永構想二十年』と政治的戦略が東口駅前に幕で掲げられ、夜にはその東口も姿を変えてゴーストタウンとなる。

 クリーンなオフィス街は逆にアウトローで溢れるらしく、ヤ―さんにマフィア、立ちんぼにポン引き、窃盗団に強姦魔の魔窟らしいので地元民は誰も近寄らないんだとか…(全ては【月間猛毒スナイプズ】調べ) 


 東の人々が寝静まる頃には西側の住人が目をさます。線をまたいで清永の西口… 大ヒット曲『清永の夜』を象徴するネオンで煌びやかにドレスアップ。

 隠す気もないスケベな看板だらけ。まるで光と闇。掲示板に張ってある選挙ポスターでも「清永改革」だなんてうたってたけど、ここの区長が変えるのは東口であって西口は相変わらず汚れている。


 西口は清永にあらず…ってか?


 んでこの江田って区長… 前・福原部の議会委員。確か『ウォークインクローゼットいっぱいに詰め込んだ疑惑そのもの』とか女性議員に国会で糾弾きゅうだんされてたっけ。

 側近にイエスマン。コネクションに天下り。マルチに助成金詐欺に政治献金、利権に目がくらんで物流ストップで町工場を潰したってのも記憶に新しい。


 そのくせ当人は公用車のガソリン代は地球249周分…。夜には接待でパーリナイッ!! 

 お土産は手に抱えられないほどのお世話係。連日週刊誌を賑わせてたな…



======江田の悪行=======


 需要に供給。持ってる物利権を最大限生かそうとして提案し可決された法案によって多くの企業は麻痺した。


生活にまつわる私益等の共存法…略して【私益共存法】 


 『生活に関わるエネルギーは個人の私腹を肥やす物であってはならない』との考えから、つまりはエネルギー産業の新規参入打ち止め。国営化を目指そうとしていたのだ。

 資本主義である我が国で、こんなものが可決されるのかと目上たちには色々考えさせられたものだ。


 政府の管理にて高騰する石油やガソリン。それは多方面にダメージを与えるのだ。

 運送業界が打撃を追えば、我々の生活に関わる物の製造単価が上がる。必然的に我々の暮らしにもダメージを与えるのだ。身近なもので言えば野菜の値段が上がったり…


 加えて追い打ちをかけるようなデフレ等による銀行借り入れ条件の大幅な厳正化。見栄え上は低金利で消費者にとって良さげではあるものの、融資がなされない始末。

 これらにより多くの中小零細企業の資金はショートし、貸し倒れに不渡り…。


 しかし、甘い蜜を求めて行動した江田の計画はとん挫することになる。

 

 …内部告発だ。エネルギー資源や工業製品を作る会社とのズブズブな関係を暴露され、週刊紙に叩かれて辞職を余儀なくされたんだっけな… 

 国会答弁で『何が悪いんですか?』って開き直ったのが印象的だった。絵にかいた悪党ぶりで連日ワイドショーを賑わせていたな。

 

 国会に顔を出さなくなった今は区の長か。仮にも有名人だが当選させちまうとは… 彼もまあ仕事熱心なこと。町の特色が彼の性格を現してるなぁ…



 =============


 俺の仕事は風任せ。…何となくだった。『灯台もと暗し』と言う言葉の通りで、この街で今日は探そうかと。

 それに正直に言って清永の夜を見てやろうと思った、彼女がいるんじゃないかって気持ちよりも。


「おにいさん、60分五千円ぽっきり。サービス満載。この機を逃さないでねっ」

「…いや、大丈夫」

 客引きに店を通されそうになる198センチ。おいおい、さっきのは完全に『タッチんぐ~ッ!!』やろ!! 条例違反だ!!


 スケベ街にスケベそうな面して来る歯抜けのじじぃども。スーツダルダルのお疲れ系おじさん。悟ったような顔のヒッピー。

 アゲアゲエブリナイッ!!で『毎日がぁ…?』『エブリデイッ!!』と路上でコールするヤングなグループ。

 

 まだ八時だってのにそこいらに嘔吐物。それに水ぶっかけるラーメン屋の店主…

 『お兄さん、遊ぼうよ』とガラガッラ声のニューカマー。

 『ラァーシャイセー』と外人のコンビニ店員。

 

 …ネタの宝庫だ、清永の夜は。俺がコメディアンなら一時間は余裕で話せると思ったね。



◇◇◇


「…お兄さんの彼女かい? うちには来てないねぇ…」

 ヤングなゴリゴリはどうも苦手で尻込み… 俺はおばさんが切り盛りするスナックで聞き込み。

 お客にも『こんな子知りませんか?』なんてお酒一杯奢りながら店内を聞きまわるも情報なし。

 カラオケに哀愁たっぷりな声にも背中にも感じさせる熟練おじさん達に、こういう大人はカッコいいなって。

 選曲も一途で渋いし『俺は俺でありたい』みたいな? …少し男が上がったが有益な情報は手に入らず仕舞い…

 


◇◇◇ 


「お、お兄さん、私どうかなぁ?」

 ここは【出町通り】と呼ばれるやらしい店を多く抱え、援助交際求める女が集う通り。要はスッキリしきれない男どもをゲットするってこと。

 なんたってキャッチよりも多いらしい。家出少女が行きつく先を今までの20年間の間にため込んだ情報で答えを導き出した。

 とはいってもテレビや雑誌の受け売り。売り手市場で引く手数多… 口は悪いのだが家出した女の子ってさぁ…


「ウリに走ってんじゃないかなって思ったわけよ」

「え…?」 


 親が親なら子も子だった… 写真見たまんまの女の子が、俺に身売りDEATH…



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